第20話 5月17日 管理塔へ・本命②
局長に背を向け、身体強化を使ったうえで弁天道りへと走り出す。
「おい金剛、ここには誰もいないんじゃなかったのか?」
「30分前に偵察からの連絡ではここを通らないとおまえを狙う奴らと接触するという連絡が入っていたんだ。つまり、屋上にいるであろう奴は、その30分の間にたまたま来たんだろう」
死体あさりの時間は決まってねーからな、と付け加える金剛。この間に、弁天神社のある交差点を進行方向から見て左に進み、ガソリンスタンドを過ぎたあたりに。1秒後には右手に銀のさらの看板を見る。
「時間がない……跳べるか、圓明?」
「は? 俺は飛べないが……」
「
「跳べなくはないが……目立つぞ?」
「時間がない。頼めるか?」
怪しい。時間とはなんだ?
「時間? 何の時間だ?」
「っ!?」
焼肉屋の駐車場で止まり、リボルバーを金剛に向ける俺。
「何の真似だ……という場面じゃないか。ま、さすがだと言っておくぜ」
「ふざけているのか?」
「ふざけてなどないさ。ただ、今ここで話せる内容でもない……」
そういって手を出してくる金剛。……ちっ、わかったよ。
「もし後ろからナイフで刺すなら、手を放すからな」
「……着地するまで、心にとめておこう」
金剛の手首をつかむ。そして、少ししゃがんでから管理塔の方角へ思いっきりジャンプした。
管理塔全体が見えるようになるまではそう時間はかからなかった。
……やっぱり一跳びじゃ管理塔に行けそうもない。
「で、なんで時間がないんだ?」
金剛に話を振る。
「ああ、それは、その……ヒッ!」
あ、下を見たな。
「下を見るなよ……俺は慣れてるからいいが、お前は違うだろう?」
「跳ぶ前に忠告が欲しかったがな……それで、時間がないのはこの後の予定でデマを流したからさ」
「デマ?」
「自分は割と他組織と面識がある。反オムニアだけでなく、親オムニア派にもな。そこで、今回の作戦をリークしたのさ。嘘の情報をな」
これは局長の作戦なんだぜ、と付け加える金剛。
「ただ、すべての組織に嘘の情報を流したわけじゃない。大方、お前を狙う奴らは手を組んでるはず。だから、本当の時間も教えているところもある」
「……その組織に俺を」
「待て待て、手を放そうとするな! 当然、相手側も自分の情報が完璧に正しいとも思っていない。だから、2、3日前から待ち伏せをしているはずだ。そこを逆手に取る」
「つまり……?」
「待ち伏せされる前に管理塔にたどり着く」
どや顔で言う金剛。
「ん? でも、正規の時間を教えたやつらとは出会うだろ」
「当然の疑問だな。だが、長時間臨戦態勢で待ったらつかれるだろ?」
「え、それは見張りを出せばいいだけじゃね?」
「それができない理由があるんだなそれが」
普通に考えれば、長時間待機なら見張りを一人置き、ほかのメンツは休んで英気を養うのがふつうだが、今はそれができないらしい。理由はとても簡単で、オムニアのシステムで、いわゆる待ち伏せ行為を禁止しているためだそうだ。
これはオムニアが常に行っている物資調達の依頼に関係する。この依頼は消耗品が最も多く、次に嗜好品(酒煙草はもちろん、お菓子やエナドリ、挙句の果てには水道水が使いたくないからと天然水など多種多様)が多い。基本的に、個人でこの依頼をこなしている人は嗜好品を収めることとなる。
だが、当然嗜好品は自分で作れるようなものではない。一部例外があるとしても、かなりの数を収めないと生活ができないのだ。
裏の世界、俺以外はあちら側の世界とかあっちの世界に足を突っ込んでいる人たちも基本的にはこの仕事をしている。逆に言えば、犯罪者の捜索や特定人物の誘拐及び殺害などの依頼はイレギュラーなのだ。その分、オムニアから金以外の報酬を提示させることもできるなど、付加価値が高い。
ともあれ、裏の世界の住人たちの主とした収入源は嗜好品収集である。だが、先述したように大量に納めなければ意味がなく、得た金銭を組織全員で分け合えばもらえて1000円などザラである。
そこで目を付けたのが消耗品の依頼である。これは嗜好品とは異なり、段ボール数十数百のレベルで依頼が出されているが、報酬は定価の0.5割増しという超がつくほどの割に合わない依頼である。この依頼はつまるところ、企業向けであって、個人で請け負うものではない。
