9、 君は私の英雄《ペルセウス》

 

 俺は、昔のことを思い出してため息を吐いた。

 やっぱり、俺はカッコいいところがひとつもないじゃないか……。


 まあ、そこから俺は遭難した時に何もできなったことが悔やまれて、親父に教わって山登りやキャンプをするようになったわけだ。

 おかげで今は、火起こしも、料理もテント張りもひととおりでき、ひとりでもキャンプが出来るくらいにはなった。



 それにしても、俺はホシコに謝られるようなことは何もない。

 俺だって、酷いことを言ってホシコを泣かせたのだから。


「北野、お前勘違いじゃないのか? 俺はお前にお礼を言われるようなことも、まして謝られるようなこともしてないよ」


 困惑気味にホシコに声をかけると、彼女は首を左右に振った。


「勘違いじゃない!

 私はあの時のお礼を言いたかったのに、みんなにからかわれて、恥ずかしくて大地君にひどいことを言った……。

 それをずっと謝りたかったの。でも、あんなこと言って合わせる顔もなくて、ずっと声もかけられなくて……」


 ホシコがぽつりぽつりと小さな声で絞り出すように語る。

 おいおい、泣きそうじゃないか。

 そんなに、俺のことを気にしてくれていたのか?

 ホシコは昔と変わらず優しいんだな……。

 俺はちょっと胸熱になった。


「お礼とか謝るとか、よくわからないけど気にするな。

 実際に助けてくれたのは先生だしさ」

「なに言ってるのよ!

 君は、私にとっては英雄ヒーローなの!」


 ホシコの叫びに、俺は驚いた。

 ホシコは、思い出を美化しすぎなんじゃないか?

 俺の思い描くヒーローとは程遠い子供の頃の自分を思い出し、再びがっかりした。

 やっぱり、ただのヒーローになり損ねた男だ。

 今度は俺が首を横に振る番だった。


「俺はあのとき、何もできなかった……」

「どうしてそんなこと言うの? 

 私を助けようと手を掴んでくれたじゃない? 私をかばって怪我もしたよね? 自分の持っていた大切な非常食も全部私にくれたよね? 泣いていた私をずっと励ましてくれたよね?

 熱が出るほど怪我をしていたのに、私を不安にさせないために我慢してたよね?

 これの、どこが何もしてないっていうの!?」


 確かにそうなんだけど、結局、俺は救助のしになってないじゃないか?

 俺の思うヒーローは、ホシコが落ちないように引っ張り上げられるヤツで、落ちても背負って下山が出来るようなそういうヤツだ。

 好きな子におやつを分けるくらい誰にだってできるじゃないか?


「だって、それ普通のことだろ? それに、俺は少しも下山の役に立つことはできなかったし、それどころか熱出して背負われてお荷物だったし……」

「大地くんは、あれを普通のことって言えちゃうんだ?」


 ホシコが飽きれたように、そしてどこか満足げに笑った。

 そして、ホシコは俺を正面から見据えていい聞かせるように言う。


「あのね。大地くんがいなかったら、私はどうなってたか分からないよ。たぶん、大怪我をしてただろうし、食料もなく、うろうろ彷徨って力尽きてたかも……。

 きっと今ごろはトラウマになって、山で星を見たりキャンプしたりは出来なかったと思う」



 今、この高原で熱心に星を説明してくれるホシコはいなかったということだろうか?

 それを聞いて、俺は少しうれしくなった。

 あの無力な小さな俺も、少しはホシコの役にたっていたと知って救われた気がしたからだ。


「山も星も嫌いにならなくてよかったな」

「うん。大地君のおかげだよ」

「大げさだなぁ」


 俺は、照れながら頭を掻いた。

 たき火の炎のおかげで、俺の顔が赤くなっていることなど分からないだろう。


「大げさじゃないよ。大地くんは恩人なのに私、みんなにからかわれて恥ずかしくて『大地君のことなんか、好きじゃない! 全然タイプじゃないから!』って、みんなの前で言っちゃって……」

「そりゃ、あれだけからかわれたら言うだろ? それに、俺もうわさを抑えるためとはいえ、同じことを言ってお前のこと泣かせたわけだし」


 俺の方こそ、心にもない言葉だったが、ホシコを泣かせてしまったことをずっと謝りたかった。


「酷いこと言って、ごめんな。俺もずっと謝りたかった」

「ううん。私の方こそごめんなさい。

 大地君が私のために、わざと『好きじゃない』って言ってくれたのは分かったの。

 大地くんはいつも遊んでくれたし、面倒見が良くて意地悪を言う子じゃないって知ってたから……。

 私がウソをついたせいで、大地くんにまで嫌なことを言わせてしまったって、ずっと後悔してた。

 なんですぐに『みんなにからかわれて恥ずかしくて言っただけだよ』って、大地君だけにでもちゃんと伝えればよかったって」


「そうだったのか? 俺、完全に嫌われたかと思ってた」 

「命の恩人にそんなこと思うわけないじゃない? 大地君はいい人すぎるよ……」

「そうか?」


 そう言ってもらえると悪い気はしないな。

 ということは、ホシコも俺のことを嫌いだったわけではないということか?

 てっきり、売り言葉に買い言葉のように、俺がタイプじゃないなんてひどいことを言ったから、友達関係にとどめを刺してしまったと思っていた。

 けれど、まだホシコは俺のことを友達と思ってくれていると言うことか?

 

 ずっとマイナススタートと思ってたが、ゼロからのスタートと分かり俺は、心の中で小さくガッツポーズをした。


「あれから私、大地くんに謝る機会をずっとうかがっていたの。

 なのに、クラスも全然一緒にならないし……。

 諦めかけてたら高校のクラスが同じでしょ。

 もうこれは最後のチャンスだと思って。

 さりげなく、ホントのタイプはどんな子なのか探りを入れて……ごにょごにょ」


 んん? 最後は何か小声で聞き取れなかったぞ。

 何て言ったんだ?

 ざあっと、森を通り抜けたさわやかな夜風が二人を包む。


「ともかく今更だけど、あのときは助けてくれて本当にありがとう。

 その後、ひどいこといってごめんなさい」


「仕方なかったのは分かってるからもういいよ。

 それより、俺の方こそごめんな。女の子に言っていい言葉じゃなかったって、俺も後悔してた」

「ずるい。そういうところがかっこいいんだよ……」

「北野、お前、星を見てるのに目が悪いんじゃないか?」


 俺は思わず昔のように軽口をたたいてしまい、ハッと口をつぐむ。

 すでにホシコの耳には届いてしまったようで、ぷうと頬を膨らましている。


「なんですって!? 星を見てる人は目がいいのよ。私の視力は1.0あるわよ!」

 ホシコは、そう言ってからふと何かひらめいて、慌てる。

「も、もしかして大地君はメガネ女子の方が好き? メガネ萌え!?」

「え? 眼鏡女子は嫌いじゃないけど萌えと言うほどでは……」


 なぜ、そういう話になった??

 俺は困惑気味に、ホシコの様子を観察する。


「そういえば、中学の時に教育実習に来ていたメガネ美人の先生のことが好きだとかなんとか……。

 あー!! メガネか、メガネなのね!!

 伊達メガネ買わないと!」


 ホシコが、何か懸命にホシコメモに書き込んでいる。

 そういえば、今日は一日なにやらメモをしているような?


「さっきから、何を書いてるんだ?」

「なんでもない、なんでも。気にしちゃダメなの!」

 

 俺は、ホシコの小さなメモ帳がひどく気になった。

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