第5話 動物園のお姉さんと秋のキツネの話 その2
数日後。十月三一日。ハロウィン。
多少、ハロウィンの飾りつけをしたり、ヒグマにカボチャをプレゼントするイベントはあったものの、基本的にはいつもと変わらない動物園。
そして、夕方。
ヨシミはこの日も、案内係として園内を歩き回っていた。
するとシキが寝ていた。
木陰のベンチ。そこで、人間の姿のシキが眠っていた。
仰向けで、すうすうという寝息に合わせてお腹が上下に動く。
シキの格好は、普段のそれとは違う。濃い紫色のワンピースに、レースの装飾がついたケープを羽織っている。そう、魔女をイメージした仮装だ。
そして、頭からは三角形の耳が生えていた。
学校帰りなのだとうか。ベンチの横にはピンクのランドセルが乱雑に置かれている。
ヨシミはシキの前髪を触ったあと、その体を揺らす。
「シキちゃん、おきて」
シキはむにゃむにゃと口を動かした後、目を覚ました。
上体を起こし、大きくのびをする。
「あ、お姉さん。おはよう」
「おはようじゃないわよ。なんでこんなところで寝てるの?」
ヨシミが尋ねると、シキは軽やかにベンチから飛び降り、その場でクルリと一回転。ケープとワンピースの裾がそれぞれフワリと広がる。
「今日ね、学校でハロウィンパーティーがあって、お母さんが衣装つくってくれたんだ」
シキは自慢げな表情でヨシミを見る。
「うん、可愛いよ。でも、耳出てる」
シキは両手で隠すように頭の三角耳をおさえる。
「えへへ。お母さんが、耳出しといた方が可愛いよって。今日だけは、みんなコスプレだと思って気にしないから」
手を離すと、耳がぴょこんと跳ねた。
「それでさ、お姉さん。今日ってハロウィンだよね」
シキは一歩、また一歩とヨシミに近付く。
「トリックオア……」
「トリック」
シキが言い切る前に、ヨシミはこたえた。
「もー。最後まで聞いてよ! もう一回訊くけど、トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ」
「じゃあ、イタズラしていいよ」
ヨシミは一切迷わずこたえた。
シキは頬を膨らませて、地団駄を踏む。
「もー! あたし、お菓子が欲しいのに。……って、あれ? お姉さん、足元のそれなに?」
ヨシミは足元を見るが、なにもない。
「へ? 何かある?」
「ほら、それ、よく見て」
シキに言われ、ヨシミはしゃがんで地面を見る。
「隙あり!」
その瞬間、シキはすごいはやさで一気にヨシミに近付くと、ヨシミの作業服のポケットに手を入れ、そこに入っていた一口サイズのチョコレートを取り出した。
「あ、コラ、シキちゃん!」
「へへーん。お姉さんがここにお菓子入れてるの、知ってるもんね」
シキはチョコレートを開封し、口に入れた。
そして、
「こにゃぁ~ん!」
と叫んだ。
「お、お姉さん、これ……」
シキは口をパクパクっさせながら、涙目でヨシミを見る。
「引っかかった。それ、イタズラ用の唐辛子チョコレートよ。私、動物園の飼育員よ。しゃがんだら動物にポケットの中の物を持って行かれるくらい、知らないわけないじゃない」
ヨシミは得意げに言った。
「お、お姉さんの……バカぁ―!」
シキはそう言い残して走り去っていった。
残されたのは、シキのランドセル。
夜、仕事を終えたヨシミは、ランドセルを持ってシキの家へとやって来た。
「ああ。市原さん。あの子、ランドセル置いてきてたのね。すみません」
玄関で応対したのはシキの母親だった。シキによく似ている。
「私こそすみません。軽いイタズラのつもりが、やりすぎちゃったみたいで」
ヨシミは頭を下げるが、母親は手を横に振る。
「いいんですよ。あの子、けっこうワガママですから、たまには痛い目に遭うのも勉強ですよ。いつも面倒みていただいて、本当にありがとうございます」
その時、家の奥からシキが出てきた。
「お姉さん……」
「ごめんね。でも、シキちゃん最近太り気味だから、お菓子のかわりにこれあげるつもりだったの」
ヨシミはシキの前にしゃがむと、シキの髪に何かをつけた。
シキは玄関の姿見に自分の姿をうつす。
やや茶色がかったシキの前髪には、葉っぱをかたどったヘアピン。
「あら、似合ってるわね。可愛いよ、シキ」
母親が言う。シキもまんざらではないらしく、顔がにやけている。
「これ、もらっていいの?」
「うん、いいよ。葉っぱを頭にのせて、スレンダーな美女に化けてね」
「またバカにしてくる。でも、……可愛いから……今日のことは特別に全部許してあげる……。ありがとう、お姉さん」
シキは照れながら言った。
「市原さん。お礼と言ってはなんですが、夕食を食べていきませんか? ビーフシチューですよ」
母親が言った。家の奥からは美味しそうな匂いが漂ってきて、ヨシミの鼻に届く。
「え、えっと、じゃあお言葉に甘えさせて、もらおう、かな」
すると、シキがはしゃぎだした。
「わーい。お姉さんとご飯だー。宿題も手伝ってー」
「もう。シキちゃん、なにが苦手なの」
「ぜんぶー」
すっかり冷たくなった秋の風。
家の中は暖かかった。
コンと飼育員とお菓子好きな女の子の話(コンと狐と番外編) 千曲 春生 @chikuma_haruo
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