第5話:女神の耕し③

「女神様、本当にこんなものでよろしいのでしょうか……?」

「もちろんです。貴重な食材を使わせてもらってすみません」

 

 城内の料理番の方にお願いして、今日の料理に使う予定だった食材から玉ねぎ1個と卵を2個分けてもらった。厨房をお借りして、さっそく調理にとりかかる。


「まず、玉ねぎはなるべく細かくみじん切りにします」


 スタタタッと包丁で玉ねぎを細かく刻んでいく。ナノンさんが「私がやります!」と言ってくれたけれど、我が家のレシピだからまずは自分で作りたかった。なにより頑張って畑作りを手伝ってくれた三人に何かお礼がしたかった。


「卵をボウルに割って、みじん切りにした玉ねぎを入れて一緒によくかき混ぜます。じゃあ、混ぜるのだけやってもらおうかな」


 はい、とセルジュさんにお箸を渡す。恐る恐るセルジュさんはお箸でかき混ぜていく。ミーミルさんがスッと手を出してボウルの下を支えた。この二人、いいコンビだなぁ。


「よくかき混ぜたら、熱したフライパンで焼いていきます。ここからはちょっとコツがいるから私がやりますね」


 セルジュさんからボウルを受け取る。フライパンに油を引いてよく熱して、軽く煙が出てきたらボウルの中身を一気にフライパンに注ぐ。


「こうやってふちが軽く固まって来たら、四つ折りにたたむようにへらで返します」


丸いフライパンの上で卵が長方形になる。そうなったら、上から2回折りたたむように卵を返す。


「お皿にあげたら……はい! 玉ねぎ入り卵焼きの完成です!」


 おお~!と三人から歓声があがってちょっと嬉しい。


「長方形の卵料理初めて見ました……」

「私もです。なんか可愛いですね」

「…………おなかすいた」


 黄色いプルプルの卵焼きに三人は目を輝かせる。

 玉ねぎ入りの卵焼きは実家の定番料理だ。オムレツでもいいんだけど、家族みんなて切り分けて食べる時や卵が少ない時でも均等に切り分けられるから、家ではもっぱら卵焼きの形だった。よく学校のお弁当にも入っていた。

 本当は玉子焼き用のフライパンがあればもっと簡単なんだけど、もちろんこの世界にはないし実家でも「こうすれば洗い物ひとつで済むじゃない」と言って母はいつもフライパンで作っていた。まさか異世界で時に役に立つ日が来るとは。


「さぁ、食べてみてください!」


 卵焼きを6等分に包丁で切ってフォークを三人に渡す。三人は顔を見合わせながら、ぱくりと一口食べた。


「…………甘い」

「え、うまい。え、なんでだ? 玉ねぎは入ってるのに」

「鳩子様に対して不敬ですよ、ミーミル様! でも、確かにとても甘くておいしゅうございます……こんなの初めて食べました」

「玉ねぎが苦手なのってもしかして切り方と火の通り方と組み合わせ食材が関係してるのかなって思ったの。これなら食べられるんじゃないかと思って」


 玉ねぎは生で食べると辛味があるが熱すると甘味が強くなる食材だ。卵は単体だと淡泊だがコクがあって、甘みのある野菜と相性がいいし、味に深みが増す。異世界の人たちの食の好みが分からなかったから心配したけど、喜んでくれたようで少しほっとした。


「さ、明日も畑仕事頑張りましょう! 明日はトウ立ちした玉ねぎの処理を行いますよ!」


 私の掛け声に「はーい!」と手をあげるミーミルさんとセルジュさん。その横で「明日も行かれるのですか!?」というナノンさんの声は聞こえないふりをした。



*********************


その夜。城の敷地内にある魔導士たちの宿舎にてセルジュとミーミルは今日一日の出来事を語らい合っていた。


「女神様の玉ねぎ料理うまかったな~! 明日も何か食べさせてくださるのだろうか。楽しみだな~!」

「…………」

「セルジュ?」


 セルジュは自分の両手をじっと見つめる。


「…………うん」

「今日は沢山魔法使って疲れたか? こんなに働いたの久しぶりだもんな」

「…………うん」

「明日も忙しくなりそうだし、早く寝るか」

「…………」


 その夜、セルジュが感じた違和感は翌日の畑仕事で明らかとなる。

 そしてそれは、ミーミルとナノンにも起こるとは、本人も誰もまだ知る由もなかった。

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