異世界アドミニアとパテパテ

 アドミニアという世界。

 文化水準で言えば、ファンタジーでありがちな中世ヨーロッパよりはいくらか進んだ程度だろう。


 少なくともマトが訪れたサリア地方のミトという町は非常に清潔で華やかな場所だった。少なくとも中世の世界のように町中に馬のフンが落ちているという事は無い。

 

 魔法が、この世界を支えているのだ。


「なるほどね。キミの世界と比べると発展の枝葉が違うらしい。産業革命と言ったね。それに近しい事はこの世界でも起こったが、規模で言えば産業の発展、くらいのものだ。とても革命とは言えないほどだ。それは何故か。我が弟子であればそれくらい答えてみたまえ」


 アトリとマトは出店で買ったパテパテと呼ばれる食べ物、いわゆるホットドッグに似た軽食を片手に木陰で昼食を取っていた。


「魔法の有無、かな」


 マトは海外の屋台ってこういう味わいなのかなと思いつつの問いに答える。


「よろしい。科学的な理屈をすっ飛ばし、現象を起こす。そんな便利な魔法があるのだから理屈を求める学問が発展する土壌は無い。魔法の研究自体はあれども、魔法の大元は妖精と言う不思議な種族だ。恐らくこの世界がキミの世界ほどの科学力を得るには少なくともあと数百年はかかるだろうよ」


 アトリはパテパテを頬張りながら、長いセリフをよどみなく喋る。

 頭の回転が速いのだなと思うマトではあったが、日がな一日この調子なのだから当初彼女から感じた神秘性や近寄りがたさはすっかりと消え失せてしまった。


 数百年の単独行動で積み重ねた思考を誰かに話したくて仕方がないのかもしれない。


「――だからね。この世界は駄目なんだ。今と言う黄金の時代を逃しては、お互いを滅ぼし合う終末の時代が訪れてしまう。愚かだよ、人も妖精も」


 流浪の賢者アトリの目的は明確だ。


 秘された石碑を巡り、この世界を滅びの運命から救う。

 人も妖精も嫌う彼女がなぜそのような事を目論むのかは、この時のマトには知る由も無かった。


・・・


 妖精。


 その存在はマトも知っている。手のひらほどの大きさに蝶々のような翅を持つ、おとぎ話の生き物。


 けれど。どうやらこの世界アドミニアにおいては現実の生き物だという。


 大きさは様々で、手のひらほどの大きさであれば『小妖精』


 人ほどの大きさであれば『妖精』


 そして一際大きな力を持つ妖精を『大妖精』ひいては『女王』と呼ぶ。


「しかし不思議だね。地球。異なる世界だというのに、話を聞く限り似通った生物や名称もそれなりにあるらしい」


 アトリの『言語魔法』の恩恵により日常会話程度ならば誤魔化しのきくマトだったが、言語以上に世界同士の共通点がある事に気がついた。それは太陽や木々といった普遍的な存在だけではなく、例えば異世界転移した瞬間に出会わせた獣にも言える。


『構造』が近いのだ。


「宇宙の何処かには地球と同じ環境の星があるらしいけど。同じような星で同じように生物が生まれるなら。似たような文化や生命が育つのかもしれない」


 マトの推測にアトリが頷く。


「土壌が同じなら、育つ作物も似るか。しかし決定的に違う部分もある。どちらが幸せなのかはどうやら未だ不明だがね。願わくば美味しいパテパテと、柔らかなベッドがある世界が続いて欲しいものだ」


 新たな街へ進む中で、賢者アトリと弟子のマトの雑談は続く。


 アトリと出会えた幸運に感謝しながら、マトはこのアドミニアという世界を受け入れようとしていた。

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