第三章 ここから

 大学生になって一年が経とうとしている。俺は未だに美鈴のことが忘れられずにいる。何人かの女子と付き合ってみたが、一ヶ月ともたなかった。

 俺は何がしたいんだ。

 美鈴のことを思い続けるという選択肢もあったのに、わざわざ好きでもない奴と付き合って別れて。しかもフラれる理由は、毎回同じだった。

『私のこと好きじゃないよね。いつも私を通して誰かを見てる』

 これと似たようなセリフだけを言われる。女の勘は鋭い、とはよく言ったものだ。

 今日だってデートの約束をしていたのに、ついさっき同じメールでフラれた。せっかく午前だけで授業が終わったというのに、一日中ベッドの上で過ごすことになった。

 ふと気が付くと日が暮れ始めていた。どうやら眠っていたらしい。

 誰も来ないっていいな。好きなだけ寝られる。

 そう思った次の瞬間、いきなり扉が勢いよく開いた。

「大和、話がある!」

「いきなり何だよ、真尋。心臓に悪いだろうが」

「美鈴ちゃんのこと」

 思わず息をのんだ。真尋からその名前が出ると思わなかった。美鈴の名前が出てくる度、話を逸らしていたから。察しのいい真尋なら、気づかない振りして聞き流してくれると思っていた。

「告白してたんだ」

「するつもりはなかった。事故だ」

「……なあ、大和。もう一度会って話をした方がいい。今の大和は見るに堪えない。後悔してるならやり直せばいい。やり直さないにしても、区切りをつけたほうがいい」

 真尋の言っていることは、イヤと言うほどわかる。今の俺は、世の中で言う最低な男そのものだ。クソのような人間になりたいわけじゃない。

 完全にフラれれば、気持ちも落ち着くかもな。

「分かった。菜々に会わせて欲しいって頼んでみる」

「うん、そうしな。じゃあ帰る」

「泊ってけよ」

「そんなに暇じゃないよ」

 真尋を玄関先まで見送り、俺は菜々に電話をかけた。

「大和から電話なんて初だね。久しぶり」

「そうかもな。久しぶりで悪ぃけど頼みがある」

「なに?」

「美鈴と会って話がしたい。最後の思い出がほしいんだ。じゃないと俺は、今以上に最低な人間になる」

 菜々は少しの間をおいて了承してくれた。ただし、美鈴を悲しませないという約束のもとでだ。まあ、そんなことは言われなくても当然のことだ。

 二日後。菜々に言われた通りの時間に駅前に向かった。

 美鈴の姿を見つけた途端、鼓動が早まるのを感じた。美鈴も俺に気づいたらしく、信じられないという顔をしている。

「……久しぶりだな。元気だったか?」

「大和?」

「大和だよ。お前の幼馴染みの、辻本大和」

 言い終えたかと思うと、美鈴は急に走り出した。咄嗟に追いかけ、どうにか腕を掴み引き止める。

「離してよ!何も話したくない!」

「俺は話したい!今日だけでいいから」

「嫌だ!」

「俺の話聞けって‼」

 大声を出すと、美鈴は静かになった。道行く人が俺たちを見ている。仕方がないから、そのまま美鈴の腕を引いて歩く。今度は抵抗されなかった。

 人気のない公園に着いたが、美鈴の腕は掴んだままだ。離した途端に逃げられそうだから。

「今日、会おうと思ったのは話がしたかったんだ。俺たちには、ちゃんとした最後がなかったから。今日だけでいいんだ。高校の時みたいに一緒に過ごさないか?嫌なら諦める」

 美鈴は少し悩んでから小さく頷いてくれた。

 良かった。

「ありがとな」

「……うん」

 本当はこのまま手を繋いでしまいたかったが、それは友だちじゃないから諦める。

「行こうぜ。繁華街歩こう」

 背を向けて歩き出すと、慌てて隣に並んだ美鈴。

 やっぱり、美鈴が隣なのが一番落ち着く。

 最初こそ気まずい雰囲気だったが、時間が経つにつれて高校の時みたいに話せるようになった。

「それはないだろ」

「可愛いからいいの!肉まんも食べたい‼」

「はいはい、半分こな」

 時が経つのはあっという間。繁華街をひと通り回り終えた頃には夕暮れ時になっていた。

 これで終わりか。

 美鈴を家まで送る帰り道、他愛ない話をした。大学の授業や面白い教授の話。笑っていたが、心から笑えなかった。今日が終われば、また元通りの生活になる。

 美鈴の家に着いたが、美鈴はなかなか入ろうとしない。

 期待したくなるだろうが。

 邪気を祓い、平然を装う。

「……今日は一緒にいてくれてありがとな。これで、さよならだ」

 頭を軽く撫でて、背を向けた。いつまでも見ていたくなるから、無理やりにでも体を動かさないと中々帰れない。

 頭を撫でるくらい、いいよな。

 空を仰ぎながら歩いていると、服の裾を引っ張られた。驚いて振り返ると、美鈴が震えながら服の裾を握っていた。どうしたと聞く前に美鈴が話し始めた。

「さよならは、やだ」

「え?」

「あ、その、実は行きたい場所があるんだけど……菜々との予定が会わなくて。一人だと気まずいし」

 美鈴が早口で言葉を並べるのは珍しい。恐らく本人も戸惑ってる。

 こういう事あったな。

「落ち着けって。行こ、そこ。いつがいい?」

「まだ分かんない」

「じゃあ、あれだ。連絡先教えろ。お前スマホ変えただろ」

「水没させました……」

「相変わらずアホなのな」

 怒った美鈴が肩を叩いてくるが、痛くもかゆくもない。むしろ、抱きしめたくなる。

これから我慢すんの大変だな。会えるだけマシか。

「ほら、家まで送る」

「うん」

「夜は危ないからな」

 そう言って、美鈴の手を握った。

 嬉しいんだ。これくらい許されるだろ。

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