第二章 始まりは唐突
大学生になってから一年が経とうとしている。それなのに私は、毎日あの日のことを夢にみる。
その日の体育の授業で、男子はバスケ、女子はバレーをしていた。
休憩している時に、試合をしている大和と目が合った。頑張れ、と口の動きで伝えると大和は親指を立てた。
その後も男子が試合を続ける中、女子は片づけを始めた。
女子二人組が、バスケットコート近くにあったボールを回収しに行った。その時、危ないという叫び声が響いた。その子たちに向かってボールが向かっていたのだ。誰もが当たる、そう思った。だが、いつまで経っても当たった音がしない。
目を開けると、ボールを掴んだ大和の姿があった。
「ケガしてねぇか?」
「うん……ありがと」
「おう。おい山田!ケガしたから保健室行ってくるって伝えといてくれ」
保健室に向かう大和を後から追いかけた。保健委員の子が一緒に行くのも渋っていたから、遅れて行ったほうがいいと思った。
ノックをして保健室に入ると、大和は冷やすための氷を探していた。
「美鈴?お前もケガしたのか?」
「ううん。心配で来ただけ。手当するよ」
「ありがとな」
大和と向かい合わせに座り、手首に包帯を巻いていく。
知らぬ間に手が大きくなった。
「大和の方がいろいろ大きくなったよね」
そう言いながら掌を合わせて、大きさを比べる。やっぱり大和の方が大きかった。
「好きだ」
「え?」
大和の発言に戸惑いを隠せなかった。本人も驚いている。
「悪い。言うつもりはなかったんだけどな。まあ、そういう事だわ。手当ありがとな。先戻る」
一人になり、大和の言葉を頭の中で繰り返し唱えた。
大和は私のことが好き?それはつまり、これまで通りじゃいられない?
その日の放課後から、大和と話せなくなった。そして、そのまま卒業式を迎えてしまった。
もう会う事もない。それなのに、
『好きだ』
大和の焦りのこもった表情を忘れることができない。
私たちは幼馴染みという特別な友だち。それが変わる事はないと思っていた。
朝日の光と共に、言いようのない気持ちが毎日込み上げてくる。どうして、と思うのに理解できる気もして。
あれから一度も話さないで卒業しちゃった。
ウェスターに行けば会えるかもしれないとも思ったけど、何を話せばいいのか分からない。今まで通りという訳にもいかない。それは私にだって分かる。
告白されたばかりの頃は、菜々が仲裁しようとしてくれたけど効果はなし。それは私の所為だ。大和と言われるだけで話題を変えてしまった。
「会いたいなぁ」
「誰に?」
「え?」
驚いて顔をあげると、馴染みのある顔にのぞき込まれた。
「やっぱり美鈴ちゃんだ。久しぶりだね」
「真尋兄さん!」
大和の従兄であり、私の兄のような存在である真尋兄さん。ウェスターを経営していて、幼い頃からずっとお世話になっている人。
「最近来てくれないから心配してたんだよ?大和も来てくれないし」
「大和もですか?」
てっきり毎日のように通っているのかと思っていたのに。
私こと避けてるのかな。
「良かったら今からおいでよ。サービスするからさ」
「いいんですか⁈」
「いいよ。美鈴ちゃんは妹みたいな存在だから」
甘い誘惑に負け、ウェスターまでついて来てしまった。
これでもし、大和に遭遇したらどうしよう。
そんな私の悩みとは裏腹に、大和が現れることはなった。スイーツを食べている間も扉の方ばかり気にしてしまい、まったく味わえなかった。思わずため息を吐くと、笑いながら真尋兄さんが向かい側の椅子に座った。
「ずっと扉のほう見てたね。会いたいっていうのは大和のことだよね。会ってないの?」
「……はい。実は、高校三年生の秋頃から話してないです」
「え?」
驚いている真尋兄さんに、大和に言わないという約束のもと事の成り行きを話した。
大和の従兄である真尋兄さんからしたら、あまりいい気分の話ではないだろう。
「だから大和は最近、美鈴ちゃんの話題出すと機嫌悪くなったのか」
「やっぱり嫌われちゃいましたかね」
「いや、それで嫌いになるような奴じゃないよ。気持ちの整理が出来てないんだと思う。さ、もう遅いから帰ろう。家まで送るよ」
真尋兄さんに家まで送ってもらい、自室のベッドに沈む。
結局、自分の気持ちは分からなかった。
誰かに話せば、この理解できない気持ちが分かるかもしれないと思っていた。でも違った。この気持ちを理解するには、自分から歩み寄るしか方法はないのかもしれない。
どうすればいいんだろ。
泣きそうになると、スマホが鳴った。画面を見ると、菜々から連絡がきていた。
『明後日空いてる?久しぶりに遊ばない?』
菜々とは同じ大学に通っているけど、学科が違うから最近は会えていなかった。
会いたい!
『空いてる!』
『良かった!十一時、駅前でね』
『了解‼』
楽しみだなあ。
そしたら、大和のこと菜々にも話してみよう。何があったのかは、未だに伝えていないから。
菜々との約束の日。
駅前で菜々の姿を探すが、なかなか見つからない。
何かあったのかな。でも、約束の時間まで十分くらいあるし……大丈夫だよね。
その後も辺りを見渡していると、見覚えのある姿が目に映った。まさか、と思ったが気のせいではない。その姿は少しずつ近づいてきて、目の前で止まった。
「……久しぶりだな。元気だったか?」
「大和?」
「大和だよ。お前の幼馴染みの、辻本大和」
私は思わず逃げ出した。合わせる顔がないと思ったから。
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