第38話 6月11日 武器調達

「あ~、なんでよぉ~」


困り声が聞こえる。声の主は桃花。


「どうした? 何か問題でも?」


「楓、君がそれ言う? 怒るよ!?」


「そんなこと言われてもな……」

はははと笑いながら頬をかく俺。


「せっかく超強力な攻撃力があるのに、刀も剣も覚えられないってどういうことなの!?」


「しょうがないだろ!? なぜかできないんだから!」


そう、桃花と〇ックスという名の治療? を受けた次の日から、俺は剣と刀の指導を受けていた。どうやら猫又の身体強化の強いところは、相手の身体強化の防御をほとんど打ち消すほどの強力な攻撃力上昇らしい。


身体強化の無翼原理アーラレビスは非常に強力で、特殊な事情がない限り東京スカイツリーからエアーバンジージャンプをしても傷一つなく地面に激突するくらいの防御力が手に入れられるようだ。防御特化の桃花は大気圏突入すら可能らしい。攻撃特化かつ肉体の強度上昇が低めの圓明楓おれも、東京スカイツリーからのエアーバンジーは両足骨折で切り抜けることができる。切り抜けているとは言えない気もするが。

ということは、いくら無翼原理アーラレビスで強化してもパンチが効かないような気がするが、現実はそうはならない。


身体強度の上り幅が低い俺でもスカイツリーからの自由落下で命は失わない。よって、防御特化でもない限り防御力の変化はほぼ誤差といえるだろう。同じような身体強度から放たれる普通でない威力の打撃を食らえば、無傷でいられるはずがない。


ということになっているらしい。


さらに武器を使うことで、ただでさえ高い攻撃力を線や点に集中させることができる。点と線、どちらも対応できかつ武器としてわかりやすいのがナイフや刀などの刃物だ。


というわけで、刃物は身体強化の無翼原理前提の戦闘では最適解。最適解ではあるが……


「使えないんじゃ話にならない……はぁ、しょうがない、蹴りを中心にした格闘はできるし、サブウェポンで銃とするかな」


残念ながら、俺には刃物を扱う才能が一切なかった。センスすらない。


「近距離ならぶち抜ける?」


「多分ハンドガンじゃ無理だと思う。それこそアンチマテリアルライフルでもなければ」


銃があまり普及していない3iの次元。使わない理由は銃という遠距離武器が身体強化の無翼原理の防御を突破できないからだ。理由は簡単で、銃は身体強化の恩恵が受けられない。そりゃ火薬で発射するのだから当然か。ただし、3次元で暗殺、とかになるとやはり有能なので、扱う人は一定数いるらしい。


