8、 あの日の出来事<後編>

 

    


 そして、3日ぶりに学校に行くと様子が変わっていた。

 俺とホシコが山で遭難したことをからかうような雰囲気があった。


「よお大地、ヒーロー登校か?」


 ケイタがからかうように話しかけてきた。

 普段からそんなに仲は良くないのに、なんでこんな時ばかり声を掛けて来るのか。


「るっせーよ。よく見ろ、足がこんなヒーローがいるかよ」


 俺は、テーピングでぐるぐる巻きの足首を見せた。


(わざわざ松葉杖を置いて来たと言うのに、なんで自分からケガを見せなければいけないんだ?)


 俺はホシコを助けられなかった上に、ケガまでしていたと知られるのは情けないから隠したかったが、冷やかしを止めるためにはそうするのがいいと思えた。

 けが人を叩くようなことをいうヤツはいないだろう。


 案の定、ケイタは一瞬黙った。

 しかし、俺にやり込められたのが気にくわなかったのか矛先を少し変えてきた。 



「大地、ホシコに何したんだよ?」

「はぁ? なんでそんなこと言うんだ」

「あいつお前のこと聞いても、泣いてばっかりだぞ。なんかいやらしいことしたんだろ??」

「おまえっ! ざけんなよ!」


 ケイタはホシコのことが好きだから、俺が目障りなんだろう。

 それは別にいい、受けて立つ。

 けど、そこにホシコを巻き込むなよ。

 俺が、ケイタの胸ぐらを掴むとケイタはふてくされたようにその手を払った。


「図星だから怒るんじゃないのか?」



「だいちゃんにからむのやめなよ。やっと出て来たのにさ」

「そうだよ。昨日もホシコのことからかってさ。ケイタ感じ悪いよ?」

「なんでだよ。お前らだって二人がデキてるかどうか気になってるくせに」

「別にいいじゃん。二人が付き合ってたってさ」

「そうだよ。お似合いだからいいんじゃない? 結婚してもさ」


「けっ、けっこん!?」


 おいおいお前ら、いきなり何を言い出すんだ!?

 俺は真っ赤になった。


 ホシコが俺の嫁?

 いいじゃん!


 なんだお前らいきなり後押しして、公認カップルにしてくれるのか!?

 でも、俺、告白してないし……。

 ホシコだって、別に俺のこと好きって言ってくれたわけじゃないし……。

 でも、俺が休んでる間になにか進展があったりして!?

 んなわけないか……。


(でも、ここで俺がサプライズ告白したらうまくいっちゃったりするのか!?)


 どきどきしながら、ホシコがどんな顔をしているのか期待して探す。

 


 すぐに、教室の窓際で数人の女子といたホシコを見つけた。

 ホシコは、真っ青な顔をして固まっていた。

 今にも泣き出しそう。

 俺の胸はぎゅっと縮こまった。

 浮かれていたのは俺だけで、ホシコは俺がいない間もからかわれて嫌な思いをしていたんだ。


「ホシコ、なんか俺がいない間にヘンなはなしになってたみたいでごめんな」


 ぽりぽりと頭を掻いて、場をごまかす。

 このまま、ホシコに泣かれたくはないし、それはつまりみんなの前でフラれると言うことだ。

 きっと俺は立ち直れないぞ。


「ホント、男子はデリカシーないよね」

「そうだよ。選ぶ権利はホシコちゃんにあるんだからね」


 まあ、そうだな……。

 ホシコはかわいいし、俺なんかとは釣り合わないよな。


 女子は女子でホシコを囲んで矢継ぎ早に質問を浴びせる。


「ホシコちゃん、大地なんかでいいの?」

「カッコイイ男子他にいるよ?」

「えー、でもお似合いじゃん? 付き合ってもいいんじゃない?」

「ホシコちゃん、大ちゃんとよく遊んでたし。好きなんじゃない?」

「ええーっ、ホシコって大ちゃんのこと好きなの!?」

「やっぱり、一晩一緒に過ごしたからなにかされたんじゃ……」



「だ、大地君のことなんか、好きじゃない! 全然タイプじゃないから!! もう言わないで!!」


 ホシコが、半べそになりながら叫んだ。


『全然タイプじゃない……』

 俺の頭の中で三回ほどこだました。


 まあ、そうだよな……。

 顔もイケメンじゃないし、あの崖で落ちないように踏ん張れたら少しはカッコよく見えて好きになってもらえたかもしれないけど、なすすべなく一緒に落ちたし。

 しかも、怪我して足手まといになった。

 挙句、無傷なホシコは一日で学校に復帰したのに、熱を出して一日入院した俺は、家でも安静にと言われてホシコに遅れること3日目にしてようやく学校に出てきた。

 ひ弱すぎる……。

 イケメンでもない、頼りになる要素もゼロ。

 挙句に、告白する勇気もないとなれば、もう終わってると言える。


「ケイタ……。お前のせいでとどめさ刺されただろうが、どうしてくれるんだよ……」

「どうもこうも、お前の顔のせいだろ」

「るっせーよ。顔はどうしようもないだろうが!」


 俺は、大きくため息を吐いた。

 残された俺にできることは、たった一つだ。


「ホシコ!」


 俺が大声で呼ぶと、ホシコがびくっとして、俺を見た。

 ああ、目が真っ赤だ。

 俺は結局、ホシコに何もしてやれないんだな。


「イケメンじゃなくて悪かったな! 俺もお前のこと好みじゃないから、安心しろ!」


 俺は、複雑な思いでニッと無理に笑った。

 本心じゃない。

 けれど、そう言わなけば今後もからかわれて、ホシコは嫌な思いをするだろう。

 そうならないためには、俺もまたホシコのことを何とも思ってない風を装うのが一番だ。

 ホシコは俺の言葉に、ぼろぼろと涙を流して泣いて出て行ってしまった。

 泣くなよホシコ……。


 そこは『大地くんのバカっ!』って怒って殴ってくれるところじゃないのか?

 思っていた反応と違い、俺も泣きたくなった。


 今日会えたらホシコの怪我の確認をして『もっと頼りになる男になるからこれからも仲良くして欲しい』って言おうと思っていたのに。

 気が付けば、もう話しかけることもできないほどの溝が出来上がっていた。


「大地がホシコを泣かした」

「大ちゃんひどい~。女の子泣かせた」

「もういいだろ。ホシコは選ぶ権利があるんだから、あんまりからかうな。俺となんかうわさられたらかわいそうだろが」

「大ちゃん、そんな役回りだね。ホシコちゃんのこと好きなのに」


 タカちゃんが小声でなぐさめてくれる。

 さりげなくいつも、俺のことを後押ししてくれていたのに、結局こんな結末だ。


「……どうせ最初から分かってたことだよ。可愛くて、頭が良くて、お嬢様でさ。俺なんかじゃダメだったんだ」


 俺の初恋はあっけなく終わった。



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