しかし、これを運ぶのは一般の企業の人たち。利益もあまりないため護衛もない。もし、常日頃から殺し合いをしているような連中がその消耗品を運ぶトラックを奪い、その分の金銭をすべて手に入れれば、出費0円で莫大な金を手に入れることができる。
オムニアが建国され、依頼というシステムが出来上がり運用が開始された後、しばらくはこのような事情から、また、嗜好品の依頼も少なくバッティングも多かったことから特に最終段階の運送業界の人たちの犠牲が多かった。すぐに運送系の会社から裏の世界の人たち向けに運び屋の仕事も増えたがただの運び屋であるため報酬は安く、さらに運び屋がオムニアからの報酬を持ち逃げすることが多かったためあまり普及しなかった。また、あとからあとから参入者が現れ、泥沼の戦闘の上、肝心の品が燃えたり水につかって使用不能などのトラブルも起きるようになった。
そこで、割と自治区への口出しをしないオムニア中央政府が、表だけでなく裏の世界の人々に向けて消耗品の横取りを禁止し、破った場合は即死刑、かつ、それらができないように運送会社にはオムニア製の装甲車を寄付、管理塔から半径10キロでの待ち伏せ行為の禁止が言い渡された。
「最初ははったりだろうとほとんどの組織が今まで通り襲おうと考えていたさ。別に管理塔の入り口でどこの企業かなんて聞かれないしな。でも、言い渡された次の日、頭のてっぺんから腰あたりまで、ご丁寧に心臓まで貫かれた仲間の死体が大量生産されれば、いやでもわかるってものさ」
「そりゃそうだ」
「ちなみに、それが言い渡された次の日から、嗜好品の依頼が爆増したこともあって俺たちあっちの人間は生活できてるわけさ」
「ほんとか? かなりの数こなさないと日給1000円とかザラとか言ってたじゃん」
「組織に入っていれば部屋代は基本タダ。食事は実は1日2回炊き出しがあるから、そこまで困ることはない。武器類の入手や修理に基本的には金が使われることになるのさ」
「ふうん、ん?」
腕にかかる力が増した。
「まじか……」
金剛も何か感じているようだ。
「手が、滑る」
「この感じは、あいつらか……最悪だな」
「そんなことより、まじで重くなってるぞ、金剛。手が、外れそう」
「あー、それならっと」
ぐにぐに、と金剛の腕が物理的にうごめいたと思うと、棒のようなものが腕から伸び、俺の腕に巻き付く。
「ああ、肉体変化か」
「それより、まずいぜこれは」
下を見ながら言う金剛。さらに腕にかかる力が増す。
「ちっ、立川駅南口まではいけるはずだったんだが……」
とうに放物線の最高点は過ぎていてビルの2倍程度の高度。腕にかかる力が増加……は特に問題ない、はずなのだが。放物線は重力が変わらない限り変化しないはずだ。
「一度降りる。すぐに跳ぶから準備をしていてくれ」
「…………」
「金剛?」
どうした?
「聞いているのか?」
「無理だ……悪い、四肢が、動かねぇ」
「は?」
腕にかかる力はさっきと変わらないが、金剛の顔色が急激に悪くなっている。下に下がっている手を見れば、異常なほど赤くはれ上がっている。四肢に強力な力がかかっているのは間違いないか。
「着地するぞ、こんご……」
「うあぁ……」
やばい、意識がほとんどない。頭に血が回っていないのだろう。
金剛の肉体強化にかけるしかないか。
意識を上に向けながら、着地地点を見定める。立川駅の北口を出てすぐの高架橋になりそうだ。よくわからないブリッジのようなオブジェがあるところ。だが。
「……人がいない?」
明らかにおかしい。確かにお台場などの再開発地域よりは人が少ないのは当然だが、それでも平日の夕方。会社帰りや学生の姿でひとがあふれる時間帯のはず。
不審に思いながらも着地。普段ならあり得ない速度で、だが。
「ふう……身体強化様様だな」
バコン! と鈍い音がしたが、特に痛みもなく着地できた。しかし、ミシミシという音と主に高架橋にひびが入る。ひびの始まりは金剛の着地地点。
「そこまでにしてやれ。さすがに死ぬぞ」
「…………」
驚かずに銃を抜く。向けた先、駅のほうから出てきたのは3人。
「っ……!!」
だが、そのうちの一人を見て、俺は目を見開く。猫耳が跳ね上がり、ウィッグが落ち、2本のしっぽが一瞬だけ幻影化し、ズボンを通り抜け外に出たこと、そして金剛の肉体が変化し、その意識が完全とは言わないまでも戻ったことに気づくことなく。
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