第六章 夢は現実に
美鈴に告白をされ驚きつつも、美鈴の涙は止まるのを待つこと三十分。落ち着いたのか、押しやられた。というか、突き返された。
「私こと、もう好きじゃないんでしょ?」
「あ?」
美鈴の更なる発言に思わず、怒りのこもった声が出た。美鈴に対してじゃなく、自分に対しての怒り。そんなに俺は気持ちを伝えるのが下手なのだろうか。
「なんでそう思ったのか、聞いてもいいか?」
「昨日、信号のところで女の人と仲良さそうにしてた。高校の時、女子と仲良くしてなかったでしょ。だから、恋人とかなのかなって」
もしかして、昨日のはやっぱり見間違いじゃなかったのか。それで勘違いされて、不安にもさせてしまったのか。
「美鈴、落ち着いて聞け」
「ヤダ」
「美鈴にとって悪くない話だから」
美鈴は渋々といった様子で顔をあげた。涙でぼろぼろになった顔に触れる。抵抗されなかったことに安堵しながら
「昨日いっしょにいたのは大学の先輩。そんでもって恋人いるから」
「その恋人が大和?」
「いや、違う。先輩の恋人は女性だ。偏見もある世の中だけど、俺はそういうの気にしない。それに、絶対に俺を恋愛対象として見ないから仲良くしてる」
高校のころ女子生徒と仲良くしなかったのは、美鈴との時間を邪魔されると思ったからだ。逆に言えば、邪魔をしてこないなら友好関係を築ける。
玲美先輩の噂は耳にしていたが、それこそ俺にとってはどうでもよかった。むしろ、女性で友人として仲良くできる人ができて嬉しかった。
「嘘じゃない?」
「嘘じゃねぇよ。なんだったら今から会うか?」
「だいじょうぶ」
良かったと笑う美鈴。だが、俺はまったくよくない。
美鈴も俺のことが好き?これは夢か?
「美鈴のいう好きって」
「……恋人になりたい方の、好き」
「いつから?」
「昨日。逆ナンされてるの見て自覚した」
ウザいとしか思わなかった逆ナンのおかげだと思うと、なんともいえない心地になるが。
「じゃあ、今から俺らは恋人ってことでいい?」
美鈴は何度も頷いた。
ヤバい。こんなに幸せなことあるか?
長年の片思いが実った。もう諦めるしかないと。一生思い続けるだけだと思っていたのに。
「大和の気持ちも、ちゃんと言葉で聞きたい。あの時は言う気なかったんでしょ?」
そういえば確かに、ちゃんとした告白はしたことなかった。
美鈴と視線を合わせて、そっと手を握った。
「俺も、美鈴のことが好きだ。他の誰よりも」
「私もいちばん好き」
嬉しいのを堪えきれなくて美鈴を強く、でも優しく抱きしめた。美鈴もそっと背中に腕を回してくれた。
「これから毎日が幸せであふれるね」
「俺は、美鈴と再会した時から溢れてる」
「……私も」
こんなにも幸せな日は二度と来ない。そう言い切れる。
暫く抱きしめ合ったままでいたが、ここがウェスターであることを思い出した。
「真尋に報告するか?」
「恥ずかしいから大和があとで伝えて!」
俺が一人で伝えに行ったら、夢でも見たのかと言われそうだな。
「じゃあ帰るか」
「うん」
手を繋いで真尋の家に向かい、帰る旨を伝えて店を出た。
あの真尋の表情からして、もうバレてるな。良かったなっていう感情が溢れ出てた。もしかして、俺も今あんな感じか⁈
「どうかした?」
「いや、いまの俺ってどんな顔してる?」
「高校の頃と変わらない顔だよ」
そう言う事じゃなかったんだけど、まあいいか。
美鈴を家に送るまでの帰り道。
恋人という関係になりはしたが、今まで通りの会話をした。それが一番だ。恋人になったからといって、何か変えないといけない訳じゃない。
「送ってくれてありがと」
「おう。夜更かしすんなよ」
いつも通り頭を撫でようとすると、手を掴まれた。
「どうした?」
「子ども扱いしてる?」
「してねぇよ。俺がそうしたいだけ」
美鈴は手を離さない。別にイヤなわけではない。だが、いつまでも美鈴を玄関前に立たせておくのには気が引ける。
風邪でもひいたら大変だしな。
「そろそろ中入らないと、心配されるぞ」
「うん……ちょっとしゃがんで。髪になんか付いてる」
言われた通りに少ししゃがむと、美鈴は髪に優しく触れた。鼻がつきそうなほど近くに顔がある。
ずっと顔を見ていたからか、美鈴が首をかしげて顔を覗き込んできた。かと思ったら頬に唇が触れた。
「え」
「恋人らしいこと、した方がいいかなって。いやだった?」
「いや、いやじゃない。でも、無理はしなくていい。美鈴のペースに合わせるから。てか、ゆっくりでいこう。幸せ過ぎて歯止めきかなくなりそうだから」
慌てて言葉を並べられたのが面白かったのか、美鈴は声をあげて笑った。
「私だけじゃなくて良かった。おやすみ!」
「おやすみ」
美鈴も同じだったわけか。
恋人になったからといって、何か変えないといけないわけじゃない。そうさっきは思ったけど、少しずつの変化は必要かもしれない。じゃないと、いつまで経っても恋人という名の友だちのままだ。
次会う時は、どこに行くかな。
一人の夜だというのに、まったく寂しくない。心は温かいくらいだ。
もっと美鈴を大事にする。そう心に誓った。
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