第19話 5月17日 管理塔へ・本命①
「はぁ……」
現在時刻は15:00。俺は電車に揺られながらため息をつく。ほんと、やってられない。
「確かに、これは有効なのは認めざるを得ないが……まさかこんなことになるとは」
小声で愚痴を漏らす。もともと閑散としている車内だ。両隣どころか7人席を独り占め状態かつ立っている乗客もいない。
5月の中旬、それも平日のこの時間に黒のセーラー服で電車に乗っている時点で少し異質だが、組まれた長い脚と肩あたりまでしかないが密度の高い黒髪で隠れた顔、そして季節外れのマフラーをしているおかげで話しかけづらい雰囲気をまとっている。
髪型さえ変えれば美女になること間違いなしの女学生。いや……
「それが男じゃなければなぁ……」
はぁ、とため息をつく俺こと、圓明。正直、ミスったとしか言いようがない。
オムニアが使っていた映像に移っていた自分は、すべて制服姿だった。さらに、足は映っていなかった。つまり、靴は映っていなかった。
だから、だからこそ、言ってしまった。女装すればばれないんじゃないか、と。実際、都心から山手線、中央線で金剛から敵側に回っているであろう実力者も数人を見たが、気づいている風はなかった。
「……つくか」
国立駅で降りる。南口には旧駅舎である赤い三角屋根のレプリカ? がある。それを右手側に視界に収めながら、階段を降り、そのまま左へ。目的は多目的トイレ。
扉を閉め、胸のポケットから局長からもらった護符を取り出す。それに小瓶に入った赤い液体、というか血を垂らす。
すると、護符が振動し始めた。
『ご利用ありがとうございます。転移を開始しますので、この札を地面に置き、しばらくお待ちください。ご利用ありがとうございます―――』
札をもっているとこの声が聞こえるが、地面に置き、手から離すと聞こえなくなる。骨伝導という奴だろうか? いや、あれはもっと耳に近い骨じゃないといけなかったような……んー、わからん。
しばらく待っていると、音もなく護符とその周辺の地面が割れる。空間が割れている、と石手や金剛から説明されたが、正直疑問符しか浮かばなかった。空間が割れるのはまだいいが、なぜそこを人が通っても無事なのかがわからない。まだ転移のほうが現実味があると思う。できないと証明されてはいるが、実証したわけではないので可能性は0ではないはずだ。
空間の亀裂から2人、飛び出てくると亀裂は消える。護符は真っ二つだが、地面には傷一つない。
「思ったより早かったな、お嬢」
「……ちっ、わざわざ言う必要あったか今?」
「わざとに決まってるだろう? お嬢?」
「うぜーよ、金剛」
1人目は金剛。服装は半袖半ズボンという、5月中旬では少し早いかな? と思える服装。
「金剛、圓明の緊張をほぐそうとしているのはわかるがのう、それほど緊張していないようじゃし、ふざけるのはそのあたりにしておけ。ほれ、圓明は着替えじゃ」
2人目は局長。初老のナイスガイである。服装はラフではあるが、雰囲気がかっこいい。
渡された服に着替える。黒のだぼだぼのズボン。尻尾を出す穴はないので、尻尾は足に添わせるしかない。そしてオーバーサイズの白の長そで。インパラ製。割と好きなカジュアルブランドである。文字は赤。最近は通販含めあまり見ることはないが……。
そして腰にホルダーのついたベルトを2本巻く。もちろん、ホルダーには銃が2丁収まっている。一つは百合香さんの形見であるS&W 3566。ここではPC356といったほうがいいかもしれない。もう一つはスーパーブラックホーク。大問題はリボルバーであることだ。構造は単純で壊れにくいため刀や剣を受けるのにはいいが、6発しか装填できない。さらに、両手で銃を握る都合上、再装填は戦闘中にはできない。ゆえに、左手で持ちとどめに使うこととなるだろう。
ちなみに、戦闘訓練で使ってナイフを受けたハンドガンは一度ばらして整備したのだが、結局命中精度が戻らず、あきらめた。
「準備ができたな。じゃあ、行くぜ」
金剛を先頭に、真ん中を俺、後ろが局長の順番で改札を抜け、北口に出た後そのまま北へ向かう。しばらく歩くと、ぼろぼろの廃墟が現れた。
「旧鉄道総合技術研究所。ここを通り抜け、弁天神社付近に出る」
「えぇ……」
夏至が近いから15:00過ぎでも日は高いが、隠れるところが大量にある廃墟を通り抜けるメリットがわからない。
「大丈夫だ。割と血痕や死体は転がっているが、敵がいないことは確認が取れている」
「割と転がってちゃいけないものが転がってないか?」
「ん? 死体か?? 別に問題ないだろう?」
「あぁ、こんなのだから過激派親オムニア派を完全否定できないんだよなぁ……」
「それは完全に同意しかねるな」
「そうですか」
思想的な対立は不毛なのでしない。
「意外だな。もうちょっと噛みついてくるかと思ったが」
「はい?」
何言ってんだ金剛?
