第1話:小田農園④

「ああ、だめだ……!」


 案の定、畑は通路の部分に水が溜まり始めていた。吹き飛ばされないようピンで固定したシートも強風でほとんど剝がれかかっている。

 せめてシートを元に戻そうとピンを手にしたその時だった。


「ぐっ……!」


 一瞬何が起こったのか分からず、体勢を立て直すことも出来ず、そのままゴロゴロと地面に転がっていく。

 ひと際強い風が吹き、身体が吹き飛ばされたと気づいた時には地面に這いつくばっていた。

 雨で地面はぬかるみ、全身が泥だらけだ。なんとか立ち上がろうとするが身体を打った衝撃でうまく力が入らない。全身が痛い。



――台風の日は何があっても畑には近づくな



 昔から父に言われていた。

 分かっていた。自然現象と付き合っていくのは農家の宿命だと。


 畑が壊滅しても、また一やり直せばいい。


 だけど、もし畑の苗が駄目になったら、来年の出荷はきっと出来なくなってしまう。

 そうなったら、今度こそうちは廃業するしかなくなるだろう。


 あの事故から三年。

 ようやく、ようやく今年出荷まで来れたのに。



――もう誰のことも恨むな。これも農家の宿命だ



 病室で父が私に最後に言った言葉だ。

 どうして、こんな時に思い出すのだろう。


 雨と泥でずぶ濡れになった顔を手で乱暴にぬぐう。泣いている場合じゃない。しっかりしろ。


 ゆっくりと慎重に腕と足を動かして移動しながら、吹き飛ばされた防風シートに手を伸ばす。さっきの強風でピンが全て外れてしまったが、幸い近くの木に引っ掛かっていた。


 早くシートをかぶせなきゃ。

 守らなきゃ。

 命にかえても守らなきゃ。


 お父さんがずっとずっと守ってきた畑。


 お父さん。


 お父さん。


 お父さん。


 お父さん!!!!!



「もう少しぃ……」


神様に祈るような気持ちで必死に腕を伸ばす。


「お願いだから……届いてぇ……!!」



ガツンッ!!!!!!!!!!!



 頭に強い衝撃を感じて全身の力が抜ける。うつぶせになっていた身体は衝撃と強風で浮き上がり仰向けになった。


 薄れゆく視界でいつも収穫に使っているコンテナが宙を舞っているのが目に入ったが、そこで私の記憶は途絶えた。



 次に目が覚めた時、そこは天国だった。

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