Column15 「『いちげん』さん」の話

 今回は、「馴染みではない初めての客」というときに使われる、「いちげん」という言葉について取り上げようと思います。


     ☆


 先日、Web小説に投稿されているある文章を読んでいたときに、「今まで私の作品を読んだことがない一現さんにも読んでもらいまして、とても嬉しいです」というようなことが書いてありました。(いつも通り、ニュアンスだけ残して文章は変えてあります)


 この一文には「一」とありますが、実は誤りです。正しくは、「一見」と書きます。


「一見」と書いて「いちげん」と読むことから、当てる漢字を間違われたのでしょう。『明鏡国語辞典 第三版』にも「『一現』と書くのは誤り」と注意書きされているくらいですから、意外と多いのかもしれません。


 一応、意味も確認しておきましょうか。

「〔初対面の意〕なじみでなく、初めてであること。料理屋などで使う」(『新選国語辞典 第十版』より引用)です。これはきっと本来の意味を知っていらっしゃる方が多いかなと思うので、大丈夫かと思います。


 それにしても「見」を「げん」と読む熟語は、普段はほとんど見かけないですよね。


『精選版日本国語大辞典』によると、「一見」の「見」が「見参げんざん」の略であるとのこと。


 平安時代や鎌倉意時代のときは、現在「けんざん」と読む「見参」を、「げんざん」と発音しており、「面会する」とか「お目にかかる」という意味で使われていました。


 そして「一」には「最初」という意味があるため、「一見いちげん」と書いて「初めて会う」となったということのようです。


 ちなみに『三省堂全訳読解古語辞典 第五版』など古語辞典を引いてみると、「一見」は昔、「遊女とはじめて会うこと」として用いられていたようです。

 時代をるにつれ、次第に料理屋さんなどで使われるようになったということですね。


 このようにして考えると、「いちげん」を「一現」と誤ることも減るのではないかなと思います。



*余談*

「一見」は、「いちげん」とも読みますが「いっけん」とも読みますよね。また「一見識」と書けば、「いちけんしき」と読みますよね。

「一見」という熟語には複数の読み方があって、また意味もそれぞれ違う。こういう熟語は沢山ありますが、改めて考えると面白いなぁと思います。

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