第1話:小田農園②
「ただいまー」
家に帰ると、母が夕飯の支度をしていた。
「おかえり。雨が強くなる前に帰ってこれて良かったわね」
んーと、返事をしながら私はテレビの電源をつける。
『次です。大型で強い台風は今夜にも●▼■地区に接近する見込みです。今夜から明日の未明にかけて大荒れになる予想で、不要不急の外出は控えるなど対策が――』
「お母さん、畑、防風ネットだけで大丈夫かなぁ」
「多分大丈夫だと思うけど、水の心配もしておいた方がいいかもしれないわね」
「記録的な大型台風だって言ってるから断水対策も必要か」
農家にとって台風は一大事だ。
普段から天候には気を配っているが、台風対策はその非じゃない。
「花畑ストアさんどうだった?」
「あぁ……うん。やっぱり、うちも置けないって……」
「そう……」
母はそれ以上聞かずに、夕食作りを続けた。じゅうじゅうと揚げ物の音がする。
「今日はかき揚げ? おいしそ~!」
気を取り直して、私もキッチンへ入った。手を洗い、母の準備を手伝う。
「宮藤さんから人参をもらったのよ。あと、春菊も。一緒にかき揚げにすると美味しいんですって。レシピ教えてもらっちゃった」
宮藤さんとは隣の家(とはいえ、2キロメートルぐらい離れているが)の農家さんだ。主に人参を栽培している。宮藤さんの人参は甘くて、子どもの頃からよく食べている。
「はい、これ。お父さんのところに持って行って」
揚げたてのかき揚げと炊き立てのご飯をよそい、お盆に乗せる。
私はリビングを通り抜け、奥の畳の部屋へと入った。
小皿に乗せられたかき揚げと仏壇用の小さなご飯を仏壇の前に置く。
「ただいま、お父さん」
お鈴を鳴らし、父の位牌に向かって手を合わせた。
*********************
「いただきます」
夕飯の時間になると、さっきよりも雨音と風の音が強くなっていた。
ざあざあと窓を叩くような雨音でテレビの音がよく聞こえない。音量をあげようとリモコンに手を伸ばす。
「宮藤さんところね、今年で農家やめるんだって」
「えっ」
「宮藤さんのところも、もうどのお店も野菜を置いてもらえないって言ってたわ。これ以上続けても赤字が膨らむばかりだしって……」
「……そっか」
宮藤さんからもらった人参と春菊とうちの玉ねぎで作ったかき揚げを見つめる。
もう、この人参を食べられる日が来なくなるのか。
こんなにおいしい人参が、もう二度と。
「……うちもそろそろ考えた方がいいかもしれないわね」
「それは、駄目だよ」
「私、なんとかするから」
「鳩子」
「新しい営業先みつければいいだけだし。色々目星はつけてるんだよね」
「鳩子」
「うちは私が守るからお母さんは何も心配しないで」
「鳩子、あのねっ」
「お父さんとの約束だから……お願い」
話を早く切り上げたくて、私は母が作ってくれたかき揚げを黙々と食べた。母も、もうそれ以上は話を続けなかった。
外では雨風がさらに激しさを増していった。
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