第4話 動物園のお姉さんと秋のキツネの話 その1

 秋の夕暮れ。

 木々は色付き、葉を落とす。

 オオワシは翼を広げ羽ばたき、ヒグマはボールを玩具にして遊ぶ。ダチョウの一家は砂場をつつきながら歩き回り、サル山のサルたちはキャッキャッと追いかけっこをしている。

 そう。ここは動物園。

 若い女性職員、市原ヨシミは園内を歩きながら、異常がないかの確認と、お客さんの案内をしていた。

「あの~」

 すると、お客さんが声をかけてきた。

「はい」

 ヨシミは明るい笑顔と、ハキハキした返事。

「あっちで、犬みたいなのが穴掘ってるんですが。檻の外で」

「はい?」

 ヨシミは思わず聞き返した。


 お客さんに案内され現場にやってくと、なるほど、確かに園のすみっこ。アスファルトの舗装がされていない土のところを、一心不乱に掘る動物がいた。

 小型犬くらいの薄茶色の生き物だ。パッと見はイヌのようだが、尻尾は太くてまっすぐである。

「あー。野生のキツネですね。時々来るんですよ」

 ヨシミが言うと、お客さんは感心したような表情を浮かべる。

「へー。この辺りにキツネっているんですね」

「はい。時々来るんですよ。噛まれるし、感染症のリスクもあるので見かけても近寄らないでくださいね」

「可愛い見た目なのに、恐いんですね」

 お客さんはそう言って、しばらく穴掘りキツネを見たあと、去っていった。

 それから、ヨシミはもう前脚まで土の下に埋まったキツネに近付く。

「もしもーし。なにやってるの?」

 声をかけてもキツネは穴掘りに夢中だ。

 ヨシミは両手でキツネの腰を掴むと、

「えいっ!」

 一思いに引っこ抜いた。

「はわわわゎぁー」

 情けない叫び声と共に、姿を現すキツネ。

「シキちゃん、なにやってるの?」

 ヨシミは呆れたように腕の中のキツネに話しかける。

 すると、キツネは身をよじって腕から脱出し、軽やかに着地。

 そして、ポンっという音と煙と共に、人間の姿になった。

 小学校中学年くらいの見た目の女の子だ。服を着て、眼鏡をかけている。彼女の名前は北見シキといった。

「もう、いい穴だったのに、なんで引っ張るの!」

 シキは頬を膨らませ抗議する。

「いや、ここ動物園だし、勝手に穴掘られたら困るんだけど」

 ヨシミはまるで動じる様子無く淡々とこたえた。

 シキはヨシミに鼻を近付け、スンスンと匂いを嗅ぐ。

「お姉さん、お菓子ちょーだい」

 ヨシミは期待の表情を浮かべるシキをジッと見る。

「シキちゃん、ちょっと太った? お菓子の食べすぎじゃない?」

 するとシキは一瞬ひるんだ後、早口で言い返す。

「ち、違うもん! これは冬毛で、モフモフなだけだもん!」

 そのとき風が吹き、飛ばされてきた落ち葉がシキの頭にひっかかる。

「っていうか、化けギツネならスレンダーな美人さんに化ければいいんじゃないの? ちょうど葉っぱ頭に乗ってるし、ドロンって」

 ヨシミは意地悪な表情で尋ねる。

「化けギツネはキツネと人間の姿を持ってるだけで、何にでも化けられる訳じゃないの! あと、葉っぱを頭にのせるのは絵本の中だけだもん。お姉さん、知っててあたしのことバカにしてー!」

 シキはクワァーと口を開け、ヨシミを威嚇する。

 その時、むこうから一人の職員がやって来た。今年からここで働きはじめたヨシミの後輩だ。

「市原先輩、ちょっと来てきださいーい」

 ヨシミはチラリと後輩を見ると、再びシキに視線を戻す。

「はいはい。日が短くなってきたから、暗くなる前に帰るのよ」

 ヨシミはポケットから一口サイズのチョコレートを取り出すと、包装のビニールをはがしてシキの口に入れた。

「ふんっ。今日は特別に許したげる」

 シキはチョコをかみ砕きながら言った。


 動物園の事務所。

 ヨシミは後輩と手分けして事務仕事をこなす。

「さっき一緒にいた子、時々来てますよね。先輩の知り合いですか?」

 パソコンにむかいながら、後輩は尋ねる。

「う~ん。シキちゃんは、まあ、友達ってとこかな。私がはじめて担当した動物、ホンドギツネのコンっていたんだけど、シキちゃんはコンと仲良かったの。それで知り合って」

 ヨシミもタイピングかしながら返事をする。

 後輩の手が止まった。

「コンって、確か一年くらい前に……」

「うん。死んじゃったよ。それで、シキちゃんも来なくなるかな、って思ってたけど、今でも遊びに来てくれるのはちょっと嬉しいかな」

 カタカタとタイピングの音が響いていた。


 日が暮れ、ヨシミは家路につく。

 途中、雑貨屋の前を通りかった。

 貼られたポスター。ハロウィンのイベント。

 店の前には特設コーナーが設けられ、コスプレグッズやイタズラグッズが並んでいる。

 ヨシミは足を止め、それらをジッと見つめていた。

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