第46話 来訪者

圓明楓が頭痛で起きる少し前。


「うそ、でしょ?」


「残念ながら、現実かな」


目の前の光景が信じられない極楽桃花。しかし、無慈悲に現実を突きつけるウリエルと名乗った何か。ウリエルと名乗った何かも、金剛と同じで純粋な生物の精気とは少し違う。


「そろそろお遊びは終わりにしない? ウリエル、飽きちゃったんだけど」


「そうだな、そろそろ戦うか」


今までのは遊びだったかのような発言だが、極楽は反応しない。座ってる姿勢を崩せなかった時点で遊びと思われても当然だろう。


「さて、トウカ」


立ち上がりながら言う金剛。


「これから戦ってやる・・・・・。正直あまり戦闘を楽しむのは好きではないんだが」

一度言葉を切る。


「っ!!」

ナイフを構えなおし、油断なく金剛を見る極楽。一気にまとう雰囲気が変わる金剛。


「簡単に死ぬなよ? 慣れさせろ、この力」


次の瞬間、二の腕あたりで切断される。極楽の右腕が。

だが、極楽もやられっぱなしではない。


「『未だ来ぬ未来を知るインク・オグ・ニータ』」

腕の治療を試みる極楽。しかし、腕はつながりはするが、動かない。動かないなら、ないほうがいい。切断された部位の治療には、多量の血が必要。


無数にある30分後の未来の可能性から、適当に5つ選んで結果を見る。切られた右腕が元に戻っている未来はない。


「『治癒治療ク・ラ・ティオ』」

治療。切れた腕から血と骨髄は回収する。回収するといっても、傷口から入るわけではないので、大地と空の子供達インペルフェクツの力で空中で球体にして集め、飲む。


そして。

「皮膚『培養』、被膜形成、『縫合』」

傷口を覆う赤黒い球体はすぐに消え、切断面に皮膚があり、完治した腕が現れる。

『医療』の無翼原理アーラレビス。これが、極楽をヒーラーにしている原因。


確認直後、極楽の首が落ちる。

「っ!!」

確認せずに、直ぐにしゃがむ極楽。慣性で残った髪の毛が少なくない量切り落とされる。すぐに動く極楽。一瞬前までいた場所に鋭い亀裂が深々と入った。


「ちっ、3回が限度か」

亀裂を埋めるように現れる、純白の翼。


「透明化は切り札にすべき、とウリエルは言ったはず。なんで使ったわけ?」


「相手は神童だ。殺すなら一手目まで、と言われるほど状況判断に長けてるやつだ。初手で決めに行くのが基本だ」


「決められてないけど?」


「本当は殺したかったが、しょうがないさ。俺の調整にもちょうどいいしな」

序盤はことごとく俺の攻撃をあしらってくれるだろうよ、と楽しげに言う金剛。


「やれやれ……リスキーなのは嫌いじゃないよ、ウリエルは。最大の目的は、一応達成しているし」

首を振りながら言うウリエル。その間に、金剛は羽を手元に戻す。切っ先はもちろん、極楽。


「……………んて、余裕じゃん?」


「「っ!」」


驚愕する金剛とウリエル。会話していたとしても、目を離してはいない。目だけでなく、気配も感じていた。しかし、いきなり懐に入られた。失った右腕の代わりか尻尾で鞘に入った長めのナイフを持ち、左手を添えている、居合の姿で。


