第21話 5月17日 管理塔へ・本命③
「うあぁ……」
金剛が呻き、目をあける。しかし、その視界はほとんどぼやけており、近くに圓明がいることしかわからない。
「さて、金剛君が起きるまで、少し話をしようか、圓明楓君?」
耳は割と正常に動いているようだ。そのおかげとさっきまでくらっていた重力操作で圓明が対峙しているであろう相手がわかった。
そうなれば金剛が行うことはただ1つ。圓明を逃がすことだ。相手から逃がすためではなく、巻き込まれないようにするために。
「えん、みょ……ぁぁああああああ!」
「は―――」
巨大化させた腕だけで、圓明のいるすぐそばの地面をたたく。その衝撃で、圓明は来た方向へ飛んでいった。
「はぁ、はぁ……」
金剛は何とか立ち上がるが、視力は戻っていない。むしろ、どんどんと視界が狭くなってきている。
「金剛、お前、裏切るのか?」
「やめろ」
先ほどとは別の声が聞こえる。その声を制す声も聞こえた。
「あぁ……たのむ、と、めて、くれ……」
「わかっているさ、金剛。
「はー、わかりました」
ダンッ、という地面を強くけった音が聞こえる。そこで金剛の意識は闇に落ちた。
「はい?」
そう言葉を出す前に、金剛に殴られた。いや、殴られてはいないか。ただ、そう錯覚するほどの衝撃を受けた。
とっさに意識を上に向けて、そのまま吹っ飛ばされる。たぶん逃がしてくれたのだろう。俺はそのまましばらく飛ばされ、建物の屋上に着地した。
「正直、あのままだと何やらかすかわからなかったから、よかったじゃないか、圓明楓」
大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。復習対象は1年ぶりだし、本気で痛めつけたい奴らしか残っていない。
「今すぐにでも戻って殺してやりたいが……」
殺してやりたいのは事実だが、ちょうどよく一人にもなれた。逃げるのは今しかない。
しかし、そう悩んでいるのが最もいけなかった。何も考えず、移動をするべきだった。
「あら? 映像とはだいぶ雰囲気が……そうか、髪切ったからかな?」
そういって旧ハードオフの屋上に降り立ったのは、復習対象の女だったからだ。
「……平等
「あれれ? なんで知ってるのよ? もしかして知り合い?」
「覚えてないなら別にいい」
「あっそ。なら、知り合いみたいだし一緒についてきてくれない?」
「断る」
そういうと左手で素早く銃を構え、撃つ。弾はそのまま何も警戒していない平等に当たり。
ガキン、という金属音と、つぶれた弾丸が落ちる音がむなしく響く。
「ちっ」
舌打ちをしてバックステップ。そのあと、横に走る。それを追おうともしない平等。
「はぁ、さっきは君に向けてなかったしね……いうこと聞かない悪い子はお仕置きよ?」
そういうと平等の背中から黒く、そして透明な翼が噴き出す。
「翼、というよりも変に粘性のある炎みたいだな」
気色悪くはないが、ぼろぼろ崩れているように見える。
「減らず口もそこまでよ!」
平等が手をかざす。しかし……何も感じない。
「……?」
一度走るのをやめるが特に何も変化がない。
「…………???」
「どう? 重くて動けなくなったでしょう?」
いや、すまない、まったくなってない。ただ、翼の能力はわかった。重力だ。
しかし、なぜ翼で強化されているであろう重力の影響を全く感じないのだろうか? わざとらしくゆっくりと足を上げて一歩踏み出すが、やはりいつもと変わらない。
「ふふ、これでもう戦えないね。さぁ、一緒に来てくれるかな?」
「さっきも言った。断る」
はぁ、とため息をつく平等。
「そう、なら、寝てもらうよ。金剛と同じやり方でね」
手を俺にかざす。しかし、やっぱり何も感じない。足元のコンクリートにひびが入るが、その起点は俺の足元ではない。
さて、特に何もされていないが反撃といこう。至近距離で銃が効かないが、やりようは十分にある。
右手で銃を抜き、真上に向けて3発撃つ。
そして、平等に向かって走り出す。
「なっ、なんで?!」
「さあ? 俺も知らないなっ!」
「ちっ、めんどくさいのは嫌いなのに!」
放った蹴りは平等の細腕にとめられる。予想通りではあるが、
「ぐっ……」
平等がぐらついた。
ん? ぐらついた?
