Column2 「はね」の話

 今回は、「はね」「羽根はね」「はね」の三つの漢字表記について考えてみようと思います。


     ☆


「はね」というと、「羽」「羽根」「翅」がありますが、皆さんはどのように使い分けているでしょうか。


 鳥の羽毛を指すときは、「羽」でしょうか。それとも「羽根」でしょうか。

 鳥の翼の部分は、「羽」でしょうか。それとも「羽根」でしょうか。

 飛行機の翼は、「羽」でしょうか。それとも「羽根」でしょうか。 

「翅」という漢字がありますが、これは昆虫だけに使うのでしょうか。それとも鳥の「はね」にも使えるのでしょうか。


 ……さてさて。

「はね」と一つ出しただけで、色々な疑問が出てきましたね。

 今回、いつも使っている辞書を引き比べてみましたが、「はね」も辞書によって見解が違っているのが分かりました。ということで、どんな風に違っていたのか、一つずつ見ていこうと思います。


 まず、今回使用した辞書は次の八冊です。


『明鏡国語辞典 第三版』

『新明解国語辞典 第八版』

『三省堂国語辞典 第八版』

『新選国語辞典 第十版』

『旺文社国語辞典 第十二版』

『学研現代新国語辞典 改訂第六版』

『三省堂現代新国語辞典 第七版』

『岩波国語辞典 第八版』


 中型の辞典も引こうと思ったのですが、思った以上に内容が膨大ぼうだいになってしまったので、最新の小型辞典のみ引いています。


 次に、調べた項目について並べていきますが、全部辞書を表記していると大変なので、いつもとは違う表記の仕方を採用します。


 では、早速見てみましょう。(*それぞれの項目に採用している「」の内容は、『明鏡国語辞典 第三版』より引用させてもらっています。❼のみ、『明鏡国語辞典 第三版』の内容に、私が補足しています)


❶「鳥の全体をおおって生えている毛」について

 ⇒調べた八冊全てが、「羽」であると考えている。


❷「鳥が空を飛ぶための器官。翼」について

 ⇒調べた八冊全てが、「羽」であると考えている。

 そのなかで『新明解国語辞典 第八版』のみ、「『翅』も可」と表記あり。


❸「昆虫類が飛ぶための器官」について

 ⇒調べた八冊全てが該当、「羽」であると考えている。

 そのなかで『新選国語辞典 第十版』以外、「『翅』も可」と表記あり。


❹「飛行機の翼」について

 ⇒以下「羽」であると考えている辞書

『三省堂国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』『旺文社国語辞典 第十二版』

『学研現代新国語辞典 改訂第六版』『三省堂現代芯国語辞典 第七版』『岩波国語辞典 第八版』(計六冊)


 ⇒以下「羽根」であると考えている辞典

『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』(計二冊)


❺「器具・機械類に取り付けた翼状のもの」について

 ⇒以下「羽」であると考えている辞書

『新選国語辞典 第十版』『岩波国語辞典 第八版』(計二冊)


 ⇒以下「羽根」であると考えている辞書

『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』『三省堂国語辞典 第八版』『学研現代新国語辞典 改訂第六版』『三省堂現代新国語辞典 第七版』(計五冊)


 ⇒どちらかというと「羽根」が多いと考え、「羽」も可と考えている辞書

『旺文社国語辞典 第十二版』(計一冊)


❻「矢のもとに付けた羽毛。やばね」について

 ⇒以下「羽」であると考えている辞書

『新選国語辞典 第十版』(計一冊)


 ⇒以下「羽根」であると考えている辞書

『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』『三省堂国語辞典 第八版』『岩波国語辞典 第八版』(計四冊)


 ⇒どちらかというと「羽根」が多いと考え、「羽」も可と考えている辞書

『旺文社国語辞典 第十二版』(計一冊)


 ⇒どちらでも可と考えている辞書

『学研現代新国語辞典 改訂第六版』『三省堂現代新国語辞典 第七版』(計二冊)


❼「ムクロジの種子の核に鳥の毛をつけたもの。羽子はご」について

 ⇒以下、「羽根」と考えている辞書

『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』『三省堂国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』『学研現代新国語辞典 改訂第六版』『三省堂現代新国語辞典 第七版』『岩波国語辞典 第八版』(計七冊)


 ⇒どちらかというと「羽根」が多いと考え、「羽」も可と考えている辞書

『旺文社国語辞典 第十二版』(計一冊)



 いかがでしょう。

 ❶~❸、❼については、ここで用いた辞書に限り、ほとんど同じ方向性であることが分かりますね。


 しかし、❹~❻については辞書によって考え方にばらつきがみられます。何故このようなことが起きているのでしょうか。


「羽」と「羽根」の書き分けについて言及している書籍や、新聞社の方針を見ると、「羽」というものは「鳥の羽毛全体を示していたり、翼を指したりしている」ようですが、「羽根」のほうは「バラバラになったもの」のことを指すようです。


 そう考えると、❶~❸、❼が比較的同じ考えに行きつくのが分かります。


 逆に❹~❻については、「はね」についてどう捉えているかによって、「羽」と「羽根」の表記が変わるのかなと思います。


 例えば、❹の「飛行機の翼」。

 これを「翼」という大きな一括りとして考えるのであれば、鳥の翼と同じように「羽」と表記できます。

 一方で「飛行機の翼」というのは、鳥の翼のように沢山の「羽根」が集まっているわけではありません。つまり、「飛行機の翼」を「一つのはね」として考えるならば「羽根」と表記する考えもうなずけるなと個人的には思います。

 そうすると、❺も同じことがいえそうです。

 

 では、❻はどうでしょうか。

 鳥の「羽」から一枚を使うのであれば、「羽根」が適切のように思いますが、全ての辞典がそう表記していないのには何かわけがありそうです。


 そこで『古典基礎語辞典』を引いてみると、元々「羽」(=「ハ」と発音します)というのは「鳥の全身をおおう毛、羽毛の意」、「羽根」(=「ハネ」と発音します)は「」の類義語で、「もともとは鳥の羽の根もとの意」とあります。


 それが「平安時代に入ると、ハもハネも鳥や虫飛行用の羽であるつばさの意でもつかうようになった。それを動的なものととらえればハネ、静的なものであればハと使い分けていたようである」とのこと。

 ここから「元来羽毛の意を示していたハのほうが、つばさの意でも使わるようになると、ハネと混同し、ハネが羽毛の意も表すようになる」とあります。


 要するに、元々「」のほうは「鳥の羽毛のこと」、「羽根ハネ」のほうは「の根本のこと」を指していたということですね。

 そこから、時をるにつれて、「羽」に「ハ」と「ハネ」の二つの訓読みが存在することになり、当然「ハ」と「ハネ」の意味の混同も起こるようになって、現代にいたるということかな……と、調べた限りでは思います。


 それを考えると、❻で「羽」と「羽根」で意見が分かれるのも分かります。

「やばね」というのは、ネットなどに上がっている写真を見ると、羽の根本からというよりも、羽のふさふさした部分を使っていますから、❻で「羽」と表記しようと考えている辞書は、古い意味からそのように考えているのかなと思いました。


 いかがだったでしょうか。

 辞書を調べてみると、意見の割れた「羽」と「羽根」の表記ですが、書き手がそれぞれの「はね」をどう捉えるかによって、表現の方法が変わってくるかもしれませんね。

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