第44話 別動隊?①

爆発音が聞こえた。


「お、始まったねなら私もそろそろ、本格的に始めなきゃ」


ゲルのような水の塊を引き連れた石手金香は真ん中が空洞になっている、漫画やアニメでよく見る白い剣を抜き、ゲル状の水を切りつける。するとコップ1杯分ほどの水が地面にこぼれる。これをある一定の間隔で行う。


石手は一度自身の水の無翼原理アーラレビスで操られた水を通して、その水がある周辺を見聞きし監視することができる。同時に、こぼした水を壁や地面に潜らせ、周辺の建物内も監視、捜索している。


ちなみに、この高度な制御技術や水を介した監視などはほとんど知られていない。水を操る無翼原理アーラレビスをもつものは割と多いが、同じようなことができるのはほかにいないだろう。


「ほんとは足止めをしたかったけど、金剛は捜索下手だし私のほうが向いてるししょうがないか」


ここまで高度な水の無翼原理アーラレビスをもっているので、『神童』と名高い極楽桃花とは戦ってみたかった石手。しかし、今回の作戦は非常に重要であり、組織を裏切っているため失敗すれば3iの次元での居場所を失うこととなる。


……一応、金剛紅葉は失敗した場合でも大丈夫なように用意はしているが、それで緩まれると困るため誰にも知らせていない。


「んー、いないな……」


水をこぼしながら、真剣に水を起点に圓明楓を探す石手。息は上がっていないが、監視に集中しているため自分自身周辺の確認が甘くなっていた。


だからこそ、先手を取られてしまう。

「っ!!」

それでも、とっさに反応し、迫っていた刃を剣ではじく石手。


「さすがに無理なの」


はじいた刃―――刀の持ち主が口を開く。独特、とまではいかないがかわいい系の語尾と、日が落ちたというのに存在を主張する金髪で、人物の特定は容易であった。


「薬王真百合……」


「へぇ、僕のこと知ってるなんて意外なのね、石手金香さん?」

そう言いながら、刀を鞘にしまって腰に差す薬王。


それと同時に、警戒を緩める石手。

「狙った?」


「まさかなの」


すぐさま否定する薬王。


「まさか自分がいつも練習してる広めの裏路地に、まさか剣を振りながら走ってくる、それも別組織の人が走ってくる……なんて、ひどい偶然もあったものなの」


「そうね、その」


「と、1週間前なら行ってたの――――――『炎剣」


「通……り?」


薬王の背中から炎が吹きあがったと思うと、手のひらに吹き上がった炎が集まり、剣の形となる。

「―――レーヴァテイン』」

剣を振ると、剣が消える代わりに先ほどとは比べ物にならない炎が爆発的に発生し、石手の視界を埋め尽くす。


「っ!?」

バシュゥウゥゥ と、水が蒸発する音が聞こえる。蒸気が発する水の中いる、石手。


脊髄反射でバックステップ。水の中に入り、難を逃れた。

水蒸気が晴れる。地面を含め、薬王の周りに大量の炎が。


「まさか……」


「そのまさか、なの」

水から出てきた石手に言う薬王。

「辞めたの、組織」


その言葉が、合図だった。今までおいてきた水から意識を切る石手。だらだら時間稼ぎをしつつ探すより、一気に片付けるほうが早いという判断。


ゲル状の水の塊の一部がちぎれ、そこからコンクリートを余裕で抉る水の弾丸が打ち出される。

多少炎の壁があるが、問題はない。白い炎ならまだしも、ガスバーナーのような青い炎でもなく赤い炎。その程度の温度では、石手の水の弾丸は蒸発しない。

思惑通り、水の弾丸は薬王の体に届く。目で追えていないのか、口を少し動かしてはいたがよける素振りすらない。ただ、目は石手をしっかりとらえている。


次の瞬間には、薬王の目から光が消える。頭はスイカのように砕け散る―――はず

だった。


水の弾丸は確かに当たった。しかし、音もなく弾丸は止められたのか、薬王の体を濡らすだけ。そして、次の瞬間には薬王が消えていた。


「? どこにっ……?」


気づけば、石手の目の前に薬王が。大きく振りかぶった拳がすでに打ち出されている。本来なら、大きく振りかぶった拳など余裕でよけられるが、それは振りかぶり始めから動作を見ている時だけだ。


石手は薬王の拳を剣で受ける。そして止めるのではなく、受け流すように剣を構えていたが。


バキィッ! と骨の砕ける音がする。剣はへし折れ、石手の左肩にクリーンヒットする拳。身体強化の無翼原理アーラレビスは当然使用していたとはいえ、左肩から先がちぎれとんでいないのがせめてもの救いだった。