「『メス』」

居合が奔る。金剛の目では追えない。


ギィン、という金属を切り裂き損ねたような音が。

「そりゃ余裕だぜ。俺の防御を破れない時点でな」


顔をゆがめる前に、翼が貫いた、極楽の胴体を。


「―――っ、ぐぅ……」


「ま、防御の翼をある程度切り裂いたのは褒めてやるよ」


翼を引き抜く。少なくない血が流れ、生気のない目をした極楽は前のめりに倒れる。

「あっけない。本当に強かったのか、ウリエル疑問」


「翼の力は強力すぎる。使ってみてわかった。『神童』と呼ばれ、防御特化の無翼原理アーラレビスをもった極楽でさえ、簡単に貫ける。こんなのがゴロゴロいるのか」


「ウリエルみたいにここまで力をもった人たちは基本的にいない。ウリエルより強かったガブリエルや、ミカエル、ラファエルの始まりの天使を除いては」


「それが救いか。あまりに敵が強いと、立ち上がるためのハードルが大きく上がる」


「ともあれ、まずは圓明楓ターゲットを捕まえないと意味ないよ?」


「わかってるって。『神童』を殺したんだ。俺も、圓明楓ターゲット捜索に加わる」


「それ、させるとでも思った?」


「「は?」」


真後ろから声がした。そこには、無傷の極楽がいる。すでに、ナイフは繰り出されていた。


「『メス』」

金剛の左わき腹から右胸にかけで斜めにナイフが奔る。深く入り込んだが、骨で止まらず簡単に切断。だが……


「……手ごたえがなさすぎる」


「驚いたぜ」

切断面から赤黒い液体が流れている金剛が口を開く。

「まさか、ガードが間に合わないとはなぁ、ウリエル?」


「ウリエル言ったはずだよ? 翼は強いけど、万能じゃないって」


「わかってるさ。それに、さすがに片手間で殺せるわけでもないな」


会話の間に吹き荒れるざんげきの嵐を余裕で捌く極楽。


「なめすぎじゃない?」


「確かに、その通りだったな……」


サクッ


「余生は楽しめたか?」


「え……?」


背中から羽をはやしたのは、極楽。翼ではなく、大きく長い羽が4枚。


「心臓、肝臓、鳩尾、そして首。どれも急所だ。だが、それでも死なないかもしれないな」


極楽の胴体を貫く、堕天使の翼。


「っ…………」


すでに絶命寸前で、声が出ない極楽。


「声は上げないか。さすがだな……っと、聞こえないな」


動かなくなった極楽を見つめる金剛。そして一瞬、にらみつける。

すると、極楽の体に亀裂が走り、小さなダイス状になって地面へ崩れ落ちる。


「ここまでばらばらなら、さすがに復活はしないだろう」


血の海に人間だったサイコロステーキ肉が沈んでいく。


「ウリエルもそう思うけど……確実にするなら分子レベルで切断するべきだったんじゃない?」


「それをするにはまだ技量が足りない。変なことをしてイレギュラーが起きてからは遅い」


「自分を過大評価せず、できないことはできないと言える、そういう人、ウリエルの好みかな」

無謀なことをしないから、と付け加えるウリエル。そこには、悲しげな雰囲気をはらんでいたが、気付かないふりをする金剛。


「さて、じゃあ今度こそ圓明の捜索を本格的に始めるか」


その声にこたえないウリエル。


「どうした? ウリエル?」


「本当に、嫌、になる……」


一本の線が奔る。体を二分するように。それは、ウリエルの身体と。

すべてを切断していた堕天使の翼の核である、金属光沢をもつ球体に。


「なめてるにもほどがある」


切断された堕天使の翼の核の半分を持つ、極楽が言い放つ。いつの間にか、金剛とウリエルの後ろに出現していた。左腕がない以外、傷一つない体で。

持っている半球を左腕の切断面に当てると、溶けるように半球は消える。


「起きろ、楓!」


叫ぶ極楽。その声を聴き、顔をゆがめる金剛。


「トウカ、お前まさか最初からこれを狙って?」


一瞬呆けた後、あははは、と声をあげて笑う極楽。

「そんなこと聴く? 今まさに? あはは、面白いね、焦った時の金剛は」


「っ……馬鹿にしているのか?」


「動揺しといて凄んでも無駄だっての。笑わせないで」


くくくく、あははは、と笑い続ける極楽。怒りで顔が赤くなる金剛。


我慢できず、一歩を踏み出した金剛の肩に手を置くのはウリエルだった。

「おち、つけ……それより、直すから、動か、ないで」

動けなくなる、という言葉を聞いて動きを止める金剛。


「2回目でつけた傷が、ふさがっていく……」


小さくつぶやく極楽。それはまるで、事実を確認するかのように。


「ウリエルは、ここまで、だよ。あとは……頼んだ、よ」


半身はすでに崩れ、土くれに帰っている。そして、かろうじて残っていた、いや、あえて残していたウリエルの半身が砕けていく。


「『金属』の翼が、癒着してるだけましだけど、無茶しない、こと……いいね…」