「ただ、あんまりいないのは事実ね。接近戦が致命的に苦手とか、無翼原理や堕天使の翼の力が接近戦に向かないとかでなければそもそも必要ない」


結局のところ、直接戦闘が苦手な人が使う武器になっているようだ。


「正直、ハンドガンはほとんど意味ないのは事実ね。楓は防御的な空間のすり抜けは任意にできるようになったけど、攻撃はまだまだ意図的にできてないから」


「うっ、練習してはいるんだけどうまくいかないんだよなぁ」


「銃だししょうがないのはあるよ。たまに乗るだけでも脅威なのは事実だし」

さてと、と前置きする桃花。そして、俺の胸の上に手を置く。


「うん、模擬戦後だけど大丈夫ね。治療は完了と言っていい。ただ、今日はもう寝てね?」


「え? 飯は食ったけどまだ寝るには……!?」

視界が揺れた。次の瞬間、強烈な眠気が。


「薬……!? にしては、効きが、遅、い……!?」


「薬なんて盛ってないよ? 忘れた? 夢魔の無翼原理は精気を操る。眠らせるなんて、簡単だよ、巡りをゆっくりにすればいいだけだから」


抗えない眠気。寝るのであれば、ベッドにもたれかかって床で寝るのは避けたい。


「ぁぁあ~~~」

何とかベッドに横になれた。


「じゃ、お休み。これから銃をいくつか仕入れてくるよ。当然、スナイパーライフル以上の、ね」


その言葉を聞いて、俺の意識は落ちた。




目が覚める。

「……!?」

意識が急激に覚醒する。


しかしどこかを触られている違和感が。と、いうことは。


「桃花……何してる?」


布団の下半分が人ひとりはいれるくらい膨らんでいる。


「あ、起きちゃった? ちょっと待って、もう少しで出るはずだから」


そういうなりへそをぐりぐりされる。痛くはない。痛くはないが……


「気持ちいいものじゃないな」


「当然じゃん。これで快感感じるなんてただの変態だよ?」


「性癖は人それぞれなんだから、全否定するようなことは言うな。消されるぞ?」


「消される? 何それ、隠語?」


「事実だ。体験談でもあるな」


「……何があったのよ?」


「知りたいか?」


「え……? すぐ言わないってことはまじでヤバイの? こわっ」


言わなくていいということだな。ほじくり返されると墓穴を掘るのでこのあたりでいいだろう。

そう思っているとへそぐりぐりタイムが終わる。


「おっけー! これで完全に完治したよ」

ふーっ、と息を吐く桃花。


「はぁ~、ちょっとでもうちに魅力感じてくれたらここまでじゃなかったのに……」


「はぁ、すみません?」


「処女までささげたのに何も感じてないでしょ今も」

深層意識では、と付け加えられる。


俺は1回、深く深く深呼吸をする。


「申し訳ないですが、その通りです」


「うっ、わかってたとはいえ、面向かって言われるときつい……」


「……と、以前なら言っていたでしょう」


「へ?」


「模擬戦はいつもやってますし、死にかけの傷も時間かけて治してもらいました。夢魔の無翼原理アーラレビスがあるとはいえ、命をつなぎとめるためにしてくれた行動は感謝してもしきれないでしょう」


「意外。何も感じてないわけじゃないのね」


「僕にも感情はあります。ただ、それがほぼ伝わらないのも事実です。理由は分かりません」


「ふうん……にしても、いつもは割とわかりやすいのにね」


「男はそういうものだと聞いていますので」


「聞いている……いつもは演技、というわけね」


「演技ではないですが。ただ、厚化粧をしているだけです」


「は? 化粧?」


ま、わかりませんか。予想通り、それ以上でもそれ以下でもないですね。

僕は大きく、大きく息を吐く。


「……俺の深層意識は非常に人の神経を逆なでするものらしい。だから、わざと厚化粧をして感情を大きく見せるようにしているんだ」


「なるほどね。心の化粧か……それにしても、上手だね」


「慣れれば簡単だからな。これがほんとの自分だと暗示を……いや、思い込めば」


「ふうん」


怪しまれたか?


「大丈夫、そんな怖い顔しないでよ。人には1つや2つ、探られたくないものがあることぐらい、わかってる」

さてと、と俺とベッドから降りる。


「本題に入ろう。とりあえず、狙撃銃をいくつか入手してきた……といっても2つだけどね」


2丁の銃が置かれているのが見えた。床にだが。


「一つはヘカートII。ボルトアクションタイプの対物ライフル。なぜか塗装されているのしかなくて、真っ黒」


手前の銃がヘカートIIだ。これは見たことがある。


「かなり有名な銃だね。アニメのキャラが使ってたんだっけ?」


「確かそのはず。……まぁ、生まれるより前のアニメだからよくわからん」

だよねー、と同意の声を上げて続ける桃花。


「2本目、奥の銃がバレットM82A3。こっちはショートリコイル。こっちも真っ黒だね」


「どちらも旧NATO弾を使うタイプか」


「そう、だから入手性は非常に良好。これ以外にもあったんだけど、行きつけの武器屋の在庫とか、修理の可否、弾の入手性とかを加味するとこの2本しかなかったんだよね」

で、どっちがいい? と目を見ていってくる桃花。俺は目をそらし、少し考えてから口を開く。


「利き目を考えると、どちらでも行けそうなバレットのほうがいいが……ヘカートにしたい」


「利き目……もしかして左目? でもいつも髪の毛に隠してるじゃん」


「それは、これが理由」

そういって、前髪を手で持ち左目を見せる俺。


「えっ、赤い……それに、虹彩は?」


「瞳孔は開いたまま、閉じることがない。だから虹彩がないように見えるんだが、この目はなぜか怖がられるし、光の調節もしないから眩しくてしょうがない。だからわざと前髪で隠していたんだ」


なるほどね、と納得する桃花。


「視力はどれくらい?」


「さぁ? いつもはコンタクトか眼鏡で矯正してたけど無翼原理を手に入れてから必要なくなったからな」


別に視力が上がったわけではなく、猫又と空間の無翼原理のおかげで必要なくなったというのが正しいが。


「じゃ、1以上かな。じゃあ、左利き用に作り直してもらうか……」


「行くとき連れて行ってくれないか? さすがに調整なしは不安が残る」


「おっけー。ていうか、最初からそのつもりだったよ。今から」


「助かる……」

ん? 今から?

「今から行くのか?」


「当たり前じゃん、日が昇ってる間に行くよ」


「……今何時?」


「今は……11時半だね。昼の」


夕方からぶっとおしで寝てたのか。


「まだ夜中かと思ってたわ……」


「じゃ、さっさと着替えてよね。あと5分以内に行くから」


「……わかった、わかりました。だけど、」


「何? 今から行くのに文句でもあるの?」

イラっとした顔で言う桃花。文句はないが、そうじゃない。


「外出る用の服、用意してくれない? ここに来た時来てた高校の制服でもいいからさ」


「なんで? 服もらってるでしょう? まさか使い捨てにしてるの? 服だって手に入れるのかなり大変なんだけど!?」

怒気を強める桃花。その反応に、俺はため息をつく。


「何よ? 喧嘩なら買うよ、楓!」


「はぁ……昨日までの模擬戦とか、搾り取る前に抵抗したとき、パーカー以外の衣服を一体どれくらい破いたか、覚えてないのか?」


「……あっ!」

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