第33話 6月3日 リハビリ③

「とった」


勝利を確信した極楽は、ひそかにつぶやいた。

「一回目外したのは想定内だけど、ナイフが回転するのは想定外だった……」


本来なら上下から絶妙に当たらない間隔で飛ばしていたが、圓明楓が銃で軌道をずらしたり回転させたりした結果、交差するときに盛大にクラッシュしてしまった。止まったナイフは自由落下もあってなかったが、ずいぶんと減速してしまった。

本当ならば逃げても今当たろうとしている2回目で確実に仕留められたはずだが、予定外に減速したのでナイフを投げることで空間にとどまらせることに成功した。


「最も、1回目から逃げるときに痛みで周りから意識が外れていなかったら普通に撃ち落とされたと思うけどね」


もし圓明が大地と空の子供達インペルフェクツの能力で止まっていれば、まだ対処できたかもしれないが今となってはもう遅い。そもそも、圓明は大地と空の子供達インペルフェクツでの移動は熟練度が足りないため、とっさの行動では使わないことも織り込んでナイフを投げたが。


「刃は潰してあるといっても、首に当たったら出血しかねないし、気絶させたら止めよう……!?」


目の前の現象に、極楽は目を疑う。ナイフは確かに圓明をターゲットし、確実に当たるようにコントロールしていた。


しかし、肝心のそのナイフが圓明の体をすり抜けているのだ。当然、ナイフにそんな仕掛けは無く、極楽の無翼原理アーラレビスに圓明のような物体透過の力はない。


「!? なるほど、空間の無翼原理アーラレビスの真の力はこれなんだね!」

空間の無翼原理アーラレビスはあまり確認はされていないが、複数人確認されており、彼、彼女らは瞬間転移や距離無視など、強力な力をもっている。それに比べて圓明の無翼原理アーラレビスは弱いと思っていたが、それを補って余りある力をもっていた、と極楽は理解した。

だが、その一瞬の油断を見逃さなかったのかは定かではないが、ナイフがすべてすり抜けた後、圓明の姿を極楽は見失う。


「えっ、どこっ……!? がっ!?」


次の瞬間、極楽はがら空きの脇腹に強い衝撃を受け、さらには吹き飛ばされる。あばらが数本折れる音もした。

飛ばされながら確認すれば、回し蹴りを振りぬき、天井から地面にゆっくりと落ちていく圓明が確認できた。天井に不自然なヒビも確認できる。


大地と空の子供達インペルフェクツで移動し、止まるのは大地と空の子供達インペルフェクツではなく物理的に止まったのかな……それに、まさか猫又の無翼原理アーラレビスにあそこまでの威力があるなんて。油断した。『治癒治療ク・ラ・ティオ』」


今回はけられた脇腹全体を覆うように赤黒い膜が出現する。部分的にぴっちりスーツを着ている感じだ。これで少なくとも、折れたあばら骨が内臓に刺さることはなくなった。


そして、服を突き破り、背中から翼が、腰より少し下からは黒く、そして割と太く、長い尻尾が出現した。

柱に足から着地すると、極楽はすぐに柱をけって圓明のほうへ向かう。


「有効打っ……」

叫ぶ極楽。その声に特に驚かず、落下スピードを上げ、素早く着地し臨戦態勢をとる圓明。極楽は大地と空の子供達インペルフェクツの力で方向を微調整し、圓明へ向かう。そして、ナイフを捨てる。


極楽の拳と圓明の右足のブーツがぶつかり合う。しかし、ぶつかり合った音は発生しなかった。しかし、ふらついた。


圓明が。


「っ……!? くっ!」


極楽を弾き飛ばす圓明。極楽は何事もなかったかのように着地し、ダッシュで圓明へ肉薄を図る。何も考えていないようなまっすぐな走りであり、一般人でも逃げられそうだが、圓明の足はふらつき、その場から動けていない。尻尾の銃が落ちて鈍い音を立てた。


すぐにホルダーの銃を抜く圓明。だが、うまく持てなかったのか銃を落とす。その隙に極楽は大地と空の子供達インペルフェクツの力で移動。天井を経由し、ちょうど圓明の後ろに移動する。大きな2等辺三角形を描く感じに。


移動し終わる直前に両手で銃を向けてくる圓明。未来視の無翼原理アーラレビスがあるとしても対応力は目を見張るものがある。しかしながら、わかっているなら対処は容易であり、止まると同時に銃を尻尾で弾き飛ばす。大地と空の子供達インペルフェクツでの重心移動はしていないが、よろける圓明。


「隙あり!」


極楽は尻尾をまきつけて圓明を捕まえる。捕縛する必要はない。捕縛でなくとも、圓明は逃げられないほど疲弊している。


「ふふふ……やっぱりかわいいねぇ、ネコミミの楓はっ!」


しばらく圓明を眺め、目を合わせた後、尻尾の巻き付けをほどいて自由にする。圓明はすでにふらふら立っているのがやっとであり、頭痛がするのか頭を左手で抑えている。


そんな状態の圓明に、極楽は手でハートマークを作ると腕を伸ばして向ける。

「堕ちろっ! 『夢魔の投げキッスオキュラム・サーキュルス』!」


次の瞬間、圓明は文字通り吹っ飛び、コンクリートの柱に受け身も取れず激突する。運がいいのか悪いのか、両足で地面に着地したが血を吐き、バシャッと血を吐いた前へそのまま倒れた。


「……えっ……はっ、やっ、やばい!早くしないと楓死んじゃう!」


一瞬で圓明の隣に現れる極楽。


「『治癒治療ク・ラ・ティオ』!」


すぐに圓明は全身に赤黒いライダースーツを着ているような格好になる。


「だめ、これじゃ一時しのぎにしかならない……」


考える極楽。血液型は同じとか、嫌がられたら心折れるとか、でも生命の危機だから可能だしとかぶつぶつ言った後、吹っ切れたように頭をぶんぶん横に振った後、圓明を抱えて訓練場から出ていく極楽。


その後、すれ違った組織の仲間に事情を話し、ある部屋に案内される。

そこには大きなベッドとガラス張りのシャワールームがあるだけの小さな部屋。


圓明をベッドに寝かせると、極楽は羽と尻尾があるのに普通に服を脱ぎ、全裸になる。石手以上に発育のいい体は一見美しいが、ほとんどふさがってはいるがまだ赤い腹に空いた銃撃の跡や大きな内出血など、痛々しい傷や傷跡が残っている。

そして、赤黒いライダースーツを解き、圓明の服も脱がせ、圓明の体にまたがる。


「まじでヤバイ、急がないと……」


圓明の男性器は多量の血液を集めている。死の直前、子孫を残そうとするためこのようになっているのだろう。それだけ、死に向かっているということだが。


「夢魔の処女をあげるんだから、責任取ってよね……!」


処女をささげることになったのは完全に極楽のせいだろ、という言葉はない。


「夢でやった通りに、こうして、腰を下ろして……いっ!?」


血が出る。それでも、最後まで入れる。


「後は……」

パチンと指を鳴らし、人差し指を夢魔化の影響で鋭く長くなっている犬歯で傷をつけ、血を出す。


そして、圓明に円を基調にした模様を描く。文字などは書かないがいわゆる魔方陣に見える。


「これでいい。これで巡る……」


模様が淡く光りだす。極楽はそれを確認すると、圓明の唇を奪った。

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