Column2 気になる「辛党」と「甘党」の使い方

 今回は、「辛党」と「甘党」について取り上げます。


     ☆


「辛党」は、『NIHONGO ‐Ⅱ‐』や『割り切れない日本語』をお読みになったことがある方であれば、再登場の言葉ですね。


 私自身「辛党」のことは、上記の二つの作品で十分に語ったつもりでいたのですが、先日新たな使い方をある作品で発見したため、「甘党」のことも含めて再度考えてみようと思います。

 まずは、例文を書きますね。



 ——その人、若いころは辛党だったんだが、五十代になってから甘党になったんだ。塩気のきいた酒のさかなを出しても食べなくて、甘い菓子や甘口の酒ばかりを飲むようになったんだよ。



 こんな感じの内容です。(ニュアンスだけ残して原文を変えています)


 ですが、「辛党」と「甘党」の意味をよくご存じの方であれば、おかしいことに気づくはずです。


 普通、「辛党」は「甘い菓子などよりも酒を好む人」のことをいい、「甘党」は「酒よりも甘い菓子などを好む人」のことをいいます。(ついでにどちらも好きな人は「二刀流」といいます)

 

 ですが、上記の例文では使い方が違うのです。まずは「辛党」に注目してみてみましょう。


「若いころは辛党だったんだが、五十代になってから甘党になった」という流れからすると、「酒好きから、甘い菓子類などを好むようになった」と考えられそうですが、そのあとに「甘口の酒ばかりを飲むようになった」とあることから、辛口の酒は飲まなくなったとはいえ「酒は好きなまま」です。


 では、この例文の「辛党」とは何を指しているのかというと、「塩辛いものを好む」という意味で使われているのです。


 私はこれまでに、「辛党」について一通り調べたつもりでいましたが、「辛党」=「しょっぱいものを好む」という使い方もあるのかと思い、再度調べてみました。


 ですが、調べた限りそれを認めている辞書は「ないと考えます」。


 何故、「ないと考える」のかというと、もしかすると辞書を使った書き手が、誤って解釈した可能性も無きにしもあらずだからです。


 次の辞書の語釈を見てください。


**********

【辛党】『三省堂国語辞典 第八版』

①酒のみ。酒の好きな人。

②からい食品が好きな人。

**********


 このように書いてあります。


 語釈には「辛い(からい)」という言葉がありますね。


「辛い」には「舌に刺激を感じる」意味はもちろん、「塩味を感じる」という意味もあります。関東では「しょっぱい」と言うものを、特に関西では「からい」と使います。


 つまり、「辛い」=「塩味を感じる」として使っていたために、間違った解釈をしてしまったのではないか、と考えられないでしょうか。


 ちなみに「辛党」を②の意味として使う場合は、「舌に刺激を感じる」(唐辛子を食べたときのような刺激)について言います。


 何故そう言えるかというと、『明鏡国語辞典 第三版』の「辛党」の見出しには、誤った使い方を示した例文に「激辛を頼むなんて、君は辛党だね」というのが記載されていたからです。


 さすがに塩気の強いものを「激辛」とは言わないはずですから、「辛党」を「辛いものが好き」として捉える場合は、唐辛子のような辛いものが好きであることが言えるでしょう。


 つまり「辛党」を「しょっぱいも好き」として使うのは、本来の使い方だけでなく俗用にも当てはまらないことが分かります。


 次に「甘党」です。


 例文では「甘い菓子や甘口の酒ばかりを飲むようになった」と書いてありますね。このことから、例文で使われている「甘党」というのは、「甘いものが好きな人」と捉えているようです。


 ですが、一般的に「辛党」と「甘党」を語るときは、常に「酒が好きか否か」というのが付きまといます。そのため多くの辞書は「甘党」の語釈を、「甘い菓子類が好き」や「甘い菓子類が好き」という風に掲載しています。


 つまり、酒のことは一切関係していないということです。うーん……、こういう使い方はありなのでしょうか……ね?


 ただし『新選国語辞典 第十版』では、「甘党」は「甘いものが好きな人」という解釈をしており、「」という記述がありませんでした。

 そのため、この辞書では単純に「甘党」=「甘いものが好きな人」と考えているということでしょう。ですが、このような解釈はそう多くはありません。


 そのため、例文のような「辛党」と「甘党」の使い方は、何らかの理由で本来の形ではない(かつ俗用でもない)のです。


 それにしても、何故こんなことになったのでしょう。


 例文の大元は、実際に出版されている作品から引っ張ってきたものです。そのため編集者の目も、校閲の目も通っているはずなので、この場合修正すると思うのですが……。

 異世界を舞台にした作品ゆえに「辛党」を別の意味で使おうとしたのか、それとも作者のミスか、校閲が抜けたのか――。人気の作品なだけに、頭をひねってしまいました。


「新しい使い方です」と言われたら、そうですか、と言うほかないのですが、この使い方については複雑な心境です。


 もし私がこの作品の作者であれば「辛党」=「しょっぱいもの好き」、「甘党」=「甘いものが好き」という使い方は避けますが、皆さんはどうでしょうか。

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