魔法へと至る道標、水の都への道

 かつて。


 竜へと至る魔法を身に宿し、孵化させた妖精がいた。

 世界に。にその名を刻んだ妖精はカサンドラという。

 誉れ高き名だが同時に、あまりに強大な効果から禁忌指定を受けた恐ろしき忌み名。


 とはいえ幸いなことに、率先して竜へと至る魔法を唱える妖精などいない。唱えては、己が悲願を達成など出来ない。


 それは――命を対価に発動する魔法なのだから。


 カサンドラが魔法へと至った日。とある王国が滅びたという。


・・・


「とある王国?」

「今は亡き国さ。キミが転がり込んだ森を西に進み、海沿いに南へ行くと見る事が出来る」


 長く降り続く雨の中。

 雨宿りに丁度良い木の幹に背中を預け、マトとアトリは二人揃って雨粒を眺めた。 


 足元には地面に埋まった秘された石碑。石碑はぼんやりと魔力の光を帯びている。


「ここ数十年は寄る事も無かった。そのうち見に行くのも悪くない」

「秘された石碑があるかも、ってこと?」

「今の『輝きの杖』であれば。この石碑を見つけたようにある程度の場所は分かるかもしれない」

「……何年かかるやら」

「秘された石碑と輝きの杖を接続する度に、石碑同士の繋がりが僅かだが強くなるのを感じる。もしかしたら、十年もかからずに私たちの旅は終わるかもしれないよ」

「なるほど。あっという間に終わりそうだ」


 マトは自称数百年生きるアトリの時間感覚を真に受けないように頷いた。


大国カエリストの領土内に入り数日。このまま二週間も東へ進めば『水の都』へ辿り着く。アトリが輝きの杖を手に入れる前に見つけた秘された石碑。その幾つかの場所が彼女の持つ地図に記されており、水の都にも秘された石碑がある。


「魔法って、俺でも使えるのかな」

「この賢者アトリの弟子なのだから、二つや三つは最低でも覚えてもらいたいところだが。こればっかりは才能、いや運命次第、かな」

「そっか」


 マトは右手をボンヤリ眺めながら不規則に落ちる雨粒の音に耳を傾けた。断続的に続いていた雨音が途切れ始める。


「大抵の人間に魔法への適性などない。魔法の真似事の魔術が関の山だ。それでもね、マト。あの光景を見たキミが、それでもと望むのなら。私は師匠としてキミを導くよ。……もっとも、顔面蒼白で竜から逃げ出した私では頼りないだろうがね」


 アトリは自嘲を表情に貼りつけている。


 ――分厚い灰色の雲から光が差し始める、長く降り続いていた雨が止んだ。


「さあ、行こうか。旅は始まったばかりだ」


 東へ進む。


 無力感を掻き消す手段など、先へ進むしかないのだから。


・・・


 妖精はみな、その身に固有の魔法を宿している。魔法の卵を宿している。


 見事その魔法を育て上げ、孵化させる事ができれば。その名は碑文に刻まれる。人の本能が繁栄繁殖にあるとするならば、妖精の本懐は魔法へ至る事だ。


 人が通った形跡の無い草原を進みながら、アトリは妖精と魔法の話をマトに伝えた。


「なら。妖精はどうやって増えるんだ」


 アトリの話からすれば、妖精は繁殖に対して興味が無さそうだった。


「妖精はきままな生き物だが、唯一の上位存在として『女王』が居る。彼女がその命を終えた時、世界に種子が撒かれ、小妖精が現れる。リィオンの花と似たようなものさ」


 茅場はタンポポを思い出す。この世界は名前こそ違えど、元の世界と似たような動植物も見かける事があり、青白く光るリィオンの花はタンポポと似通った部分も多い。


「妖精は常に己が身を満たす魔法力を欲している。だから人に力を貸す妖精もいる。大地から得られる魔法力は他の妖精との奪い合いだが、個人から向けられる魔法力は自分だけのものだ。人と妖精はある種の共存関係を築ける。だがその目的は違う。理解出来ない。だからやがてすれ違うのは火を見るより明らかだ。きっと心から分かり合うためには――けほっ」


 アトリは途中で言葉を引っ込めると、肩をすくめて笑う。


「やれやれ。喉が渇いたな。キミが現れるまで百年は使う機会の無かった器官だ。ほら、少し休憩にしよう」



 水の都が、近づいて来た。

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