第16話 5月17日 管理塔へ②

底をのぞいてみると落ちた車が炎に照らされていた。車自体も燃えている。ガソリンに引火したのだろう。ただし、人の悲鳴や助けを求める声は聞こえなかった。


炎はそこ全体に広がっていて大きく見えるが、車は手のひらの3分の1程度にしか見えない。かなりの高さがあるのは間違いない。落ちたら即死はもちろん、動けなくなり炎にのまれたり、失血死したりいたのだろう。


南からきた車がより多く落ちている感じがする。南からはちょうど坂上に交差点がある感じだ。物理的に見えず、そのまま落ちたのだろう。

穴はいまだに広がっているようで、南と西に向かって亀裂が伸びつつある。


「あっ……」


たった今、西側の道路の一部が崩れ、無人の車が落ちていった。南側は無人の車はない。というより南側のほうがより広がっており、一つ前の交差点もすでになくなっていた。あちら側でも同じようなことが起こっているだろう。


北は下り坂の途中で交差点がある感じのため、すでに車の通りはない。


最悪なのが西側で、緩やかなカーブを描いているため穴が見えない後続車が引き返さず絶えずクラクションを鳴らしていた。そこまで大きな音ではないのでおそらくカーブ御後の下り坂あたりからなっているのだろう。地味に交通量が多い道のため仕方がないが。


「……馬鹿野郎どもが!! だから早くここをオムニアの直轄領にしろとあれほど言っているだろうが!!」


隣で静かに、しかし憤怒の表情で叫ぶ国分隊長。国分隊長が過激な親オムニア派なのは訳がある。


実は3iの次元、こちら側の世界のルールとして組織間の抗争は禁じられている。今の3i次元には管理者がいて現在は大日銀龍という女で、これは組織のためではなく組織に属していなかったり、属してはいるものの戦闘力を持たない一般人を守るためのもの。夜襲をかけていけないというルールもあり、やられた場合はやった側の殺害が認められているほどだ。


ただ、これらのルールは3i次元でしか適応されない。つまり、ほかの次元、3次元では制約はない。


ということで組織間の抗争は専ら3次元で起こるのだが、3次元の一般人の安全など一切考えず行われる。よって、オムニアが出来上がり日本が極東自治領となって間もないころには抗争による被害はとても多かった。


そしてその被害者の中に、国分隊長の妻と2人の幼い娘が含まれていた。妻は2人の娘の命を守り切ったが、抗争に巻き込まれた時の傷が原因で死亡。2人の娘も命はあったものの、顔にやけどを負ってしまっっていた。


国分隊長が復讐に走ったのは言うまでもない。娘を一人で育てながら抗争を起こした組織を特定し、異質な力、それすなわち無翼原理アーラレビスを知り、当時は非常に珍しいものであったため大金を積んでそれを刻み、妻と子に危害を加えた組織2つを文字通り全員皆殺しにした。ただし、組織にいた子供には手を出さなかった。


ほとんどが孤児であり親がいないこと、殺した組織の構成員の血を引く子供は2人いたが、どちらも妻が死んでから生まれた子だったことから見逃した。


そしてそのまま3iの次元の人間となったが皆殺しにした組織は反オムニア派と中立派だったため、自然と新オムニア派とされた。国分もそれに対し否定をしなかった。


これ以上、自分のような不幸な人間を生まないために極東自治領を直轄地にし、3iの次元の人間たちが3次元で抗争できないようにすることを目標とした。ただし組織は作らず、局長に勧誘され今の組織に入った。


娘2人は信頼できる友人に預けられ、オムニアへ行った。


そのため、国分は3次元の一般人の犠牲を極度に嫌う。握りこぶしを固く握り、怒っていた。


「極楽」


「なんでしょう」


「こんなことができるやつの心当たり、あるか?」


「複数人います」


少し考える国分隊長。そして。


「極楽、15分だ。しばらく頼む」

そういうと消える。


それと同時に穴の西側に気配が突然現れる。すぐに無人の車の間から人影が。


「まさか、『神童』が局長の指示で動いているとは」


出てきたのは長身の女性。それも知り合いだった。


「運がいいのか悪いのか……まさか反オムニア派まで動いているとはね、岩本さん」


そういうと、白い翼を4枚出現させる岩本。すべて堕天使の翼であり、金属球から生えている。


「『魔法使いの堕天使フォールウィザード』って呼んで?」


「自分で二つ名を名乗るのはやめたほうがいいと前から言っているだろう」


「極楽さん」


今の今まで何もしゃべっていなかった圓明が口を開いた。2本の銃を抜き、岩本に向けている。


「敵ですか?」


「今はまだわからない。ただ、油断はしないで」


自分の判断で撃っていいから、と付け加える極楽。わかりました、と短く答える圓明。


「さて、岩本さん。一応聞いておこうか。目的は?」


「わかりきったことを聞かないでほしい」


目線が圓明に一瞬移る。その瞬間を逃すわけがない極楽。


「前から思ってたけど、なめすぎ」


「は? ぐふぅ!?」


大地と空の子供達インペルフェクツの力で岩本に急接近。抜き足効果も相まって完全に極楽を見失った岩本は羽があるのに身体強化使用状態のアッパーをもろに腹にくらい、打ち上げられる。


