第25話 交錯する思惑 side 金剛

「あぁ……たのむ、と、めて、くれ……」


「わかっているさ、金剛。平等、ターゲットを追え。お前なら追いつけるはずだ」

「はー、わかりました」


ダンッ、という地面を強くけった音が聞こえる。そこで金剛の意識は闇に落ちる。しかし、その体は倒れない。


「……竹林さん、そろそろ金剛をボコってもいいか?」


「気を抜くな、種間」

そういうと竹林は堕天使の翼を展開する。といっても、風の翼なので金属っぽい球だけ見え、翼は見えないが。


それを見て、種間はやれやれと首を横に振る。


「竹林さん、いくら何でも警戒しすぎで―――」


「よけろ! 種間!!」


「―――え


次の瞬間、種間の右腕が切り落とされた。


「ぎゃあああああ!」


「ちっ、前回よりかなり成長しているか……」


竹林は叫ぶ種間を殴って気絶させ、傷口に黒いテープを巻くと、火をつける。ボンッ、と小規模ではあるが爆発する。気絶したままなので悲鳴は上がらず、出血もだいぶ収まっている。


「連れてくるんじゃなかったか。回復役としては優秀なんだが、人を見下すせいで油断しがちだ」

竹林は吐き捨てるように言い、金剛へ向き直る。


「さて、金剛、今のお前はなんだ?」


「一体の撃破を確認。生命に異常はなし。四肢欠損は後に回復可能」


金剛の体はすでに元の体に戻っていた。種間の腕を切断した、大きく鋭い手刀ではなく、普通の人間のそれに。


「二体目の個体情報を取得。堕天使の翼、能力は風。呼称は『風の翼』と推測。記憶データにアクセス。個体名、竹林たけばやしいつきの可能性、82%以上」


「100%だ。金剛」


「当個体名を聴取。個体名竹林樹、ここに問う。当個体の邪魔をするか、否か?」


「お前はどうするんだ?」


「当個体の覚醒まであと5119秒。それまでに、当個体の完全回復と試運転、そして生命の維持が―――」

金剛が言葉を切った。


「それが私の、やるべきことだ」


「っ!」


風の壁を展開。すぐに金剛が突っ込んできた。


「完全回復は済んだ。さて、試運転と行こうか!」


頭から2本の角が生えた金剛が、見えない壁に向けてこぶしを振り上げる。

最悪だ、と竹林は思い出していた。この間、金剛と話したことを。


「もし、無翼原理アーラレビスの『自動行動』の言葉遣いが変わったら、注意してほしい。特に―――」


「角が生えたら、か」


ガラスが砕けるような音がした。感覚でわかる。壁が壊されたのだ。素手で。


「うーん、思ったより痛いな。自我を分けるのも考えものか」


物理的に潰れた拳が治っていく。


無翼原理アーラレビス発動。『意識分離』。どう思う? 『自動行動』」


「―――『鬼』からの問いを確認。回答。我々は後から分離された意識にすぎない。よって、当機能『自動行動』や『鬼』よりも、『本体』といえる金剛紅葉以上に無翼原理アーラレビスをうまく使うことはできない。痛覚遮断は当機能や『鬼』では使えない」


「なるほどな。ちょっと無茶をするのはやめようか」


「同意する。サポートは必要か?」


「聞かなくてもわかるだろう


「御意」

前に向き直る金剛。


「ま、向こうは紅葉の意識が戻るまで逃げに徹すればいいだけだ。むやみやたらに攻める必要はない、か」


「目の前に空圧の壁を確認。先の壁とは違い、破壊は困難」


「紅葉だったら全身を硬化しつつ、鬼の力と自動行動のサポートで無双できたんだろうけど」


「無双は不可能。しかし、硬化のサポートは可能」


「時間は?」


「無制限」

金剛は笑う。


「おっけ、じゃあすぐ準備して!」


「準備に5秒。4、3、2、1、硬化発動」


金剛はそのまま飛び出す。体に圧迫感は感じるが、体がつぶれることはない。


「ちいっ!」


竹林は風を操り、疑似的な真空状態を作り出せる。風の刃のように飛ばすことはできないが、防御には非常に効果的だ。真空の刃は出現後数秒は持つが空気が入り込みすぐ消える欠点があるが、逆に考えると刃の場所が常に変わるという長所にもなる。

真空の刃は竹林の周囲半径5メートルに展開される。


「注意喚起。圧力の壁は硬化で対処可能。しかし、真空状態には未対応。1秒も入れば体がはぜる」


「硬化以外のサポートは?」


「可能。ただし、硬化を解く必要あり。真空の刃のテリトリー内はすべて圧力ドームとなっており、その分かまいたちの威力も上昇している」


「ふつうはかまいたちなんて起こらないはず。実に厄介ね」


風が吹き荒れる音が響く。


「このまま後1時間と30分ぐらいか。そのまましてもらえると助かるんだがな」


「鮮明に聞こえる……翼の力?」


「その通りだ。頼む、正直、金剛、でいいのか?」


「肯定。当個体名は変わっていない」


「金剛とは戦いたくないんだ。わかってくれるか?」


角が生えた金剛は、すぐに首を横に振った。


「悪いね、私たちにはそれができない。戦わないといけないんだ」


「なぜだ? もともとは同じ一つの意識なのだろう? なら、『本体』と記憶は共有しているはずだ」


「個体名竹林樹の問いを確認。回答。個体名竹林樹の予想はすべてあっている。しかし、情報が不足している。当機能や『鬼』の機能は、上位機能、すなわち『本体』の命令には逆らえない」


「そして、命令はあらかじめセットすることができる。今回の命令はね、」


「『本体』の意識が消失時、直前に敵と認識した個体と敵対、交戦すること。ただし、殺害しないこと徹底することとする」


「そうか……当然といえば当然、か。どこまで踊ればいいのやら……」


竹林は息を大きく吸って、吐き出さない。

「わかった。なら、戦闘を継続しよう」


そう言って息を一気に吐き出す。息は音速を超え、衝撃波を発生させる。爆音とともに、金剛の体が吹っ飛ぶ。


「殺す気はないが、殺すつもりでいかないと、勝負にならない」


竹林は風の翼を大きく広げ、はばたかせた。

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