プレゼント

@saida-meronn

第1話 夢の見方

薄暗い僕の部屋。この部屋とも今日で別れることになる。ようやく夢を果たせるんだ。アリス。僕はやっと君を幸せにすることができる。今まで苦しい思いをさせてしまってごめんね。もうすぐ…もうすぐ幸せになれるから。



遠くから母の私を呼ぶ声がする。

「アリスー?まだ掃除は終わらないの?はやくしてちょうだい。もう夕食ができているわ。」

「はい。今いきます!」

私の家は、俗に言う貴族だ。でも周りの貴族たちのように裕福で幸せな生活は送れていない。なぜなら、お兄ちゃんが難病にかかったから。それまでは愛情たっぷり、お金もたくさん。本当に幸せな生活をおくれていたらしい。お兄ちゃんは私が生まれてすぐに難病にかかってしまった。だから私は本の中でしか幸せな家庭を見たことがない。

「アリスー?いいかげん早くして。」

「はい!いますぐ!」

お兄ちゃんが難病にかかってから、(少なくとも私の記憶の中では)母は私たちを召使のように扱うようになった。今日も私は家中の掃除をさせられ、散々こきつかわれた。暴力を振るわないだけマシだと思っている。お兄ちゃんは難病のせいで体が弱いから、ご飯の時以外はずっと部屋に閉じ込められてる。私、いつかお兄ちゃんと一緒にこの家を出て、平凡な暮らしをするの。それはとても遠い未来になるかもしれないけれど、いつか絶対。叶えたい。


私は掃除を終えて、メイドたちが作ってくれた夕食のある食堂に向かった。席にはすでにお兄ちゃんが座っていた。私はいつものようにお兄ちゃんの横に座る。夕食を食べていると、母の愚直が始まった。

「ねぇ。あんたいつになったら死んでくれるの?明日?」

お兄ちゃんは黙っていた。

「あんたのせいであの人に嫌われたの。あんたのせいで私の人生が台無しになったの。あなたが生まれなければ、私に病弱な子を産んだ使えない女ってレッテルが貼られなかったのに。ねぇ。わかってる?」

母は、もとは貴族の家系ではなかった。たまたま父に気に入られて、愛されて、高い地位をもらった。しかしお兄ちゃんが難病になったことによって「出来損ない」と父に見捨てられたのだ。だから母はなんでもかんでもお兄ちゃんのせいにする。

「あーあ。あなたがここの跡取りだったのに。そんな貧弱な体じゃ孫も生まれないわ。」

お兄ちゃんが反論した。

「…いとこたちが繁栄させてくれますよ。」

でも母はお兄ちゃんが大嫌い。

「喋っていいなんて一言も言ってないんだけど。しかもそれは私の使えない女ってレッテルは取れないでしょう?あなたのおかげであの人は私に失望したのよ。あなたのせいであの人に愛されなくなったの。」

私は何も言い返せなかった。

「何度も言ってるけど、あんたにはその罪の償いのために働くか死ぬかしてもらわないといけないの。」

「は…」

お兄ちゃんがそう言いかけたところで咳こんでしまった。どうしよう。お母様がもっと怒っちゃう。止めなきゃ。

「ああうるさい!!!あんたはいつもいつも咳ばっかりして!!もう嫌!!あんたの顔もみたくないわ!!ちょっとこっち来なさい。」

「え…?」

そういって母は、私とお兄ちゃんの腕を強引に引っ張って立ち上がらせた。そのまま連れていかれたのは誰も掃除なんてしていなかった屋根裏部屋。部屋は乾燥していて、蜘蛛の巣はそこらじゅうに張り付き、ほこりは舞い、月の光が小さなまどから入る部屋。とても病人が過ごしていい場所ではない。私たちはその部屋に突き飛ばされた。

「この部屋で反省しなさい。それから、自分が生まれてきたこと、役に立たないこと、誰からも必要とされてないこともちゃんと理解することね。」

私はすかさず反論した。これは最初で最後の反抗だったのかもしれない。

「お母様待って!!この部屋ホコリまみれよ!こんな部屋にいたら本当にお兄ちゃんが死んじゃう!!」

でもお母様はやっぱり、私とお兄ちゃんが大嫌い。

「私はこいつに死んでほしいの。だから別にどうってことないわ。ついでにあなたにも死んでもらったら自由の身になって…ふふふ、楽しみだわ。」

「お母様!!ほんとに…!」

「じゃ、もうこの部屋から出で来ないでね。」

そういって母はドアに鍵をかけて出ていった。

「ごほっ…がはっ…」

「お兄ちゃん!」

どうしよう。こんなことになるなんて考えてもいなかった。明日も明後日もずっとこの屋敷で働かされるんだと思っていたら、急にこんなことになって。今までの環境の方が幸せだったということに驚愕し、絶望した。このままこんな不衛生なところにいたら、一晩もまたずにお兄ちゃんは死んでしまうかもしれない。そう思うと余計に絶望した。

