第37話 6月2日 とある一室

あるホテルの一室。シャワールームから音がする。といっても水を流している音ではなく、衣擦れのものだ。


「ふう……お待たせしてしまったかしら?」


体のラインを隠す、ゆったりとしたワンピースを着た女性がシャワールームから出てくる。


「いや、こちらが早く来すぎてしまっただけだ。それよりも」


背中に2つのスリットの入ったスーツを着た男性はコーヒーカップを置くと、立ち上がり深く頭を下げる。


「圓明紫殿、申し訳ありませんでした」


「やめてください、ラファエル隊長。第零軍を借りながら、使わなかったのは私のほうなのですから」


「しかし、依頼を達成できなかったのは事実ですので」


「事実はそうでしょう。……ですが、ここにいるということは」


「その通りです圓明殿。この依頼、まだ終わってはいません」


頭を上げるラファエル。椅子に座るよう、促す圓明。圓明はコーヒーを淹れ、椅子に座って一口飲んでから切り出す。


「では、まずは経緯を説明していただけるかしら?」


「結論から言いましょう」


「まってくださる? 口調、直してくれないかしら」


「……わかった。正直助かる」

ぬるいコーヒーをすするラファエル。


「さて、続きだが、結論としては、崩れた圓明楓の体は本物ではなかった、ということだ」


「やはり。予想通りです。頭髪は残っても、骨が残らないのが不思議でした」


「骨まで溶けるとなると、翼を使っても短時間では起こりえないからな」


「それで? 偽物の楓を送り付けた不届き物は成敗しましたが、偽物はだれが作ったか、わかりまして?」


ラファエルはコーヒーを一口。少し息を吐いてから、続ける。


「それが、わからなかった」


「……第零軍は戦闘狂ばかりが集まっているのは知っていますが、他の隊に分析を投げなかったと?」


「いや、液体になった以上、私が分析した。その結果、翼の反応は一切なかった」

体から離れた翼も含めてな、とラファエルは吐き捨てるように付け加えた。


「となると……無翼原理アーラレビスということで?」


「そうだ。あんな翼のまがい物のような技を、まだ使っている奴がいるとは」


「確かに、体に負担がかかるものではありますが……私はどちらかといえば肯定派ですけど」


「身体強化は確かに有用だが、他が使いにくすぎる。雷や炎を発現して、何人の子供が大やけどを負ったことか」


「それでも、です。翼を手に入れるまでのつなぎとしては有用ですし」


「そうではあるが。話を戻そう。楓さんの体を作り、動かした人物は分からなかった。ただ、どこにいるかはわかっている」


「3iの次元、ですね」


疑問形でなく、普通に言う紫。それに頷くラファエル。


「しかし、3iの次元とは不可侵条約を結んでいるのでは?」


「その通り。しかし、きちんと申請をし、管理者の許可が出れば可能だ」


「……ということは」


ラファエルは頷いてから続ける。

「ああ、許可が出た。ミカエルが取り次いでくれてな」


「ミカエル様が!? それはそれは……」

驚く紫。


「当然、第零軍とあなたの許可が出ている。細かい日時は今後の交渉次第だが、おそらく2週間以内になるだろう」


「了解しました。しかし、やみくもに探すのはとても難しいのではなくて?」

コーヒーをすする紫。


「それなら心配ない。なぜなら、ミカエルがすでに接触している」


「あ、そうなのですか?」


「これは、言っていいか。何せ、圓明楓の動く偽物も繰り届けたやつが、ミカエルだったからな」


「……はい?」


「大丈夫だ、あなたの部下が両断したあれは偽物だ。ミカエルは今、局長と呼ばれ、3iの次元の3大勢力の1つをまとめ上げている」

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