第34話 5月17日 side 金剛 その②

「四天使、だと!?」

驚愕するのは金剛。


「ま、びっくりするのもわかるよ。三天使、が一般的だからね」

さも当然のように答えるのはウリエル。


『驚愕』

『ウリエルって、殺されたんじゃ?』

「ああ、そうだ。死人の名前を使う、ふざけた野郎なのか、それとも」


「死人、というのは否定はできないかな。死んだのは事実だし」


「じゃあなんで目の前にいる!? 死んでいないだろう!」


「あ、それはね?」

そう言うと、腕の色が肌の色から土色になったかと思うと、崩れてただの土くれとなる。


「……それがどうした? ゴーレムで話しかけるというのがそちらの礼儀か?」


「無知は罪なり」


「……なんだと」


「無知は罪なり、と言ったの。ま、今回は知恵じゃなく、知識。無様極まり、負けが込むのも無理はない。草をはやす価値すらない」


「言わせておけば!」

『許可。怒りを禁じえない』

『思いっきりやっちゃえ!』

青筋を浮かべ、突っ込む金剛。肉体変化で能力だけでなく物理的にも大幅にエネルギーを上げ、爆発音にも近い音を上げていた。頭には2本の角が生えている。

誰も止められないとは言わないが、少なくとも土でできたゴーレムでは止められるはずがない左の拳を。


「怒りに任せて攻撃、ね……」


「なっ、馬鹿な……」


再生して間もない、土色の腕で、止めるウリエル。


「期待はずれかどうかはまだ微妙だけど、失望はした、かな」


「くっ」


一度距離を取り、もう一度飛びつこうとする金剛。しかし。


「もう突撃チャージはさせない」


壁に触るウリエル。それとほぼ同時に路地を形成するビルからコンクリート色の腕が無数に伸び、金剛を拘束する。ガシャン、とガラスの砕けるような音が聞こえる。どうやら凍結された右腕が砕けたようだ。もともと感覚がないため、金剛が痛みを感じることはなかった。

さながら顔以外灰色の糸でからめとられた感じである。糸というにはコンクリート色の腕は太いが。


『警告』

『力が、でない……!?』


自動行動と鬼が状況を報告してくる。金剛も、肉体変化が使えず、かつ力の増幅もせず、拘束から脱せない。


「な、何をした!?」


「本当に知識がないね。それとも単に戦闘経験が圧倒的に足りないだけなのか、は分からないけど。種は明かしてあげるよ、これは、ウリエルの無翼原理アーラレビスだよ」

身体強化のね、と付け加えるウリエル。


無翼原理アーラレビス、だと!? 最強と言われる『非』『不』『未』『無』の力でも、他人の無翼原理アーラレビスの発動は制限されないはずだ! さらに生身ではないのは明らかだ!」


「確かにそうだね。でも金剛君、ウリエルは別に無翼原理アーラレビスの発動を抑えているわけじゃないんだよ。現に、自動行動と鬼の意識は消えていないでしょう?」


「た、確かにそうだが、何故それを……?」


「当然、協力してもらおうと思った人物のことは一通り調べるよ。割と簡単だったけどね、隠してなかったようだし」

さてと、と言って手をたたくウリエル。


「本題に戻ろうか。確かにウリエルの体は今は土でできてるけど、ゴーレムじゃなくて本物。それを信じてくれるには、どうすればいいかな?」


「少なくとも、死人の名前をかたるやつの言動を信じることは決してない」

きっぱり言い切る金剛。天使が無翼原理アーラレビスを使うなんて聞いたこともない、とさらに語気を強め言う。


「ん、そういうと思ったよ。だから、金剛君と仮契約を結ぼうと思うんだ」


「仮契約?」


「そう、魂と魂のね。あ、言っとくけど拒否権はないよ」


パチン、と指を鳴らすウリエル。直後、金剛は頭に強い衝撃を感じた。


「がっ!? な、何を、した……!?」


「仮契約だよ。ウリエルは慣れてるから大丈夫だけど、仮契約したら互いの半生が強制的に見せられる。気絶しても、夢としてね」

だから、落ちていいよ、というウリエル。その言葉にあらがおうとするが、頭を切開して脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるかのような激しい頭痛に、金剛は間もなく意識を手放す。


