第四章 気づき

「……今日は一緒にいてくれてありがとな。これで、さよならだ」

 大和の告げた言葉に酷く胸が痛んだ。

 駅前に大和が現れたときは逃げてしまったけど、話を聞いたら頷くしかなかった。申し訳なさもあった。なのに、話しているうちに楽しくなって、大学生になってから一番心から笑えた。

 それなのに、大和は今日が最後だという。

 温もりなんて残ってるはずがないのに、撫でられた頭に触れた。

 まだ、一緒にいたい。

 気が付いた時には、大和の背中を追いかけていた。咄嗟の判断で服の裾を掴んだ。大和が驚いた顔で振り向いた。

「さよならはイヤだ」

「え?」

 慌てて嘘の言葉を並べたけど、大和は突き返さなかった。それどころか、笑顔で受け入れくれた。気持ちに応えられるか分からないのに、大和に苦しい思いをさせてしまうのに。

 夜は危ないという名目で繋がれた手が熱い。でも、悪い気はしない。むしろ、幸せを感じた。

 それから大和と一ヶ月に一回のペースで会うようになった。映画館や水族館に行ったり、ウェスターでお茶したり。今日もカフェ巡りを楽しんでいる。

「コーヒーの味が店によって違うから、好きな味に出会えそうだわ」

「私も、新しい茶葉との出会いがあって楽しい!」

「色が変わるのはおもしろかったな」

 大和は、恋愛感情を抱いていることに変わりはないけど、友だちとして接すると言ってくれた。最初は意識してしまったが、大和があまりにも普通なので自然と私も接することができた。高校の頃に戻ったようで、大和といる時間は私にとってかけがえのないものとなっている。

 まるで私のことを好きじゃないみたい。そう思う事もあったが、その考えはすぐに打ち消される。そういう気持ちになっていると分かるらしく、手を繋いできたり、頭を撫でたりしてくる。

 その度に私の体温は高くなる。大和の手から感情が伝わってくるようで、くすぐったい。

「次は俺の行きたい場所でもいいか?」

「うん。どこに行きたいの?」

「植物園。植物に関する講義を受けたら興味が湧いた」

「いいね!来月の中頃でいい?」

 大和は頷いて手帳を開いた。私もスマホのカレンダーで予定を確認する。

「二十日でいいかな」

「空いてる。駅前待ち合わせな」

「わかった」

 大和は家まで私を送って帰っていった。

 私は大和と会っているのに、未だに自分の気持ちが分からない。でも無理やり答えを知りたいわけじゃない。でも、私だけの問題じゃないから焦ってしまう。

 どうすれば分かるんだろ。

 一度だけ大和に、どうして私を好きになったのか聞いてみたことがある。大和は恥ずかしがりながら、全部だと答えた。その返答に自分まで恥ずかしくなったのは、言うまでもない。

 大和はどれくらい待ってくれるんだろう。聞いてみようかな。

 次会う時に教えてもらうと覚悟を決め、約束の日を迎えた。

 せっかく大和と会うのに寝坊した!

 昨日締め切りの課題があり徹夜していたのが原因だ。でも、まさか寝坊するとは思わなかった。

 駅前に着いて大和を見つけたが近づけなかった。

 大和は所謂、逆ナンをされていた。

「お兄さん一人ですか?」

「めっちゃイケメン!」

「いや、友だちと待ち合わせです」

 女の人たちが大和の手や肩に触れている。それを嫌だと言う資格は私にないのに、触らないで、と叫びたい。今にも涙が溢れそうだ。

 私に気づいてないよね。

「大和」

 柔らかい風にも飛ばされるような、小さい声で名前を呼んだ。

 気づいてもらえるはずがない。そう思っているのに期待してしまう。

 俯いていると、光が遮られた。顔をあげると、目の前に大和の顔があった。

「来てたんなら声かけろよ」

「なんで?」

「あ?だって呼んだだろ」

 歯を見せて笑う大和に思わず抱き着いた。大和は驚いた声を出したが、突き返さなかった。それどころか、背中を子供をあやすみたいに優しく撫でてくれた。

「なんかあったか?」

「……ちょっとだけ。でもだいじょうぶ」

 気づいてくれたから。

 体を離して、大和の手を握る。いつもなら大和から繋いでくれるけど、今日は私からがいい。あの人たちに、なんとなく見せつけたい。

「珍しい」

「うん。今日はそういう気分」

 植物園でも繋いだ手を離さなかった。私は知らなかった。大和はいつだって私から離れられることを。

 一緒にいられることは当たり前なわけじゃない。そのことを忘れていた。私たちは一度、別々の道を歩んでいる。あの時の寂しさをすっかり忘れていた。

「今日はありがとな」

「ことらこそ、ありがとう。いい気分転換になったよ」

「なら良かったわ。ちゃんと寝ろよ」

 大和は目元に軽く触れてから、頭をわしゃわしゃと雑に撫でた。

「おやすみ」

「うん。気を付けてね」

 大和を見送って家に入る。自室にそのまま向かい、ベッドに仰向けで横になった。

 今ならわかる。私が大和と一緒に過ごすのが一番笑えるのも、ずっと忘れられないのも。好きじゃなくなったのかと不安になるのも、他の女性に触れられて欲しくないのも。全部全部、私が大和に恋しているから。

 嫉妬で気づくとは思わなかったけど。

 今日はまだ気持ちの整理ができなかったから言わなかったけど、次会う時に伝えよう。

 大和のことが好きだと。

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