「お兄ちゃん!ほら…私のハンカチならまだ清潔だから、これで口を覆って…」

私はとにかくお兄ちゃんを死なせたくなかった。生まれた時から最悪な状況のこの屋敷の中で、唯一優しくしてくれた人。唯一信頼できる人を絶対にしなせたくなかったからだ。

「アリス…」

「喋らないで!ほこり吸っちゃうでしょ!」

どうにかしてここから出ないといけない。窓はガラスがついておらず、枠に十字の格子がついているだけだった。なんとか外せないか叩いたり揺らしたりしてみたけれど、びくともしなかった。部屋のドアも鍵がかかっていて開かない。下の部屋に直接つながるハッチがないか探していたら、

「ごめんね…僕のせいで…」

ふいにお兄ちゃんがこんなことを言った。そんなわけない。

「喋らないでっていったでしょ!お兄ちゃんが病気を持ってるのは仕方のないことだもん!だから謝んなくていいの!むしろ、お兄ちゃんをいじめるお母様に謝ってほしいよ!」

私はつい日頃思っていた鬱憤を口に出してしまった。でも屋根裏部屋の声なんてお母様の耳に届いていない。結局ハッチも見つからず、本当に閉じ込められてしまった。窓からは冷たい夜風が入ってくる。不衛生な部屋に冷たい夜風。こんな病人にとって最悪な環境があるだろうか。私は少しでもあったかくするために、綺麗な布がないか探した。探している間も、お兄ちゃんの容態をよく聞きながら急いで探した。

「もう…こんな部屋に綺麗な布団なんてあるわけないのに…」

でもお兄ちゃんはこういった。

「大丈夫…ごほっ…このままでも寝れる…」

「ダメだよ!!体が冷えちゃう!!本当に死んじゃうよ!」

今更自分たちが本当に危険な状況に落ちていることに気づいて焦りが止まらない。どうにかしてお兄ちゃんだけでも生かさないといけない。

「じゃあ…一緒に寝よう…」

そういってお兄ちゃんは月明かりの当たる壁まで移動し、私に座るように手を出した。私が座ると、お兄ちゃんは私の肩を抱き寄せた。

「これなら…あったかい…」

たしかに、お兄ちゃんと触れているところはとても暖かい。でもそれ以上に問題がありすぎる。寒さはしのげたとしても、不衛生な点は解決できていない。なんとかできないか考えているうちに、

「おやすみ…アリス…」

というお兄ちゃんの声が耳元で聞こえた。お兄ちゃんはこの中で寝ようとしているのだ。お兄ちゃんは部屋から出られないからといって死を受け入れてしまった。なんて頭がおかしいのだろう。この時だけはそう思った。お兄ちゃんの病気はいつ死んでもおかしくない病気だ。だからこそ、いつでも死ぬ覚悟ができていてこの現状をすんなり受け入れられたのかもしれない。でも私はそうは思わない。こんなところで死にたくない。いつかこの屋敷から二人で出て幸せな生活をすると決めたのに。それが私の夢なのに。絶望と悲しさでどうにかなりそうだった。

「…死んじゃだめ…お兄ちゃん…もし私が病気を治せる方法を見つけてれば…こんなことにはならなかったのに…!もう嫌だ…!なんでお兄ちゃんが死ななきゃいけないの…?もし…神様がいるなら…私達を助けてよ…」

藁にも縋る思いで口から出た言葉は誰にも届かなかった。ただお兄ちゃんの暖かい手が、私の背中と頭を行き来しながら撫でてくれるだけだった。今、となりに死んでしまうかもしれないとても大事な人がいて、でも私には何もできなくて。自分の無力さと世界の厳しさを憎んだ。いつしか背中と頭を行き来する暖かい手の感覚もなくなり、私とお兄ちゃんは眠りについた。その眠りがいつまで続くのかはわからなかった。


いつしか、本で読んだことがある。この世界には、願いを叶えてくれる夢のような世界がある。どんな願いでも叶えてくれるけれど、それなりの対価がいる。亡くなった大事な人を生き返らせるのも、自分をいじめる憎い奴を殺すことも、自分の難病を治すことも…眠りにつけば、そこは夢の世界。



目を覚ますと、私は一人。不思議な世界に迷い込んでいタ。

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