そして、状況は何も解決していない。間髪入れず、2発目の拳が石手の急所を狙う。


「っふっ!」


それを残った剣で受けると、そのまま後ろに飛ばされる。


ドポン、と水の中に入る。薬王はさらに追撃を仕掛けてきたが、剣すら叩き折る拳は水に阻まれ、石手には届かない。


そして、不用意に近づいた相手を逃がすほど石手は甘くない。すぐに引いた薬王だが、水が拳を覆っていた。その水は触手のような水で石手の入っている水とつながっており、また無数の水の触手が薬王をとらえようと多数迫る。

しかし、薬王に焦りの色は見えない。その理由を石手はすぐに理解することとなる。


不意に、操っていた水の触手が崩れる。


「えっ?」


水の無翼原理アーラレビスによる肩の治療を同時並行で行っているため、最初はキャパオーバーによるものかと疑う。しかし、キャパオーバーしたときに必ず起こる背中の痛みと倦怠感がない。


集中し、追加の触手を伸ばしても、薬王とある一定の距離になるとそれ以降伸ばした触手の制御ができない。


「なるほど、こういうこともできるのね」


言葉を発したのは薬王。そして、石手はそれを見た。

背中から噴き出しているものが、炎のほかにもう一つ増えていることを。


「……嘘だ」

石手は見えたものを、現実を信じたくなかった。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!」


水の中で、何度も目をこすり、頬を殴りつけても、目の前の現実は変わってくれなかった。


「何故現実逃避しているかわからないの……でも、あの人からはこういえばいいと言われたの」


無数の『不』の文字が噴き出す―――まるで物〇シリーズのアニメのように漢字が噴き出している―――奇妙な堕天使の翼をもつ薬王は、続けてこう言った。


「『君たちの目論見が達成されることはありません。不可能です』」


「っ……ふざけるな!」


引き連れてきた水の9割を、一度に薬王へ放つ石手。


「まずいの」


水に飲み込まれていく薬王。それを見届けず、石手は大きく距離を取る。

いや、逃亡を開始した。


残った1割の水で体を覆い、高速移動を開始。いくら『不』の翼をもっていようとも、石手に、

「私に追いつくことなんて」



「できない、とでも思ったの?」


「!!」

馬鹿な! と叫ぶ石手。行く手を阻む方向から、現れたのは薬王。右手には、小ぶりな炎の騎士剣。


「大丈夫なの」

剣の切っ先を石手に向け、口を開く薬王。

「うちがどれだけ本気でやっても、あなたは死なないの―――炎剣・ファフニール」


「なにを、言って……!!」


悪寒が走る。自ら、水から抜け出す石手。炎の剣から放たれた熱線は、抜け出した水を一瞬で蒸発、いや、爆発させた。あまりの熱量なのか、湯気が出ない。


「(だが、じきに湯気になる。液体になれば、操れる)」

そう思案する石手。それが、次の一手を見失わせたとも気づかずに。


「―――炎剣・レーヴァテイン」


「えっ?」


薬王の頭がはぜた。最初、そう錯覚する石手。実際は炎剣が薬王の頭上で爆発しただけ。


しかし、それだけで周囲は異様な熱気に包まれた。爆炎は円形に広がり、さながらゲームの火炎系ボスのステージのようだ。ゲームと違い、ステージを囲む爆炎は物理的に人の出入りを拒む。


「さて、これで水蒸気は湯気になることはないの」


「……そうね」


暑いを通り越し、熱いと感じるほどの温度。涼しい顔をしている薬王。このままでは、意識を失うのも時間の問題だ。


「待っててあげるの。だから、本気出さなきゃなの。本気出さないなら」

両手に炎が集まり、二振りの剣となった。

「本気出さないなら、殺すの。―――『炎剣・アイダ・ウェド』」

右手の剣は赤く、左手の剣は青い。そして、左手の剣を投げつける薬王。縦に高速回転しており、青を通り越して白い円盤が飛んできているようだ。


確実に殺す気の一撃。首と心臓を通るように投げつけたのもそれを裏付けるだろう。

剣を生成してすぐ投げつけたこと、剣の時点で投げる使い方を頭から外していたことで反応が一拍遅れる石手。何とか転がるようにして回避した。白い円盤は、あらぬ方向に飛んで行った。軌道上の個体を蒸発させながら。


そして、石手に向かって走り出している薬王。


「でも、遅いよ」


回避したときにできた擦り傷から血があふれ出す。その血は蒸発するどころか赤い個体となり、先ほどおられた剣と同じ形に。

「血の記憶。それは、すべての傷の記録」


そう言いながら無造作に血の剣をふるう石手。


血の斬撃が薬王へ飛んでいった。

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