「いや、この前石手を殺そうとしたときのセリフがな、ねえ?」
「同意を求められても困る……はぁ、確かにあの時は頭に血ものぼってたけど、それは自分の尊厳の問題だったからだろ? でも今回は考え方や印象の違いだ。そんなのは言い争ったとしてもそうそう変わるものでもなければ、無理やり変える気も毛頭ない。だからだよ」
それくらい分かれよ……まじで頭軽いんじゃないのか?
「へ? うん、まー、そういわれれば、そう……なのか?」
「…………」
不毛なので何も言わないことにする。
「ま、そろそろ時間もない。行くぞ」
「あ、ああ」
足場の悪い廃墟へ向かう……わけではない。
確かに、目の前には廃墟があるが、向かって右へ向かえば比較的きれいな道が残っている。ただし、そこを通れば道行く人に見られてしまう。一応、立ち入り禁止区域だ。
だから、昔は中庭だったであろう部分へ入る。だがそこには、多くのビニール袋が転がり、そのほとんどが破られている。中に入っているのは、裸の、人間の死体。
「うっ!?」
鼻を覆う俺。それでも死体の腐った臭いは排除しきれない。
「ちっ、さすがにここの臭いだけは慣れないな」
「なれる必要はないじゃろう。ここに捨てられているのは、オムニアやその直轄地で死んだ者たちなのだからのう」
「自治を認めてもらう代わりの代償か……高校でも習うことだが、もう少し埋めてやるとか考えなかったのかねぇ」
「うぅ……おえぁぁ」
吐いた。
「まじか……ま、無理もないか」
「少しでも早く抜けるとするかのう」
そうしよう、と答える金剛。
時折吐きそうになりながら死体が散らばる廃墟を歩く。
と、金剛の足が止まった。
同時に、ウィッグの下の猫耳が音を拾った。
「ちっ、少し面倒なことになった」
「どうしたのじゃ?」
「うぅ、誰かいる……うっぷ」
廃墟の陰から大きな広場を見る。そのには、死体の山をあさる複数の人影が見える。山を成す死体は服や装飾品が。そういうことか。
追剥ぎならぬ死体剥ぎ。違法でも何でもないうえに、オムニア本国の技術でできた地上では貴重な物品をゲットできる、必要な仕事……なのだが、派遣社員ですらないフリーター扱いである。さらに、はいだ後に襲われるなど日常茶飯事。となると、半グレと呼ばれる集団や羽持ちなどがだいたいこの職に就くことが多い。
しかし、今回はそれにしては妙だった。まぁ、当然といえば当然か。死体からは、いろりろな細菌、ウイルス、その他もろもろ、さらにひどい腐臭も服につくしな。
「あの、死体あさりには詳しくないんだが、このあたりには有名な死体あさりでもいるのか?」
「有名な……? 知らんのう」
「何か気づいたのか?」
「何も気づかないのか?」
「……悪いが、肉体強化しても俺たち2人は視力がよくなったりはしない」
「そう……だっけ?」
「で、何に気づいたのじゃ?」
「だって、今あさってるやつら、全部死体だぞ?」
「は? 何を言い出すと思えば……」
「お嬢、それはあり得んのじゃよ。
やれやれ、という顔をして首を横に振る2人。ま、わからないのも無理ないか……
「動いてないんだよ、あさってるやつらの心臓」
「「…………」」
にこやかな笑顔で俺の肩に手を置く2人。信じてねぇな。
「こうすれば、いいんだろ?」
左手にリボルバーをもつ。無造作に、動く死体を撃つ。動きは単調で、往復運動をしているだけ。
「そんな奴に撃ちたくはなかったが」
頭に命中。そのまま弾は貫通する。しかし、死体は動きを止めない。
「なっ……」
「ということは、つまり、こういうことかのう!」
「っ! 離れるぞ、お嬢!」
「えうぐっ!?」
離れた瞬間局長から翼が生える。とほぼ同時に晴れているのに雷が局長に。直撃したように見えたが、局長は無事で、建物の屋上を見据えている。
近くにいたら死んでいたが、襟首をつかんだうえで身体強化でひとっとびしないでくれ……正直苦しい。
離れた場所で息を整えていると、局長がこちらを見てくる。合図だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます