第十一話 彼らが最後に手にしたもの⑦
◆
宮廷の不届き者襲撃から数日が経ったある日、怒りに肩を震わせ謁見の間に現れたのは、異国の来訪者、ジュディス=モーリーであった。
モーリーが拝礼もそこそこに顔を上げると、そこには太陽のごとき輝きを持つ若き獅子が君臨していた。その隣には、久遠院恭夜が涼しい顔をして立っている。その冷酷な目つきに
「トライベインの使者、ジュディス=モーリー。今日貴殿をここに呼んだ理由は分かっておろうな」
「……ええ、十二分に分かっていますとも」
モーリーは今にも怒鳴りたい衝動を
久遠院黎を使って皇室及び赤軍と取引しようとした矢先、久遠院黎は碧軍の将校の迎えが来た後、消息を絶った。軍部に連れていかれたと思ったら、その将校は宮廷へと向かい、あろうことか煌に謁見を申し込んだという。それだけならばまだ許容範囲だったが、
(あの弱小民族のガキめ……! あっさり皇女を連れ去りよって……!)
モーリーにとって予測できない事の応酬で、結果的に貴重な取引材料を己の手中から奪われてしまった。もはや特定の誰を糾弾すればいいというものではない。この落とし前は、宵暁国そのものがとってもらわなければ気が済まない。――そう思っていた矢先の宮廷からの呼び出しだった。
「貴殿は我ら皇族の一員である子女、久遠院黎を
「……恐れながら殿下。私は久遠院黎殿の身の安全と名誉を第一に考えたまで。私が動かなければ、彼女は赤軍の手に犯され続けていたやもしれないのですよ」
「苦しい言い訳だな。彼女の真の心がどこにあるか。もう私は知っているというのに」
モーリーはぐうと喉を詰まらせた。この交渉は非常に不利だ。煌の隣から発せられる恭夜の冷徹な視線が
「だが、貴殿が黎の心身を
「――は?」
「久遠院黎は国家転覆及び、革命
自身の娘の事を話しているはずなのに、恭夜は酷く冷静だった。そして、それと同時に、煌が毅然とした態度で続ける。
「よって、今回の貴殿の『皇族を
モーリーの顔が引きつる。今、この皇太子は何と言った?
(宵暁珀の採掘権? それをくれるのか? 俺に?)
それはモーリーにとって願ってもみない謝礼だった。宵暁珀という、全世界が
「ただし貴国に与えるのは、三つの鉱山のうちの一か所のみ。残る一か所は従来通り我々皇族の所有とし、そしてもう一か所は後日トライベインを除く全世界の国を対象に
「はぁ⁉」
モーリーの笑みが瞬時に凍った。
「お、お待ちください! 宵暁珀の採掘権を競りにかける⁉ 正気ですか⁉」
「無論正気だ。これは議会・内閣・元老院共に満場一致で決まった事だ」
「そ――そんな⁉ そんな事をすれば宵暁珀の価値は――」
モーリーは慌てて口を噤んだ。それを見て煌がにやりと笑う。謀られた、と気づくのにそう時間はかからなかった。
「貴国には産出量の最も多い鉱山を譲渡する予定だ。もう一か所が他国にわたっても、弊害は無かろう? 十分すぎる譲歩だ」
「ふざけるな! お前は貴重な金の種を潰す気か⁉」
堪らずモーリーが怒鳴ると、周囲の近衛兵の殺気が一斉にモーリーに降り注ぎ、さすがのモーリーも顔を青くする。そんな哀れな異国の男を前に、あくまで冷静に若き獅子は告げる。
「宵暁珀がお前たちにとって金策となるならそれでよかろう。我らには祖先を
モーリーは悔しそうにその場に崩れ落ちる。これでもう彼がこの国で暗躍する意義はなくなった。そんな彼に、さらに追い打ちをかけるように、恭夜が淡々と告げる。
「それからミスターモーリー。今回の貴方の暴挙を受けて、契約義務違反に基づき、虎宵修好通商条約を白紙に戻させていただきます」
「なっ……!」
「久遠院黎救出の際に、貴方が手引きした者たち。あれは特高ではなく、貴方の手駒の私兵だったそうですね。条約の規定に、『両国の公的機関の名誉を傷つけること
モーリーはもはや廃人となったように動かず、ぶつぶつと何かをうわ言の様に呟くだけだった。
「帰ってトライベインの長に伝えよ。我ら宵暁国は他国の侵略を一切認許しない。この国の統治権は我ら宵暁国のものだ。私が皇帝になったあかつきには、今一度それを全世界に知らしめてやろう」
こうして宵暁国は帝国主義下にあって、亜州の小国郡で唯一の独立を維持した。先の騒動で壊滅に追い込まれた軍部は、上層部を一掃し内部改革が行われた。その際に中枢に立ったのは、一時上層の命に背いたものの、皇太子煌の後押しもあって軍部に復帰した新堂貴斗。中将に上り詰めた彼は、のちに引きおこる第二次世界大戦での総指揮を任されることになった。
一方、宵暁珀の採掘権は、莫大な額で競り落とされすぐさま他国の採掘が始まったが、大量に世に出回り始めた宵暁珀はすぐに値崩れを起こし、その価値は一年も持たずに崩落した。
世襲親王家、久遠院家の令嬢黎は宵暁国から姿を消し、その真相は世に語られることなく、程なくして正式に久遠院黎の皇籍剥奪の一報が紙面を飾る。
だが、国を去った一人の皇女の話題はあっという間に忘れ去られ風化した。それよりももっと、臣民が歓喜に沸く朗報が出回ったからだ。
皇太子妃小夜の
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