第2レーン:元マネージャーでも
「何あの人たち、いくらなんでも速すぎない!?」心の中で叫びながら、私はペースを上げた。100メートルを走っていると、いつもの軽く10倍の速さで頭が回る。「ランナーズハイ」って何も考えてないように見えてめちゃくちゃ考えてる状態なんだなー、と思いながら、体格的に差がある相手と距離を詰める。心配ない。いつもそうやって、実力プラスアルファの運で勝ってきた。思えば、陸上を始めたのもほぼ偶然だった。———柳凛子は、五年前の事を思い出していた。
元はといえば、学校で陸上に関わったのはただのノリだった。周りは皆やるって言ってたから陸上部にマネージャーとして入ったけど、入ってみれば陸上部マネージャーはほかに3人しかいなかった。特に何もないまま一年が過ぎ、二年生の8月末、拳銃を使った殺傷事件が隣の高校で起こった。その時一番被害を受けたのはその学校の陸上部だったため、陸上部を狙った事件がまだ起こるのではないかという恐怖から、ウチの陸上部は退部者が続出して、大きい部活から一瞬で休部危機に陥った。マネージャーは3人残ったが、走る人がいなさすぎて困る、ってことで私に白羽の矢が立った。最初は驚いたけど、よく考えたら私は女子で足はかなり速い方だったので納得して競技として陸上を始めた。やってみると私にはやはり才能があり、すぐ記録が伸びた。もともとマネージャーの中でも記録測定の精度がすごいといわれていて、一瞬に集中するのが得意だから短距離はすごく向いていた。そして陸上を続けながらやっていたスーパーのバイトで、ついにそれを生かす機会が訪れた。万引きだ。怪しい動きをしていた犯人に私が気付くと、それを察したようで万引き犯はすぐ逃げていった。そうはさせない、と私も奴を追って店から飛び出し、追いかけた。その途中で、私はランナーズハイに入った。つまり、頭では犯人が次どこに行くかを考えながら、走ること自体は無意識だった。結局、店から900メートルのところで捕まえた。犯人は足に自信があったようで、特に女に追いつかれたことに非常に驚いている様子だったが、こっちとしては「なめてもらっちゃ困る」って感じだった。その後陸上選手として順調にキャリアを積み、今ここに立っている。犯人と追いかけっこをして以来、私は自分より前にいる選手を犯人に見立てて追いかけるように意識している。それと同時に周りも無意識に認識しているため、記録計、風やこちらを熱心に眺めるお爺さんなども感じている。特に風から次の一歩の大体の位置をつかみながら、私は真ん前の背中を見つめた。必ず、追いついてやる。
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