第一章 幸と哀
高校三年生、夏。
街道に咲く
暑さに耐え切れなくなった幼馴染みは、一人でアイスを買いに行っている。一緒に行くと言ったのだが、断られてしまった。炎天下で一人にされるくらいだったら、長蛇の列に一緒に並ぶ方が良かった。
ヒマワリはあいつに似てる。
花を見るのにも退屈してきた頃に、幼馴染みは戻って来た。
「お待たせ。チョコとイチゴどっちがいい?」
アイスを差し出しながら、質問してきた俺の幼馴染。名前は
「そんなに待ってねぇよ。美鈴はどっちがいい?」
「イチゴ!」
「じゃあチョコ。この後ウェスターに行くのに大丈夫なのか?」
「私のスイーツ好きを甘く見たらダメだよ」
余裕だと、嬉しそうにアイスを頬張る美鈴。イチゴの香りと美鈴の香りは少し似ている。
美鈴からは、いつも甘い香りがする。
「本当は抹茶にしようかと思ったんだよね。でも
「あーそういや、仕入れが大変だって言ってたな。」
美鈴は企画が事実だと知り、瞳を輝かせた。
真尋は俺の従兄で、俺たちにとって兄のような存在。真尋の両親が経営していたカフェ、ウェスターを今は一人で切り盛りしている。暇だったり頼まれたりすると、手伝うこともある。ついこの間も書類整理を頼まれた。部活を引退して最近は特に暇だったから、頼まれて実は嬉しかったりした。
「どんなの作るって言ってた?」
「覚えてねぇよ。でも、王道も作るとか言ってた気がする」
美鈴はいろいろなスイーツを想像し始めた。スイーツの事になると、コイツは歯止めが利かなくなる。おかげで、興味がないのにスイーツに詳しくなってしまった。
ウェスターに着くと美鈴は大きく深呼吸をした。この店は木々に囲まれるように建てられているから、空気が澄んでいて心地がいい。
店の扉を開けると、軽快な鈴の音が響き渡った。
「やあ、いらっしゃい。二人で来るのは、いつぶりだろうね」
この優しい声の持ち主が真尋。黒のウェストエプロンと白のシャツが似合う男だ。身長は俺よりも頭一つ分ほど高い。
「知らねぇ。図書館だれかいる?」
「いないよ。貸し切りな」
「サンキュ」
美鈴に声をかけて図書館に向かった。
ウェスターはカフェだが、簡易的な図書館がある。客がいることがほぼないから、俺たちのお気に入りの場所。
美鈴はテーブルに座るなりメニューを開いて、どれを注文するか悩み始めた。その姿をただ見つめる。時折、抹茶やタルトといった心の声が漏れているのが可愛くて仕方がない。
「大和は何にするの?」
「紅茶と抹茶ロールケーキ」
「抹茶パンケーキにする。一口ちょうだい?」
「そのつもりだったわ。頼んでくるから待ってろ。あ、飲み物は?」
「紅茶!おすすめで」
図書館を出て、キッチンに居る真尋に声をかける。真尋は注文を聞き終えるとキッチンに戻った。かと思ったら、すぐに戻ってきて、
「せっかくだし、大和が淹れてあげなよ」
そういって無理やり渡されたティーセット。
受け取ってしまったものは仕方がないと、俺は図書館に戻るなり紅茶を二人分淹れた。
「大和が淹れた紅茶、私好きだな」
「……物好きな奴だな。真尋が淹れたほうが美味いだろ」
そんなことはないと紅茶を飲む美鈴。それを横目に見ながら小さく溜め息を吐く。
俺の気持ちなんて、知る由もないんだろうな。
美鈴がこの紅茶を美味いと思うのは、他の誰かに淹れるよりも丁寧に淹れているからだ。美鈴にはいつだって、幸せを感じてもらいたい。
程なくして注文したスイーツを真尋が持って現れた。
美鈴はテーブルに置かれていくスイーツに見惚れている。
「ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます!」
真尋が居なくなると、美鈴はいろいろな角度からパンケーキを見つめた。ひと通り見て満足すると、静かにナイフとフォークを手に取り一口食べた。
「幸せ」
「良かったな。こっちも食え」
「うん!」
美鈴は嬉しそうに食べ続ける。
スイーツを食べ終えて三十分ほど経ったころ、美鈴の親友であり俺の友人である
「お待たせ。部活が思ったよりも長引いちゃった」
「大丈夫だよ。スイーツいっぱい楽しめたから!」
「私も食べたかったなぁ。次は私と来てね」
菜々とは高校に入ってから知り合った。美鈴に近づいて来た時は警戒したが、話しているうちに悪い奴じゃないと知った。美鈴も女友達ができたことを喜んでいたから、静観している。女同士の友情に関わるのは気が引けるから。
「大和も一緒に買い物する?」
「いや、俺はいい。真尋の手伝いがあるし、偶には二人で楽しめよ」
「そう?じゃあ、夜連絡するね」
美鈴達を見送り店内に戻ると、真尋が呆れた顔で待ち構えていた。
「手伝いを頼んだ記憶はないけど?」
「寝てる間に頼まれた」
「もう少しまともな嘘を吐いてくれ」
肩を
分かり易くしないと、真尋はわかってくれないだろ。
「今日は泊まりなよ。明日、学校休みなんだろ?」
「ああ」
ウェスターと真尋の家は裏口が通じている。その方が楽だからと、わざわざ引っ越してきたらしい。
「それで、なにかあった?」
夕飯をごちそうになり、風呂上りの紅茶タイムで駆けられた言葉。
「美鈴とのこと、なんだけどさ」
「告白するの?」
「するはずないだろ……大学は別々になるから、そろそろ諦めないとだなって」
真尋は目を見開いた。
俺も美鈴も進学するのは同じだが、あいつは桜ヶ丘大学、俺は青鹿崎大学に入学予定。今までの俺なら美鈴と同じ学校を選択したが、費用と偏差値の問題があって諦めた。
離れるのに慣れろってことなんかな。
「いいの?告白できる最後のチャンスかもしれない」
「いいんだ。俺は……一緒に居られるだけで幸せだから」
そう言ったのに、俺はやらかした。
夏休み明けて一ヶ月が経った頃。
体育の授業でケガをした手首を美鈴が手当してくれた。その時、俺は無意識に思いを告げてしまった。
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