第3レーン:ツーアウトから

右、左、右、左。つまずくのが怖くて、ランナーズ何たらも気にせず、竹下誠は走っていた。ああ、もう他の人たち前行ってんなあ。まあ、しゃあないっしょ。まずこのレース8人いねえんだし。陸上は最下位からって言うじゃん。言わないっけ?こういう状況だと思い出しちゃうなあ、今日から・・・あ、今日でちょうど5年か、時って早いね。


5年前の今日までは、オレは普通の野球部員だった。2年生の夏大会でレギュラーではあったが、特に打てずチームは4回戦で敗退。周りの先輩が一気に引退して、オレが引っ張らなきゃ、と思ってたころだった。まずは、隣の地味な陸上コースでピストル音。「ウチってそんなの持ってたっけ」とか話してたら、向こうで悲鳴。慌ててそっちに数人で行くと、だれかが拳銃を撃ってた。なんかヤバくね、と他人事のように思った瞬間、右肩を撃たれた。そっから先、記憶ないんだよね。目が覚めたら病院のベッドで、なんか医者が深刻そうな顔して突っ立ってたことぐらい。その医者の話によれば、かなり右腕の神経がやられたので、ここから先右腕に力は入らないそうで。目の前が真っ暗になった。左利きとは言え、片方の手では打つことも守備もままならないし、当然投球もできない。希望が見えなくなるってこんな感じなんだな~。それを大泣きしながら監督に報告したら、超良いこと言ってもらえたのよ。なんでも、「お前は走攻守の内「攻守」はできない。しかし、野球はツーアウトからだ」ってね。なるほどそりゃいい、って前向きになれたし、同じ時期に陸上も発見したから秋大会まで代走だけで使ってもらえるようになった。これでも陸上やるくらい足は速いからなかなか盗塁も決められたし、サヨナラのホーム踏んでチームメイトに祝福されるのも楽しかった。そして迎えた準決勝、おれの出番は7回、4点ビハインドで回ってきた。二死二塁からだ。野球ってツーアウトかららしいし、頑張ろう、とか思ってると3球目、急に時の流れが遅くなった。ピッチャーのモーションがゆったりしてて本当に走りやすくて、余裕でセーフだった。今思えばそれがランナーズハイなるものなんだろうなぁ、まあランナーはランナーでも野球のランナーだけど。結局相手がエラーしてる間にホームまで行ってたけど、チームはそこで負けて甲子園は意外と惜しかったけど進出できずだった。でも最後にいい盗塁がきまったから、未練なしで野球やめれた。たまに腕が自由だったらなぁ、と思うけど仕方ない、ってさっきより離されてるし。さっきより足の回転を意識してギアを上げる。絶対、おいついてやる!

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