「……わかった。目的を達し次第、そちらへ引く。身体の準備を頼む」


「…………」

薄く笑い、完全に砕けるウリエルだった土。


「どういう手品を使ったか、教えてもらいたいところだが……今はどうでもいい。死体もきれいさっぱりないっていうことは、俺は残像を殺していたわけだ」

吐き捨てるように言う金剛。それに応えない極楽。


「NAR〇TOのパクリみたいなことしてさぞ満足だろう? 『神童』さんよ」


「そうとしか見えないのなら、うちには勝てない」


「強がるな」

そういうと同時に、頭の右側に角が生える金剛。

「以前の俺とは違うぜ? かかって来いよ」


「ウリエルと手を組み、肉体を改造したからと言って、うちに勝てると? 笑わせてくれるねっ!」


消える極楽。抜き足で攻撃の直前まで消える、


「悲報。見えている」


金剛の拳が高速移動中の極楽の腹を正確にとらえる。


「っ!?」


そのままの勢いでがれきに突っ込む……ことはなかった。何とか空中で勢いを殺す極楽。


「その判断は間違いだ」

今度は顔面をとらえられ、地面に叩きつけられる極楽。


「ぐうっ……」


「最後に殴られたのはいつか覚えているか? 俺は覚えている。お前はどうなんだ? 『神童』、極楽さんよ?」

足元に転がる極楽を蹴り飛ばす。


「っ……」

蹴り飛ばされた―――体3つ分以上打ち上げられた―――が、何とか足から着地する極楽。


そして、ひざを折る。視えたところで、対処できなければ当たる。


それでも、金剛から目は離していなかった。


「あれ? かなりきれいに入った気がしたんだけど、死んでないね?」


「疑問。何故殴った鬼が理解していない? 移動中の身体強化の強度は上がる」


「……そうだっけ?」


「肯定」

金剛の口が動き、声が聞こえる。声は金剛のものであるが……


「誰だ、お前は……?」

ついつぶやいてしまう極楽。

口調ではなく、雰囲気ががらりと変わっていた。


「答える必要、ある?」


「鬼を肯定」

突進してくる金剛の体のはずの何か。


肉弾戦を仕掛けてくる。両腕は金属でおおわれている。ただし、金剛の身体強化の特殊能力の肉体操作メタモルフォーゼは無いよう。


2回殴られ蹴られている。まともに受ければ防御特化の身体強化でも砕かれかねないので、受け流すようにして捌いていく。そして、視ることによって徐々に劣勢から均衡ほどまで押していった。


「『メス』」


「ぎゃ!」

金属ごと腕を切り裂く極楽のナイフ。切断はできなかったが骨までは切断できたようで、一度金剛が引いた。


肉体操作ですぐに腕をくっつけてくる。数秒だが、その間にアドバンテージを稼ぐため、視る極楽。そこに映ったのは。

「………っ!?」

動揺し、後ろを振り向きかける極楽。それを見逃すような金剛やつはここにはいない。


次の瞬間、極楽は消える。移動方向は、振り向きかけた後方。


「逃がすかぁ!」

すぐに、金剛が叫び、これまた消える。抜き足の効果ではなく、純粋に速度で消えた。


スピードそのままに、極楽のどてっぱらに文字通り体当たりする金剛。ろくに対処できない極楽は、そのまま腕をつかまれ、地面に向かって思い切り投げられる。


大地と空の子供達インペルフェクツの能力を発動する余裕はなく、地下施設の天井をぶち破り、分厚いコンクリートに激突する。


「…………ぁあ!?」


一瞬意識が飛んでいた極楽。それもすぐに、後ろに飛びのいた。だが、


「稚拙。遅すぎる」


目の前に飛んでくる金剛のアッパー。残った腕で受けてもおられ、天井を突き抜けて再び地上へ打ち上げられた。


何とか意識をつなぎ、次の行動を起こそうとする。

「固定、簡易ゆ……、いや」

未だ来ぬ未来この後の展開視てしり、打ち上げられる間に骨を治そうとしていたのを中断する。


少し遅れて飛んでくる影。


「ちぎれると思ったけどうまく利用されちゃったか」


「驚愕。『神童』の名は伊達ではないか」


「でも対処が早かったっ!?」


極楽の後を追うようにジャンプした金剛の頭部がはじけ飛ぶ。一瞬遅れて聞こえたのは銃声。

大地と空の子供達インペルフェクツの力で素早く着地する極楽。


「ああ、そういうことですか」


「助かったけど、なんでここに来たの!?」


「行くべきと、そう感じたからです。そしてそれは正解でしたね。あれほどひどかった頭痛がぴたりとやみました。やっぱり、あなたに会うことが必要だったみたいです、桃花さん」


着地地点のすぐ目の前。アンチマテリアルライフルを担ぎ、言葉遣いが変わっている圓明楓が特に何の感情もなく淡々と言葉を吐いていた。

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