「もうっ、痛いのよ!」
苦し紛れではあるが平等のこぶしが振るわれる。難なく避けた、はずだった。
爆音とともに視界が二転三転。
「っ……!?」
「がっ……!?」
盛大に血を吐いた。たまらず膝から崩れ落ちる。
「ふふ、苦し紛れではあったけれど……運が悪かったようね」
ダンッ、とその場で足踏みする平等。コンクリートの天井に大きな亀裂が走る。再び爆音が響き、吹き飛ばされる。
「…………!?」
声にならない声が漏れる。だが、分かった。おそらく、これしかない。
だが、状況把握だけで精一杯。激突の反動で転がり下を向いたとき血を吐いた後、死んでいない勢いでもう半回転し、あおむけ、それもほぼ大の字の体勢になる。夕焼けがまぶしく、近くに立っている平等の顔が見えない。
「ああ、なんか見覚えがあったと思ったら……あんた、2年前のあの男ね。それなら、名前を知っていてもおかしくないよね」
黙れ、この外道が。お前がやったことは最初から最後まで完璧に覚えている。死んで詫びるだけでは終わらせない。終わらせてなるものか。
そう言いたかったが声に出ない。代わりに奥歯を砕かんばかりの力で歯ぎしりをする。
「なるほど……あんたの復讐はまだ終わってはいないようね。あの時いた……40人以上の人間の8割はもう死んでいるけれど……すべてを殺すまで止まらない、といったところかしら」
ほんとに哀れよね、と吐き捨てるように言う平等。その言葉で、さらに怒りがこみ上げる。視界がだんだんと真っ赤に染まる。夕日のせいではない。
「ほんとに哀れ。復讐なんて何の意味もないわよ? 私を殺し、そして最後の一人を殺したところで、あいつは元には戻らない。例外を除けば、欠損した四肢や機能が死んだ臓器は元には戻らないのよ?」
バギン、と奥歯の奥で音がした。奥歯が砕けたのか、激痛が走る。真っ赤になっていた視界は明瞭さを取り戻し、平等の輪郭をとらえる。もうすぐだ。
「あらあら、奥歯が折れたんじゃない? ここまで音が聞こえたわよ」
口角を吊り上げ言う平等。その目をにらみつける。
「左目も眼球は残ったけど真っ赤になってるのね。本当に哀れでかわいそう。片目の視力を失い、親友の尊厳と体を痛めつけられているさまを目の当たりにし、そして復讐にとらわれた哀れな、哀れでかわいそうな男の子」
「っ…………!」
「あはは、何か言いたそうだけど、言わせてはあげない。怒りで体も震えているわね。本当にかわいそう。だから、ここで休ませてあげる。血塗られた復讐の道からあんたを救ってあげるわね」
おもむろに俺の右太ももに足をのせる平等。
「この辺よね、あいつの足が切り落とされたのは」
まさか! やめろ!
「あんたもだるまさんにしてあげる。感謝してよね、あんたを救ってあげるのだから!」
ゴキン、ブチィ!
「っ…があぁ、……ぁぁぁぁぁぁあああ!」
右足が切断された。いや、つぶされたといったほうが正しいか。右足の太ももの先からの感覚は無くなり、代わりに激痛と血の気が引いていくのを感じる。だめだ、気をしっかり持て。今、気絶するわけにはいかない。本当にあと少し、ほんの数十秒なんだ!
「さて、次は左足だよ? 覚悟はいいかい?」
「あ、……あう…」
整った!
「あぁ……くっ、うぅ」
「なによ? 今更拒否してももう遅いけど?」
口角を吊り上げる俺。
「くたばれ」
「はぁ? 今の―――」
平等の言葉が止まった次の瞬間、爆音とともに吹き飛ぶ俺。平等の時ほどではないが、看板にぶつかり座った形で落ち着く。
「っくは、はぁ、はぁ
荒く息をする。目の前にはうつぶせに倒れた平等。服ははじけ飛び、銃弾をもはじく肉体のあちらこちらに亀裂のような裂傷が走り、血と肉が混ざったピンク色の泡があふれ出している。
ぎりぎりだった。もう少しでも
平等を撃ち抜いたのは、最初に真上へ撃った3つの銃弾だ。
「はぁ、はぁ、ともかく、障害は排除、した。急いで止血を……」
カツン、と金属が地面に落ちる音がする。音のほうを見れば、傷一つないアルミニウムの玉のような光沢をもつ弾が落ちており、こちらに転がってくる。そしてちぎれた右足の切断面に触れると、崩れ去るように消えた。
何だったのだろうか? しかし、今はどうでもいい。一刻も早く止血しなければ、本気で命が危ない。
パーカーのポケットからひもを2本取り出す。
1本の紐でちぎれた足をきつく縛る。2本目の紐は傷口にまんべんなく巻いていく。巻くといっても、蚊取り線香のように渦巻状にして傷口に当てているだけだ。
「あとは……」
リボルバーを回し、弾のない薬莢のところでハンマーを引く。そしてできた空間に紐の先端を入れる。
息を止め、引き金を引いた。
紐をたたくハンマー。瞬時に、紐が青い炎を上げて燃え上がる。
「ぐっ……があああああ!」
30秒ほどだろうか。紐と一緒に炎は消えた。
「はぁ……はぁ……意識が……」
肩で息をする俺。30秒ぐらいだと認識したが、頭痛がひどく、記憶もかなりあいまいだ。何回か意識が飛んでいたのかもしれない。
「とにかく、逃げないと……」
壁に背をつけながら、残った左足で何とか立ち上がる。
「ぐっ……がはっ」
少なくない量の血を吐く。それでも何とか、崩れ落ちるのは耐えたが、動くのは厳しい。
「……ここまでか。衝撃波……爆音は非常に広範囲に広がったはずだしな」
血眼になって俺を探している連中なら、すぐにここにやってきてもおかしくない。血を流しすぎて、意識もかなりもうろうとしてきた。
「あぁ……あいつを探しに……行かないと、いけないのに……」
「あきらめるのが早いのう。もう少し、楽観視してもいいと思うのじゃが、どうじゃ?」
「!?」
急激に覚醒する意識。さっきまでの霞ががった頭が嘘のようだ。
「さて、動けそうにはないな。運んでやろう。あと少しじゃ。がんばれ」
目の前には、俺の方に手を乗せた局長がタバコを吸いながら現れていた。
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