第32話 6月3日 リハビリ②
耳と2本のしっぽがとらえた。素粒子の振動を。
実際には空気が揺れているのだろう。そして、わかる。一定の周期で同じ振動を繰り返し、かつ前に進んでいるのが……俺の方向に向かって。スタートの合図は7秒前にあった……気がする。正直、まだ素粒子の揺れで音声はまだ判断できない。声かそれ以外の違いは分かるが。
「―――――――――――――――――」
空気を揺らしていた物体……いや、人物が目の前で止まる。手には空気を裂くような鋭利なもの。かといって紙のように均一な薄さはない。
容赦のない速さで迫るナイフを、あえてあたりに行くように前に出てよけ、撃つ。当たっても有効打にはならないが、顎にうまく当たれば脳が揺れる。
牽制でさらに2発。
大きく後退する極楽。正直、至近距離で音速の2倍以上の銃弾を紙一重でよけるとか……当たらないとわかっていても銃をメインウェポンとしている以上だいぶへこむ。
大きく後退すると同時に移動する俺。極楽の抜き足効果こそないが、高速移動はできるようになっている。あまり使いたくないが、使わないと実践ではまず使えない。
柱の後ろに移動し、銃弾を止める極楽。その数秒で空間の
「…………!」
おぼろげな、まるで水中の中にいるような感覚を覚える猫又の
そして、素粒子の動きもさらに感じやすくなる。素粒子といっても粒子の粒が無数に見えているのではなく、空気と同じく波としてとらえている。目を開き、そのまま波を見ているような錯覚を覚える。
「いや、違う」
向かってくる極楽から放たれたナイフを把握しながら、いや、耳と尻尾で視ながら確認するようにつぶやく。
実際に、見えている。耳と尻尾で、色彩のない空間をはっきりと視認している。今まで錯覚と思えた感覚は、それが普通ではないから、違和感を覚え、錯覚としていただけだ。
「おぉ……」
思わず感嘆のため息が。
空気を弾丸が切り裂いていく。その様子が手に取るように視えた後、遅れて音が聞こえる。銃声だ。
思った通り、空気よりも素粒子のほうが伝達が早い。まるで、空気中にいるのに音が水中の速度で伝わるように感じられる。空気中なのに、水中でもあるような感覚。これも錯覚を感じていた1つの要因だろうか。
大きく息を吸い、大きく吐く。これからは、命を取らないが真剣勝負。……負けたら死にかねない。精力的な意味で。
気持ちを切り替え、銃弾を撃った方向に走り出す。すぐに目の前に現れる極楽。しかし、
現れると同時に振るわれた今までの投擲用ナイフよりふと回り大きいナイフと、金属を編み込んだ特別性戦闘用ブーツが交差する。
『空気の
極楽の声が聞き取れる。少しぼやけた感じではあるが。
「後で修理しますよ」
足を振りぬき、激しい金属音を立てて極楽のナイフをはじく。しかし、すぐさま次の攻撃を仕掛ける極楽。まるで剣で打ち合っているような音がしばらく続く。どちらも目にもとまらぬ速さのナイフさばきと脚さばきだが、決め手に欠けている感じだ。
と、外野から見ている連中はそう思っているのだろう。実は
もう一つは万有引力操作。結局、重力とは超強力な万有引力だ。地球を覆うような重力はその一つでしかない。万有引力操作であれば地球本来の重力を0にすることも、新たにできた地球を覆う重力を0にすることもできる。ただし、万有引力は文字通り万物が持つ力。よって、その時の状況や周りの物体の配置などで微調整が必要なため、見かけの体重を0にするのは少し難しい。
重力変更は能力の調節が容易で事故も少ないのが利点。万有引力操作は重力以外の万有引力を操作できるので、上下だけでなく横にも作用させることができるのが利点。
俺と極楽はどちらも万有引力操作タイプの
そして、この力は自分以外にも他人にも作用させることができる。特に、
しかし、条件は対象に触れていること。服や、武器でも作用する。つまり、武器が交差しただけでも作用させることができる。かといって、ぶつけ合うだけではいきなり見かけの体重を0にしたり、いきなり横への引力を強め、吹っ飛ばすようなことはできない。せいぜいが、重心をずらす程度。
だが、重心のずれは近接戦闘を行う上で致命的だ。より高度であれば高度であるほど、少しの感覚の狂いやずれはそのまま命に直結する。しかし、
実力が拮抗していなければ、特に問題にならない。が、拮抗しているならそれ相応の対策が必要だ。
極楽の場合、xyz軸方向にプラス側とマイナス側、計6つの方向に強力な引力を発生させ、体そのものを物理的に固定しているらしい。これだと、重心が大きくずれてもバランスを崩すことはないらしい。さすがは『神童』といったところか。僕にはできない。
なので、僕の場合は
空間を操る力と聞くと、転移などの派手な力を想像するものだが、幸か不幸か俺にはそんな力はなく、空間把握の上昇と、座標の指定、固定。あとはなぜか障害物をすり抜ける弾丸を放てる程度。
そのうちの、固定の力を使う。種を明かせば、重心を空間に固定するだけだ。ただし、固定したままだと自分も動けないので、武器が触れ合う時だけ使用する。
『それ、やめたほうがいいよ、楓』
「……」
