ようこそ、アドミニア!

 深い森の中。


 針葉樹なのか広葉樹なのか。見慣れない雰囲気の木々の中で学生服姿の少年、茅場的は目を覚ました。


「……っ」


 自身の状況を理解するまで一分ほど。先ほどまで木々とは縁遠い新宿駅に居たというのにどういう理屈でこんな場所に来てしまったのかと言えば。現代人である茅場からすれば簡単な問題だった。


「異世界、転移」


 異世界転生であるならば赤ん坊からのやり直しのはず。だが、以前と同じ服を着て同じ身体のままなのだからつまり、異世界転移である。茅場的は、どことも知れぬ場所に転がり込んでしまったらしい。


「ああ。残念だな」


 それは心からの言葉だった。東京の大学に行ったら念願の一人暮らしが始まって、夢のキャンパスライフを送る為に受験勉強も頑張ったというのに。


 茅場は苦笑する。


 ――目の前には見た事も無い獣が三匹。

 虎やライオンを思わせる造形の、白毛の獣。

 震える手をグッと握りしめ茅場は喉を鳴らす。

 本当に、無念だ。

 田舎道で大きな熊を見かけた時のような、人ではとても対処できない捕食者に対する根源的な恐怖。捕食対象であるという自覚が、茅場にこれまでの人生を想起させた。

 あまりにも短い走馬灯が明ければ、逃げる事も叶わない食事の時間が訪れる。


 だが。


 鋭い爪に切り裂かれる事も。

 獰猛な牙で貫かれる事も。

 ズタボロに食い散らかされる決定的な瞬間は不思議と訪れない。


 伏せていた目を上げれば、獣たちは依然としてジッとこちらを見ている。自分を警戒、しているにしては様子がおかしい。


 そもそも、どこを見ているんだ。


 茅場は獣の視線を追い、恐怖と共に振り返る。

 恐竜映画であるような、ラプトルを警戒していたらティラノサウルスが現れたみたいなシチュエーションかもしれないじゃないか。


「――、―――――。ククク。――。――――」


 コツンと、杖らしきものが茅場の肩に触れる。


 認識できない言葉と笑い声。ローブをまとった少女は地面に杖を突きさすと。突風と衝撃が指向性を持って獣へ殺到し、先頭にいた獣が弾き飛ばされる。


 茅場でもわかるほどの殺気が獣から放たれたのも一瞬。吹き飛ばされた獣は起き上がると同時に吠え、ソレを合図に獣は森の中へと消えて行った。


「レーダ。クロエア、クロアエ。ウェド……」


 少女の青い瞳が不思議そうに茅場を見つめ、納得がいったように頷くと。光を帯びた杖を掲げ、何事か呟くとそっと茅場の頭に触れた。


「さて。この程度出来なくてはとても魔法とは言えないが。どうだろう。私の言葉を認識できるかな」


 それが。


 茅場的と流浪の賢者アトリの出会いであった。

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