竜へと至る魔法


「おお。なんかゲームの世界だ」

「ゲェムとは……?」


 疑問符を浮かべるアトリをしり目にマトは目を輝かせながらゲールの城下町を眺めた。


 石畳の街並み。

日の暮れた町は建物の間に吊るされた魔法鉱石が放つ暖色で照らされている。小国といえど城下町という事だけあり、人々の会話があちこちから聞こえてくる。治安も良いらしく、二人は屋台に目移りしながらまずは宿屋を探し始める。


「路銀は少しばかり心もとないか。少しばかり滞在して、それなりに稼ぐとしよう」


 アトリは大国カエリストに保証された硬貨を数えながら露店で売られているアクセサリーを物色しはじめ、そんな師匠の背中をマトは引っ張り軌道修正を図る。


「路銀かぁ。俺もいつまでもご馳走になるのは嫌だけど、師匠。俺でも稼げたりするんです?」

「そこは協力といこうじゃないか。少女の姿の私だけでは探しにくい仕事も、若いとはいえそれなりの年齢のキミがいれば受けられるかもしれない。目立つのは好かないが先立つものが無いと仕方がない。宿屋を見つけた後は、この城下町のお悩み相談でも探してみようじゃないか」

「りょーかい」

「それにキミの服も新調しなくては。いつまでもその学生服という訳にもいくまい。生地は上等だが、旅仕様としては物足りない。ポケットを増やして貰うなり補強するなりしないとね」


 マトはミトの町で買い与えられたローブを身に纏ってはいたが、その服は学ランのまま。三年間は問題なく使える上質な生地とはいえこの異世界での冒険生活ではいささか心もとない。


「そこのお二人っ、夕飯はお決まりですかっ、ふかふかのベッドもありますよっ」


 並んで歩く二人に少女の明るい声がかかる。

 赤みがかった髪に愛想の良い笑顔を浮かべた少女がエプロンドレスを揺らし手を振っている。


「おお、看板娘って感じかな。どうします、師匠」

「何を感心してるんだ。だが、良い雰囲気の宿屋じゃないか」


 アトリは少女の後ろの建物を見つつ頷いた。


「それではお嬢さん、綺麗な部屋を一つと温かい食事、それに割りの良い仕事を紹介してもらおうじゃないか」


 すると少女はパァと表情を明るくし、


「おとーさーん、お客さんーっ」


 元気よく二人を宿屋の中へ案内すると、宿屋の主人らしい恰幅の良い男の前まで案内した。

 男は松葉杖をついており、どうやら最近怪我をした父親に変わって娘が宿屋を切り盛りしているのだという。


「久しぶりのベッド、いや、その前に風呂……」


 アトリは埃っぽいローブをパンパンとはたき、クンクンと匂いを嗅いだ。


「加えて洗濯も必要だな……」


 そうして二人は数日にわたり、宿屋の少女に甲斐甲斐しく世話を焼かれながらゲールの街での暮らしを楽しんだ。


 普段は人里に長く滞在しないアトリも、未だ旅に慣れないマトにとってもゲールでの日々は久方ぶりの文化的な生活で。

 その数日はマトの記憶に深く刻まれるのだった。




・・・




 ――きっかけは。なんだっただろう。


マトは土砂降りの雨の中小さな少女を抱えながら走り、ゲールの城下町から逃げ出す。


「おい……、マトっ!」


 先行する賢者アトリから鋭い声が飛ぶ。その余裕の無い表情は何日も共に行動をしたマトでさえ見た事のないもので、状況の余裕の無さを端的に表していた。


「ソレを捨てろ!」


 走る二人の背後ではを発動した何者かが暴れまわり、その衝撃の余波が街を蹂躙している。


 赤い巨竜はまるで町を覆うかのような巨大な翼を振るい、業火を纏い、目的も分からぬ災害となり美しかったゲールを焼いていく。


 雨ではとても抑えきれない炎。衛兵では抑えきれぬ残酷な暴力。


 前触れもなく突然崩れた宿屋の中。

 竜を認識した瞬間から顔面蒼白となったアトリは即座に離脱を宣言し、マトは考える間もなく走り出した。ぼんやりとしていては、あっという間にガレキの下敷きとなり、あの宿屋の親父さんのように潰れてしまうのだから。


 経験もした事の無い恐怖を思い出す。とにかく、今は走らないと――。


「マト! 聞こえないのか!」


悲痛な顔を浮かべるアトリの叫びにハッとしたマトは先ほどから彼女が叫んでいた事

『ソレ』について思考を巡らせる。


『ソレを捨てろ!』


 ソレって、なんだ?


自分が何か余計なを持っているのかと確認するがそんなものは何処にも無く――。


「死体を抱いて、キミまで死ぬつもりか!」


 身体に電撃が流れたかのような錯覚。マトの足が止まる。


「あぁ」


 抱きかかえていた少女の名前はサエラ。

 城下町で世話になった宿屋の子供。


見慣れないマトを恐れる訳でもなく、好奇心旺盛に城下町の楽しい場所や、美味しい料理を教えてくれた子供。

 小さな魔鉱石のお守りをくれて、代わりにあげた折り鶴を嬉しそうに受け取った子供。

 水の都のお姫様に捧げる花を、楽しそうに集めてた子供。


 降り注ぐガレキから、マトを押しのけて庇った小さな――――。


 サエラは額から血を流し、豊かだった血色は失せてしまった。


「ま、まだ。まだ……まだ死んじゃ」


 雨に濡れた身体。走って上がった体温。冷たく重いサエラの身体。


「はぁ。はぁ。はぁ」


 捨てる。


 その判断は受け入れがたく。せめて丁寧に弔わねば――。

 マトは自分が生きていた世界の礼節をこの状況でも捨て去ることなど出来なかった。


「……確か。キミの世界の埋葬方法は火葬だったな」

「待ってくれ」

「見ればわかる。即死だよ」


 アトリの杖が強く輝く。


「待ってくれ!」


。その焔で以て、童女に穏やかな眠りを与えたまえ」


 マトの腕の中で発火するサエラは既に取り返しのつかない状況なのだと理解は出来た。


 離別の紫焔が少女を弔う。


 そう。理解は、出来た。


「なにをしている。放さなければキミも焼け死ぬぞ。私の魔法制御も完全ではない」


 マトはサエラの亡骸を手放せなかった。


 竜の暴れる轟音も、降りしきる雨の音も。焼ける腕の痛みも。焼ける肉の臭いも。


「ごめん、ごめん」

「……マト。キミが今生きているのは誰のお陰だ」

「…………」


 マトは震える腕を心で押さえつけ、燃え続けるカエラを抱き続け、近くの木の幹に預ける。


「――世話になったね。サエラ。白き花の魔法ミレイナ、せめてもの手向けだ」


 サエラの周りに白い花が広がり。


「シキテよ」


 アトリの祈りと共に紫の炎は瞬間的に蒼白く勢いを増すと木々に燃え移る事さえ許さず、サエラを消し炭にした。


「……なんで、こんな」


 茅場はそのサエラだったものに触れ、焼ける様な熱も気にせず握りしめる。

 この日を、二度と忘れぬように。


 ――後に、妖精戦争のきっかけと言われたその日。


 茅場マトは、賢者アトリの『夢』の成就を見届けると心に誓った。

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