第五章 夢心地

 昨日の美鈴のことを思い出しては、笑顔になってしまう自分がいる。

 機能は最初、知らない女に囲まれて最悪な気分だった。美鈴が寝坊してしまった事に関しては、まったく怒っていない。むしろ体調が心配なくらいだ。

 うるさいと思っていた中で聞こえてきた、美鈴が俺の名前を呼ぶ声。辺りを見渡すと、俯いている美鈴の姿が見えた。

 女共をどかして美鈴のもとに走り寄った。俺はいつだって美鈴が一番だから。

 でもまさか抱きつかれるとは思わなかったな。

 寝不足で情緒が不安定にでもなっていたのだろう。

「今日ずっとニヤニヤしてるね」

「そうっすか?」

 声をかけてきたのはゼミの先輩、鶴川玲美先輩。気さくな性格で女だけど接しやすい人。年下の恋人がいるらしく、よく恋愛の相談をしてくる。

「うん。めちゃくちゃキモイ」

「ひどくないっすか⁈」

「ひどくないよ。私の恋人のほうが酷いから」

「また何かあったんすか?」

 年下というだけで不安なのに、学校も違うから余計に不安らしい。

「寂しかったから会いたいって電話したら、普通に考えてムリって言われた」

「はいはい。相談のるんで、どっか行きましょ」

 ついでに俺の美鈴とのことも話すか。

 玲美先輩は、俺がいろんな人と付き合っていた頃からの仲。だから、美鈴とのことも知っている。もともと他人の恋愛事情を聞くのが好きらしく、めちゃくちゃ絡まれた。

「どこ行く?」

「そこらのカフェでいいでしょ。浮気を疑われるのは御免なんで」

「私が?それとも大和?」

「どっちもっすね」

 美鈴にもし遭遇したら、マジでやばい。あいつは時折、俺が美鈴のことを本当に好きなのか疑ってくる。言葉にはしないが表情で丸わかりなのだ。友だちでいる方が楽だろうにとも思うが、美鈴だから仕方がない。

 カフェでお互いの恋愛について話すこと一時間。お互いにすっきりして、カフェを出た。

「美鈴ちゃんは、どんな性格なの?」

「ひたすら可愛いっす。つか天然?みたいな。結局かわいいっす」

「本当に好きなんだね」

 苦笑され少し恥ずかしくなった。でも、それくらい好きなんだから問題はない。俺は美鈴を好きであり続けると決めたんだ。たとえ報われなくても別にいい。さすがに   彼氏を紹介されたら泣くかもしれないが。

「会ってみたいな」

「嫌ですよ」

「なんでよ」

 赤信号で立ち止まったので、先輩と向き合った。

「美鈴が可愛いには、俺だけが知ってればいいからです」

「生意気!」

 そう言って先輩は耳を引っ張ってきた。

「痛いっすよ!」

「口のなかが甘ったるい‼」

 抵抗しようと先輩の手を掴む。まったく、どこからこんだけの力が出ているのだか。

 謝ろうとした時、向かいの横断歩道に見慣れたどころじゃない顔が見えた。

 美鈴?

 美鈴が絶望した顔でこっちを見ている。

「どうかした?」

「いや、美鈴が向かいに」

「え、どれどれ!」

 腕を掴まれ、どれだと興奮されて仕方なく彼女だと教えようとすると姿がなくなっていた。

 あれ、どこ行った?

「いなくなっちゃいました」

「見間違いだったんじゃない?」

「……ですかね」

 有り得ない。俺が美鈴を見間違えるなんて絶対にない。

 イヤな予感がするな。

 そして、そういう予感は的中するもので……帰宅後、美鈴にメールを送ってみたが返信がいつまで待ってもこない。電話をかけてみてもつながらなかった。

 もしあの時の美鈴が気のせいじゃなかったのなら、勘違いされた可能性が充分にあり得る。弁解しようにも連絡手段がないのなら、どうすることもできない。家に行ったとしても門前払いされるだろう。

 真尋を頼るか。

 真尋なら美鈴にウェスターにお茶をしに来るように誘える。俺が先回りしておけばいいだけだ。

 真尋に電話をかけようとすると、ちょうど真尋から電話がかかってきた。

「最高のタイミングだな。ちょっと頼みがあるんだけど」

「あ、そうなのか?じゃあ、明日の午後四時くらいウェスターに来てくれ。図書館の整理を手伝ってほしいんだ」

「分かった」

 翌日の午後四時。言われた通りウェスターに着いた。

 扉にはクローズの看板が出ていたが、鍵はかかっていなかった。静かに扉を開け中を覗き込んだが、真尋の姿は見えなかった。キッチンにも人の気配がない。

 図書館にいるのか?

 図書館の扉を開けて驚いた。美鈴が待ち構えていたからだ。

「美鈴?どうしてここに?」

「真尋兄さんに頼んだの。大和と話がしたいから内緒で呼び出してって」

「そうだったのか」

 まさか、俺フラれる?まったく心の準備が出来てねぇんだが。

 美鈴は深呼吸をして、ゆっくりと距離を詰めて来た。それからそっと手を握ってきたまま、動かなくなった。何を言うでもなく、ただ下を向いている。

 話しかけてはいけない雰囲気を感じ黙っていると、美鈴が顔をあげた。覚悟を決めたかのような表情だ。

「私、大和のことが好きだよ」

「……え」

 美鈴にかけられた言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。

 美鈴の瞳から涙が零れ堕ちる。どうすればいいのか分からなくて、美鈴の華奢な体を抱き寄せて涙が落ち着くのを待った。

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