第42話 6月12日 夢魔と堕天使①
「頼む、やめてくれ……」
圓明楓のつぶやきを聞く極楽桃花。
「こんなに楓を思ってて、かつかわいいうちとセックスするのが嫌なの? 贅沢者め」
圓明が嫌がる理由はそこではないのだが、それに気づかない極楽である。しかし、そんな不満もすぐに吹き飛ぶ。
何故なら、大きな爆発音がしたからだ。楓が嫌な予感がすると言っていた右斜め前方から。
時間帯のせいで煙は遠方にかすかに見える程度だが、暗がりでも見えることからかなり大きな爆発だったと容易に予想する極楽。
「ちっ、楓を昏倒させたのは失敗だった……」
背負うのは別に問題はないが、銃が邪魔だと感じる極楽。リュックサックタイプではなく肩掛けタイプのホルダーに入れているため、圓明が持っていないとどうもおさまりが悪い。どうしても地面と平行の向きになってしまう、狙撃銃。
「これじゃ一番近い隠れ家は使えない……となると」
つぶやくとすぐに来た道を戻る。5分ほど走り、ボロボロの空き家に入る。かぎはかかっておらず、家の中の柱は朽ちかけで、いつ壊れてもおかしくなさそうだ。
そして床は、木の根がそのまま床になったように凸凹している。その床を、わざと強く踏み鳴らす極楽。床が抜け、そのまま落ちる。
自由落下中に、指を鳴らす極楽。すると、木の根がまるで動いているかのように伸び始め、最終的には穴をふさいでしまう。
その部屋のベッドに圓明を寝かせ、かつ布団までかける極楽。銃は枕元に。
そして夢魔に完全変化する極楽。太い尻尾は服を突き破るが、ズボンがズボンとして機能しているので特に気にしない。
「パス形成、接続開始」
圓明の額に手を当てる極楽。しばらくそのまま。
「パス接続完了。テスト……テスト成功」
圓明から手を離すと、そのまま部屋の外に出る。自動ドアが閉まると、ドアに手を当てる。
「音声パスワード。沈下開始」
すると、ゆっくりとドアが……いや、部屋自身が下へ降りてゆく。そして、降下が終わると新たなドアが目の前に。
その部屋はまた同じような部屋だが、ベッドがなく、その代わりか壁を覆いつくすほど大量のナイフ。
投擲用の短いナイフが大量に入った上着を羽織る。当然防刃仕様。3桁に届くナイフが入っているのでかなりの重さになるが、
上着だけを指定し、地面と空の重力を均等にすれば、見かけの重さゼロとなる。
そして、ナイフというには長い、かといって小太刀とも言えない微妙なサイズのナイフを4本、上着の後ろに不自然に開いている穴に通す。するとナイフの鞘はぴったり収まる。
「あとは……」
ぽつんとある丸いテーブル。その上には大きなガラスの灰皿と、5ミリのアメリカンスピリット、そして月に浮かぶ蝶がデザインされたジッポ。
アメスピを1本手に取り、葉が詰まっている部分をもんでから口にくわえ、火をつける。大きくは吸わず、葉巻のように肺に入れずにふかす。
半分ほど灰になったところで灰皿へ。タバコがおれないように火を消し、タバコを灰皿のくぼみに。
今度は室内からドアに触れる。今度は声なしでドアが一瞬光り、上昇。上昇が終わり、部屋からでて、大地と空の子供達(インペルフェクツ)の力で上へ高速移動。そのまま穴の出口をふさいでいる蓋をぶち抜き、外に出る。そのままの勢いで上昇し、先ほど入ったぼろ屋がすでに小さい。
「煙の発生源はやっぱり明るいか……」
サキュバスの
「煙の発生源の中に、一人……いる? でもこの感じは……?」
精気であって精気でない、と感じる極楽。人であって人でない、異質な精気。それでいて、感じたことがあるような精気。
「まさか……!?」
「遅かったな。待ちくたびれたぜ」
そこにいたのは、金剛紅葉。大きな穴は、地下から爆発したようで金属の屋根がめくれあがっている。そこは、金剛や極楽の所属する組織のアジト。
「懸念はあった。でも、局長が抑えているから大丈夫だとも思ってた。過ごした時間も長かったし」
「ああ、そうだな。覚えてるぜ、初めてお前……『神童』と模擬戦したとき、殺されかけたことを」
「そう、ね。よく覚えてるよ、今は特に」
「あれから、俺は強くなると誓った。
その機会はついぞなかったが、となんとも落ち着いた雰囲気で言う金剛。
「そうなんだ。うちも後悔してるよ、あの模擬戦は。……なんであの時、殺しておかなかったんだろうって」
長めのナイフを両手に持つ極楽。
「じゃあ、あの日の続きだ。今度は立場は逆だがな」
立ち上がる金剛。その背中には、一対の純白の堕天使の翼が浮かんでいる。
まるで、悪魔と天使が対峙しているようだった。
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