その声にこたえるように、左足で地面をける。空へ浮くように飛び上がる。右手の銃はホルダーへ。逆の銃は尻尾へ。
一瞬視界から極楽は消える。だが、すぐに空気を無理やり押しのけて進む波紋を耳で視る。波紋の先端に、おぼろげながら極楽の姿を確認し、重心をその場に固定する。極楽から離れるように移動していた体は空中に固定され、さらに重心を中心に前進が半回転。脚を突き出せば、ちょうど高速移動してきた極楽が勝手に当たる……はずだった。
『甘いよ』
脚に当たる寸前でいきなり直角に曲がる。そして次に瞬間には真後ろに現れる。極楽はすでにナイフを振り下ろしており背中を切りつける。予感はしたが、反応できる時間はない、ほとんど。しっぽの銃が火を噴く。
そのまま切られる。パーカーは切り裂かれなかったが、背中に鋭い痛みと熱を感じた。別の
『切られる寸前に見かけの体重を0に、かつほんの短時間だけど私から離れる方向へ引力操作……。やっぱり、戦いなれてるね。人は痛みを避けようとしがちだからこそ、隙が生まれるのに』
「……その隙が一番危ないと知ってますから」
柱を足場に地面に対して水平に降り立つ。極楽は天井に足をつけている。
「まずは1撃。両者ともに、とは思ってなかったけどね……」
少量だが血を吐く、極楽が。血は天井に落ちた後、地面へ滴り落ちている。
そして、こちらも防刃、防弾仕様の白い服の腹部に血がにじんでいる。ただし、服に穴は開いていない。
背中に手をまわし、取り出したのは溝が刻まれた弾丸。
『『治癒治療(ク・ラ・ティオ)』』
赤黒い棒が現れ、極楽の体に空いた風穴にそのまま埋まっていく。
「切られた瞬間に後ろに打ちましたけど……なんで貫通しているんでしょうか?」
『いっつつ……それはうちが聞きたいよ、楓。おそらくは予想つくけど』
「空間の
『やっぱり
「なんで不満そうなんですか?」
『……な・・・・・ね』
ぼそっとつぶやく極楽。ぼそっとつぶやく声は非常に聞き取りづらい。
「はい?」
『何でもないよーっ!』
消える極楽。身構えるが、空気の波紋は僕の方向ではなく、柱に隠れる方向に向かい、消える。
「だいぶ離れましたね……」
わかる。おそらくだが、そこに隠していたのだろう。大量の投擲用ナイフを。片手に持つナイフと比べ、全長が半分ほどのナイフが土星の輪のように極楽の周りをまわっている。ナイフは途切れず円運動をしており、軽く100本はありそうな感じがする。
『さて』
極楽のつぶやきが、やけにはっきりと視て取れた。
『けがならいくらでも直せるけど、死んじゃったら直せないから』
消えたと思えば、血を吐いた天井あたりに再び現れる極楽。
『死なないでね?』
地面から、天井から、ナイフが迫っている。ただし、空気を切り裂くような粒子の波がみられない。刃は潰しているようだ。
「弾丸のように音速は越えないようですが……」
まともに受ければ刺さることは容易に想像ができる。さらに、特に地面から飛んできているナイフは極楽が上にいるからかさらに加速している。
しまった銃を抜き、手では上からくるナイフへ、尻尾では下へ発砲し、少しでも操作が狂うことを祈りながら柱をけってナイフから逃れる。
「ぐっ……っ!?」
背中が痛む。それで、気付くのが遅れた。跳んだ方向に先回りするようにナイフが投げられていた。
そのまま進めば当たる。切り裂くような波が見えることから、刃も潰していない。
僕の猫又の
投げられたナイフは角度的に刺さる、首に。服を貫通する斬撃が乗っているとすれば、おそらく深く刺さるだろう。普通に気付いていれば撃ち落とせたが……仕方がない。僕は空間の
「ガッ……!」
いきなり止まるので、体に強い衝撃が走る。しかしそのおかげで、追加で投げられたナイフをよけることに成功する。
だがしかし、それこそが極楽の狙いだった。
『大地と空の子供達(インペルフェクツ)でよけるべきだったね、楓』
先ほどよけた上下からのナイフが、さらに速度を上げ、かつほとんどすべてのナイフが回転しながら目前に迫っていた。
上下のナイフは銃撃ではほとんど軌道を変えず、僕がさっきまでいた場所で衝突したようだ。その時の衝撃で、ナイフは重心を中心に回転してしまった。だが、極楽はそのまま
おそらく、背中を丸め、パーカーのフードをかぶり防御を固めれば即死はまずない。だが、今日の手合わせは継続できないため、夜搾り取られるのは確定だ。心はまだしも身がボロボロの状態で精力を絞り取られるとまじで死にかねない。サキュバスというか淫魔の
「――――――!」
だがここで、僕、圓明楓は予感する。悪い予感や危険な予感ではない、良い予感。迫りくるナイフをよける予感、いや、ナイフをよける未来を視る。それは、自分の体が薄くなり……いや、無数の線の集合体のようになり、ナイフが素通りするという未来。
たが、どうやってその状態になれるかがわからない。空間の
3次元空間ではなく、11次元空間なら?
「!!」
その瞬間、大量の情報が頭を駆け巡る。それは、別の、11次元空間のある、次元の情報。そして、自分の
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