さ行

「さ」

Column1 「采配を振る」と「采配を振るう」、どちらが正しい?

 今回は、「采配を振る」と「采配を振るう」について取り上げようと思います。


     ☆


「采配」という言葉を、皆さんは聞いたことはあるでしょうか。


「采配」とは、「昔、戦場で大将が兵を指揮するために用いた、厚紙を細く切って作ったふさに柄を付けたもの」のこと。


 多く「采配を振る」という風に使われるのですが、もう一つ「采配を」という表現もあります。ですが、後者は従来からある言葉ではないようなのです。


 神永暁かみながさとる氏著の『悩ましい国語辞典』によると、次のようなことが書かれています。


**********

 2008(平成20)年度の文化庁「国語に関する世論調査」でも、従来の「采配を振る」を使う人が28.6%、「采配を振るう」を使う人が58.4%という逆転した結果となり、「振るう」派が完全に「振る」派を圧倒してしまったのである。

『日本国語大辞典(日国)』でも第2版に、初版にはなかった井上靖の以下の例が加わり、「采配を振るう」の形も認めるようになってしまった。

  「その下で編輯へんしゅうの采配を揮ふばかりでなく」(『闘牛』1949年)

「揮ふ」は「ふるう」と読み、歴史的仮名遣いでは「ふるふ」である。

 この例のみで「采配を振るう」を認めるのは、いささか時期尚早である気もしないではないが、「ふるう」を無視できなくなっているのは確かである。

(『悩ましい国語辞典』より引用)

**********


 つまり元々は「采配を振る」が一般的だったのですが、2008年頃に「采配を振るう」を使う人の数が上回ったということが分かると思います。


 ですが、普通に考えたら「『采配を振る』も『采配を振るう』も同じことを言っているんでしょう? どっちでもよくない?」と思うかもしれません。そもそも、「采配を振るう」という言い方が出てきたのも、「振る」と「振るう」の混同によるものと考えられています。


 よって、ご指摘の通りどっちでもいいです――と言いたくなるのですが、言葉的にはどっちでもいいとは言えない問題なのです。


 それは何故なのか。私が調べた限りですが、二つの理由があると考えています。


 一つ目は、歴史があるのは「采配を振る」の方であること。

 二つ目は、「振るう」という表現が「采配」の動きに影響をすること。


 一つ目は、単純に「采配を振る」の方が古く、「采配を振るう」というのは従来なかった表現だからです(『悩ましい国語辞典』参照)。


 二つ目は、「振る」と「振るう」の動きについて調べてみると分かります。


★「振る」は「支えた部分を中心にして、先を左右・上下などに動かす」(『三省堂国語辞典 第八版』より引用)


★「振るう」は「勢いよく 振り動かす」(『三省堂国語辞典 第八版』より引用)


 調べた内容を見ると分かると思いますが、「振る」には「規則性があり制御がきいた中で動かしている」雰囲気があるのに対し、「振るう」には「規則性よりも威勢の良さがあり、もしかすると感情によって左右される部分がある」かと思います。


 そう考えると、「采配を振る」と「采配を振るう」は厳密に言うと違う意味になることが分かりますよね。


 さて、こうなってくると私たちは「采配を振るう」という表現が使えないのか――と思ってきます。

 その辺りについて、辞書はどう考えているのでしょうか。下記に整理したものを記載しました。



●「采配を振るう」は誤りとしている辞書

『明鏡国語辞典 第三版』(*1)


●「采配を振るう」という使い方が広がってきたことから、強く否定していない辞書

『三省堂現代新国語辞典 第六版』


●「采配を振るう」を認めている辞書

『三省堂国語辞典 第八版』『旺文社国語辞典 第十一版』『岩波国語辞典 第八版』『角川必携国語辞典』『広辞苑 第六版 』『精選版 日本国語大辞典』


●おそらく「采配を振るう」を認めていない辞書(⇒言及されていない・用例がないため)

『新明解国語辞典 第八版』『学研現代新国語辞典 改訂第六版』『新選国語辞典 第十版』『大辞林4.0』『デジタル大辞泉』



 意外にも、「采配を振るう」を認めている辞書が多いですよね。

 辞書の掲載状況も踏まえ総合的に判断すると、次のように言えると考えます。


「采配を振る」の方が無難ですが、「采配を振るう」を使っても問題はなさそうです。

 ですが、同じ作品の中に「采配を振る」と「采配を振るう」の両方の表現を使うのであれば、言葉の意味を厳密に考え、使う場面を気にして使い分けた方が良いと思います。

 それは「振るう」には、「勢い」や「思い切り」という意味があるためで、使う状況や場面にそれが当てはまるときに用いると、「采配を振るう」の意味が生かされると考えられるからです。


 言葉の意味にも配慮すると、このようなまとめに行きつくかなと思います。


 正直、普段の生活で使う分にはどちらでもよいと思います。

 ですが、ご自身の物語や文章のために理解しておきたいとか、言葉を大切にしたいと思う方がこのColumnで書いたことを参考にして、「私はこうしよう」「俺はこうしたい」と思ってくれたら何よりです。


 以上、「采配を振る」と「采配を振るう」のお話でした。



◇掲載場所◇

『ことば』2023年―2月―Column18

『ことば』2023年―2月―Column19

『ことば』2023年―2月―Column20



【補足】

*1……唯一「『采配を振るう』は誤り」と、はっきり主張している『明鏡国語辞典 第三版』には、その理由についてユニークなことが書いてありました。


「采配」を引いてみると、「(采配を)『振る』を『振るう』とするのは誤り。『采配』は武器ではないため」と書いてあります。


「采配」は上記にも書いたように、兵を指揮するための道具。武器ではないですよね。そのため「『振るう』とするのは誤り」としているようなのです。


 ただし、他の辞書では「メス(=手術道具)を振るう」という例文をあげているものもありました。


『明鏡国語辞典 第三版』の考え方からすると、「メス」は武器ではないので「メスを振るう」とするのは誤りとなりそうですが、他の辞書では認めているので、辞書の垣根を超えると考えが通らないものもあるようです。参考までに。

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