第3話:光の国・ブレイザブリク③

「これより結婚の儀を執り行う」


 昨日着たウェディングドレスに再び身を包む。ナノンさんが私にお化粧をしてくれた。鏡に映る自分はまるで別人のようだ。畑仕事ですぐ落ちるからと普段は眉毛ぐらいしか描かないからメイク自体とても久しぶりに感じられた。


 ベールを被り、今、バルドールさんの隣に立つ。目の前には牧師さんの上位版みたいなおじいさんが立っている。ナノンさんが後で「あの方は、光の国の大司教様ですよ」と教えてくれた。めちゃくちゃエライ人だった。


 バルドールさんは昨日の全裸姿(ほぼ)とは打って変わり、重厚な鎧を身にまとい、その上に金のローブマントを羽織っていた。


「ふたりに光の神のご加護があらんことを……それでは誓いの口づけを」


 きた……!


 やっぱり異世界でもこれは同じなんだ。

 うぅ……一応覚悟を決めてしっかり歯は磨いて来たけど、いざとなると緊張するなぁ。


 なにより、知らない男性とキスをしなければならないことに抵抗感がないと言ったら嘘だ。大嘘だ。すごく嫌だ。


 だけど、耐えなきゃ。これも元の世界へ戻るためなんだから。そう心の中で何度も自分に言い聞かせる。


 隣でバルトールさんが私に向けて膝をついた。見上げるように私を見つめ、腰につけていた剣を抜く。自分の目の前で剣をまっすぐと立てる。


「この刻をもって、誓う。あなたの片翼となり、剣となり、盾となることを。死が互いを分かつまで」


 剣に反射した自分の顔とバルドールさんの顔が半分ずつ、重なって見える。まるでひとつの顔のようだと思った。


 バルドールさんは立ち上がり、剣を収め、私のベールをあげた。心臓が口から飛び出そうだ。ぎゅっと目を閉じる。


 頬に温かい感触がした。そして――


「すまない、鳩子……」


 スッと身体が離れる。何事もなかったように大司教様へ向き直す。小さな謝罪の言葉だけがいつまでも私の耳に残り続けた。



*********************



 お城のバルコニーを出ると、下には多くの人が待ち構えていた。ずっと先まで地面が見えないほど沢山の人が私たちに向かって手を振っている。


「わあぁぁぁ!! お出ましになられたぞ!!」

「おめでとうございます!! バルドール様! 鳩子様!」

「光の国はこれで安泰だ!!」


 私が圧倒されているとバルドールさんが耳打ちしてくれた。


「光の国の民たちです。我々の結婚を祝うため国中の者がここに広まっている」

「そう、ですか……」

「ええ、だから、隙を見て逃げ出そうとお考えでしたらやめた方がいい」

「……!」


 バルドールさんは私の方を向くことはなく、群衆に手を振り続ける。ほら、あなたもと促され、私も同じように手を振った。お互いの顔を見ずに会話を続ける。


「逃げようとは考えていません。ただ……」

「ただ?」

「私の話を聞いて欲しいんです。私はどうしても自分の元いた世界に戻りたいの」

「あなたのいる世界は元よりここではないか」

「違います…! 女神としての記憶がないからこんなこと言ってるんじゃないんです」

「私には元々生きていた世界があるんです。光の国とは違う、日本という国」

「その日本とやらに恋人がいたのなら申し訳ないが、あなたにはここでやってもらわなければならないことがある」

「そんなんじゃないです! 父との約束を守りたいだけ」

「……」

「それに、急に私がいなくなって母も心配している」

「母にはもう家族は私しかいないのに、私までいなくなったら……」

「この国が大変な状況にあるというのは、ナノンさんから教えていただきました。だけど、私に出来ることなんて本当に何もありません」


 バルドールさんはそれ以上は何も語らず、民へ手を振り続けた。

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