腕力自体はそこまで強化されないが、防御の鎧が攻撃の時は力を貸してくれるため人一人ぐらいであれば打ち上げることは容易。


「目的が分かった以上、油断はしない。『未だ来ぬ未来を知るインク・オグ・ニータ』」



そのまま打ち上げた岩本を追うように大地と空の子供達インペルフェクツの力でまた急接近し、今後はかかと落とし。さすがに羽に防がれるが、自由落下とは比べ物にならない速度で地面に激突する。その直後、振り下ろした右足の膝から先が消し飛ぶ。



「っ!」


そのまま打ち上げた岩本を追うように大地と空の子供達インペルフェクツの力でまた急接近し、今後はかかと落とし。さすがに羽に防がれるが、自由落下とは比べ物にならない速度で地面に激突する。その直後、右足をたたみ、大地と空の子供達インペルフェクツの力で10mほど瞬時に上昇。右足は消し飛ばない。その直後、背後から大きな爆発音。


「ちっ」


舌打ちをして、西側の光の点を視認する。おそらく交差点に大穴を開けたのもあの光の点の仕業だと予想する極楽。


ナイフを2本抜き、そのまま自由落下を始める極楽。



土煙が舞う落下地点から、白い4つの羽が展開される。

直後、右手が切り落とされ、北東に向けられた翼から細かい氷の粒が超高速で飛来し服と皮膚を裂き、左足が内からはじけ、南西に向けられた翼から雷がはじけた左足めがけて奔り、極楽の体を貫く。



自由落下が始まると同時に大地と空の子供達インペルフェクツの力で素早く、しかし音もなく着地。その後4枚堕天使の翼が展開され、すでに極楽のいない上空へ向けて氷の粒と雷が昇る。右手と左足を壊した攻撃は見えなかった。多分これだろうという攻撃は予想できるが、今は無視。


土埃に紛れ、大地と空の子供達インペルフェクツの力を使わず接近。


「っ、どこにっ!?」


銃声が2回。


ひざを折る岩本。土埃が晴れると、岩本の両足の足の関節……足首を撃ち抜かれていた。


「50m程度だとしても、ハンドガンで足首を正確に打ち抜くか……はぁ!」



「ぎっ!」

膝をついた岩本の両肩に抜いた2本のナイフで突き刺した。ただし、防刃仕様なのか服に阻まれ肉体に刺さることはなかった。

その直後、近くで爆発音がした。爆発地点は圓明のすぐ後ろ。

「よそ見するとは!」

4枚の翼が襲い来る。左腕を犠牲に圓明の隣に大地と空の子供達インペルフェクツの力で着地。圓明のけがの様子をうかがう。右腕の腕の肉片、骨のかけら一つ見つからない。かろうじて、持っていた銃なのか、赤熱した小さな金属の塊を見つける。

肩からの出血はほんの少しで、焼きただれたようになっているが、肩口以外は特に目立ったやけども外傷もない。

間違いない、これは、あいつの仕業だ、と確信。



「ぎっ!」


ナイフを肩に突き刺し損ねた直後、近くで爆発音。


爆発音の発生源を確かめることなく、大地と空の子供達インペルフェクツの力で圓明の隣に五体満足で着地。倒れた圓明を見ることもなく、


「『|治癒治療《ク・ラ・ティオ』』」


圓明の肩口あたりから赤黒い大きな球体が出た後、収束して消し飛んだ右腕の形をとった。



「くっ、さすが神童といったところか。だが、とどめはちゃんとさすべきではなかったのか?」

足を撃ち抜かれたはずの岩本が立ちあがると同時に、4枚の翼が破壊の嵐をまとい極楽に飛来する。その直後、空気が重苦しくなり・・・・・・・・・、破壊の嵐は極楽の直前で消え去り前のめりに倒れる岩本。そのまま穴に落ちていく。



やっと来たか、と思いながら怒気のこもった岩本の声を聴く。


「くっ、さすが神童といったところか。だが、とどめはちゃんとさすべきではなかったのか?」


足を撃ち抜かれたはずの岩本が立ちあがると同時に、4枚の翼が破壊の嵐をまとい極楽に飛来する。その直後、空気が重苦しくなり、破壊の嵐は極楽の直前で消え去り前のめりに倒れる岩本。そのまま穴に落ちていく。その後ろには国分隊長が。


「チッ、落ちやがった。おかげで2個しか回収できなかったか……」


「国分隊長、思ったより早かったですね」

まだ15分は立ってないですよね? と聞く極楽。


「穴をあけたやつの攻撃のおかげだ。そのおかげでずいぶん短縮できた」


そう言いながら岩本から奪ったであろう2つの金属球を金属製の筒に入れる。


「想定してないものも手に入ったし、終わらせてくる。時間があれば、ほかのやつも可能な限り始末してくる」


そういうなり国分隊長は消えた。数秒後、西側の光の点が消える。


「大丈夫そうかな。『未知は既知なりファーエ・ノ・メノン』」


ふーっ、と極楽は息を吐いた。その場で片膝をついてしまう。


「やっぱり、この力はまだ慣れないな」


頭を押さえながら言う極楽。


「あ、いつ帰ってくるのか見とけばよかったなