第17話 5月17日 管理塔へ③

「……次、か」


現在時刻は12:00。しばらく電車に揺られていると、国立駅に到着する。

住宅街の最寄り駅だけあって、平日の昼間でもある程度の人数が降りる。


「…………」


スーツを着たもの、ただの私服を着用したもの、各々が足早に階段を下りていく。1号車から降りたものは、ゆっくりとした速度で階段へ向かい、ゆっくりと降りていく。


「……明らかに増えてる、の」


階段を降り、薬王真由里はそうつぶやいた。


しかしそのまま改札を通り、昔はののわ、とか呼ばれていた商業エリアの奥の多目的トイレへ向かう。そこへ行くまでも十数人とすれ違う。多目的トイレは現在使用中だった。出口が見えない位置に立って順番を待つ。


しばらくすると、目の前の景色がゆがみ始めた。薬王は気にも留めず、ただ目の前を見据える。次の瞬間、そこには4人の男女が現れた。


「あちゃー、お嬢ちゃん、誰かを待ってるのかい?」


4人のうち、長身の男が話しかけてきた。


「いえ、特にないの」


「そうかい……しかし、運が悪かったね。悪いけど、見られちゃったんなら、生かして返すわけにはいかなくなっちゃったよ」


「ここで荒事はお勧めしないの、同業者御一行様」


「その通りですわね。皆さん、武器を下ろしなさい」


物陰から見知らぬ声が。おそらく、多目的トイレから出てきたのだろう。


「これは、雪渓せっけい様」


薬王より頭一つ分小さい、ゴスロリを着た少女に長身の男とほかの3人はひざまずいた。


「お初にお目にかかりますわ。わたくしは雪渓福寿ふくじゅといいますわ。同業者さんは?」


「あなたが…。僕は薬王真百合なの。以後、よろしくなの」


「まあまあ、あなたが。いえ、あなたも、ですかしら。うふふ。今後とも仲良くいたしましょう?」


「うん、わかったの」


表情はにこやかだが、目が全く笑っていない2人の会話。


「それでは、わたくしたちはこれで。行きますわよ」


「「「「はっ」」」」


そういって雪渓たちは薬王の視界から消えていった。


薬王は完全に雪渓たちの姿が見えなくなってから、多目的トイレに入り、扉を閉めた。そして、ある携帯番号にワンコール。


その瞬間、漫画みたいに空間に亀裂が入る。相変わらずこの光景を見るとなぜか笑える。薬王的に現実っぽく見えないからだ。


亀裂が広がり、2人出てくる。男は薬王の所属する団体の団長、明石めいせき。女は銀髪の大日。堕天使の羽を4枚持つ、こちら側の世界最強とうたわれる人物だ。ちなみに、いつもは十二単を着ているがさすがに今日は長そで長ズボンである。


「わらわの予想より時間がかかったようじゃが、大丈夫だったか?」


「電車少し遅れたの。それと、雪渓福寿にあったの。この多目的トイレの前で」


「なるほど……初対面じゃったな」


言い切る大日。


「あいつまで動くとはな」


「別の目的があるのかもしれん。油断はせぬことじゃ」


「その通りなの」


そういって3人はトイレから出て、北口に出た後、線路沿いに西にすすむ。


「見えた」


しばらくして明石が言う。


「先発組は全て順調に進んでいるようだ。一番進んでいるのは国分、極楽ペア。こいつらがかなりの足止めや強奪するつもりの奴らを蹴散らしたようだ」


「力の残滓があるの?」


「ああ、その通りだ。この残滓は国分のもので間違いない」


「まぁ……国分の力はほとんど知られておらぬ。それに、局長もうまく隠しておったからのう。初見であの無翼原理アーラ・レビスを破るのは難しかろう」


「というより、初見じゃなくとも難しいだろう。時間稼ぎに徹すれば極楽ほど適任の者はいない。スコープからの光の反射さえ見られれば、殺すことは絶対に不可能だしな」


まー今じゃスナイパーなんて数えるほどしかいないけどな、と明石は続けた。


「でも団長、すでにばれてる組はいないの?」


「周りの動きからしてまだないだろう……というより、ばれたとしても国分がそれを見逃すとは思えない」


「「それもそうなの」じゃのう」


女性陣2人がハモる。


「ハモる……って、死語なの?」


「さぁ? てか何の話だ?」


「いやなんでもな……!?」


「気づいたか? さすがだな」


「誰じゃ! わらわたちは逃げも隠れもせん! 姿を現せ!」


5月下旬のさわやかな風がしばらく3人をなでる。


「さすがだな」


線路を支える柱の陰から男が出てくる。その男は、よく知られている顔だった。


「っ!? 炎剣―――ファフニール」


莫大な量の炎が薬王の手のひらに集まり、かなり小ぶりの騎士剣に成る。


「あらら、さすがに警戒されるか」


そういうと、腰に差す特殊な刀を投げてよこし、両手を上げた。


「ほう、これが観音かんのんわらびの宝剣、いや宝刀か。さや越しでもわかる、素晴らしい出来じゃ」


「おほめいただきどうも、大日銀龍ぎんりゅうさん」


「さて、わらわたちを付けていた、ということは何かをするつもりだったのじゃろう? 許す、言ってみるがいい」


「言う義理はないが……まあいいだろう。今回の俺たちの任務は、圓明楓奪取の計画を立てた者たち以外の介入を阻止することだ。すでに小規模だが、武力衝突も起こっている」


「意外だな。お前ほどの奴が考えれば、邪魔が入ったほうが任務達成率が上がるだろうに」


「今回はそうは言えないのさ。なんせ、介入者たちは圓明楓が死ねばなんでもいいのだから」


「はっ、笑わせないでほしいの。楓が殺される? ハハッ」


炎剣を観音に向ける

「咆えろ! ファフニール!」


「『戻れレディ』、っ!?」


炎剣の切っ先から、肉眼で見えるほどの熱線が放たれる。その熱線、もはや炎のビーム(蒼色)は観音に当たる直前で斜め上に曲がった。


「え? 『不曲まがらず』」

『不』の無翼原理アーラ・レビス発動。しかし、曲がった熱線はそのままだった。


やがてビームは止まり、炎剣も消える。


「空間湾曲系の力か。それに、武器召喚まであるとはな。本当に、何がしたかったんだ、お前」


「待て、攻撃してきたのはそっちのほうだろう。これは正当防衛だ。つけていた理由は、ある程度分かってはいるだろうに」


「それもそうじゃの。薬王、さすがにやりすぎじゃったな」


「おかしなこと言った観音が悪いの。だって、今3次元にいる圓明はみんなにs」


「「「っ!」」」


薬王以外の3人が動く。観音は突撃し、明石はそれを止める。そして大日は薬王の口をふさいだ。


「愚か者! 場所と時を考えぬか!」


「なぜ知っている? 答えろ! 明石!」


「俺も何のことかさっぱりでな。悪いな、観音」


「さすがにこのまま見逃すわけにはいかなくなったが……1対3では分が悪すぎる」


「できれば俺もお前とは戦いたくはねぇな。3対1でも」


ギィン、と観音と明石の剣が振り抜かれ、二人は距離をとった、その時。ドォン、と西のほうから爆発音が聞こえた。


「なんじゃ!?」


「ぷはっ……あそこは、管理塔なの!」


管理塔から煙が噴き出していた。


「いったい何が起こっているんだ……? イレギュラーにもほどがあるぞ……」


観音はそうつぶやき、

「急ごう。もう少し近く出ないと解析できない」

明石は先を急ごうとする。


「観音、明石、待つのじゃ!」


大日が大きな声でそう言う。全員の視線が、管理塔の煙から大日へ集まる。


「管理塔が襲撃されるなど明らかな異常事態じゃ。他の者たちもそれくらいはわかっているはずじゃ。じゃからこそ、ここは慎重に動かねばならぬ」


皆、一様にうなずく。


「わらわたち3人はこのまま管理塔の周辺に向かう。基本的には戦闘行為はせず、観測に専念する。観音、ぬしは一度隊の元へ戻るじゃろう?」


「ああ、そのつもりだ」


「ぬしがここにいる以上、観測はしておるまい。ここで提案なのじゃが、わらわたちの解析データが出来上がり次第、ぬしに共有したいのじゃ」


対価などはいらぬ、と大日は付け加える。


「それはありがたいが……何が狙いだ?」


「狙いなどない。ただ、最悪の可能性として天使隊レグナーズが出てくるのなら、いち早く知らせるものが必要じゃ。どうしても、わらわたちでは情報伝達が遅いのでな」


「確かに、傭兵の情報より、情報屋として顔が売れている自分のほうが情報伝達の速さも、情報の信ぴょう性も上がる、か」


観音はしばし考え、そして何かを投げてよこした。


「これは……メダル?」


「逆召喚用のメダルだ。俺の情報屋の番号に7コールすればそのメダルに飛ぶ。『戻れイデル』」


そういうと観音は目の前から消えた。


「了承、ということじゃろう。わらわたちも急ぐぞ」


全員、身体強化を発動し、音の速さで西へ向かった。

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