それを確認すると、ウリエルは右目だけを閉じる。


「よし。起きるのは4分50秒後。」


ウリエルは壁に触り、金剛の拘束を解いていく。


「きて。創造の翼。」


ウリエルの背中に一つの金属光沢をもつ球体が出現する。それは、虹色に輝いている。


「色は黒。」


黒い翼が噴き出すように現れる。その瞬間、路地裏が消える。


「空間創造完了。寝台作成。完了。」


寝台に金剛をのせ、一度完全に解いた拘束を再度施す。といっても全身をがちがちに固めるものではなく、動きを止める程度だ。


「さてまずは、腕の再生。止血はされている。砕けた腕は、使えない。なら、造るしかない。」


「拒否。その必要はない」


「!?」


金剛が言葉を発した。ウリエルは驚きで右目を開ける。


「声は同じ……誰なの……? いや、待って」

再び右目を閉じるウリエル。

「なるほど、『自動行動』、だね」


右目を閉じたまま、ウリエルは言う。


「肯定。当機能は金剛紅葉の無翼原理アーラレビスの一つ。名は先ほど言ったもの」


「金剛、いや、紅葉本人は出てこれない?」


「否定。当機能は機能であるが、紅葉本人であることには変わりない。ただし、貴殿の求める金剛紅葉でないことは確かだ」


「OKOK、了解したよ。それで? ウリエルの求める紅葉はちゃんと夢を見てるの?」


「肯定。当機能を含め、夢を見ている。当機能は意識があるため、頭の中に映像が流れているように感じるが、貴殿が求める紅葉……いや、主人格の紅葉と『鬼』は追体験をしている」


それを聞いて、ほっとするウリエル。


「それはよかったよ。ウリエルの記憶の追体験、2回目以降だとほぼ確実に廃人になっちゃうから……」

ふぅ、と息を吐くウリエル。


「それで、腕はどうすればいい? さすがに五体不満足だと本契約はしたくないんだけど。記録しちゃうから」


「回答する。単純に、造り物では拒絶反応で治ることがない」


「む、使えないね」


「本来なら腕1本なら生やしている。が、諸事情でその余裕がない」


「諸事情とは?」


「単に、栄養不足だ。腕を作るための物質がまるで足りていない。……そろそろ主人格が起きるようだ。骨付き生肉を必ず要求するから、できればこたえてほしい」


そういうと、金剛、いや、『自動行動』は目を閉じる。そのあとすぐ、また眼を開く。その眼には先ほどまでの瞳孔がないものではなく、ちゃんと普通の目が確認される。


「おはよう。紅葉って呼んでもいいかな?」

苗字は呪いとしては弱いから、と続けるウリエル。


「……なんでもいい」


弱弱しく金剛は答える。


「で? ウリエルの半生を見た感想は?」

ウリエルは創造した椅子に座りながら訪ねる。


「感想、か。特にない、というのが率直なところだな。まさか名前がないとは思わなかったが」

一度言葉を切る金剛。そして、ウリエルの目を見て続ける。

「あんたの後ろに何もないこと、そして目的が俺と同じこともわかった」


「じゃあ……!」


「契約を了承しよう。あんた、いや、ウリエル様の能力は、おおむね把握できたしな」


「OK、じゃあ今すぐ、とは言いたいんだけど、腕は直してくれないかな? 契約時の肉体の形を記録するから」

あと様つけるのはやめて、というウリエル。


「今すぐは無理だ。純粋に栄養が足りない。骨付き肉、生でいいからくれないか?」


「このご時世、肉なんて早々買えるものじゃないよ?」


「は?」

間抜けな声をあげる金剛。


「え? あっ! ここ地上だった……」

買ってくるよ、と付け加えるウリエル。


「え? いやいや、その必要はないが……」


「ん? なんで?」


「話がかみ合ってないというか、堕天使の翼の力。寝台ができている以上、有機物も作れるんじゃないか?」


「え? うん、そうだよ?」


「その力で骨付き肉か、適当な骨と肉を作ってくれればそれでいいのだが」


「……あっ!」

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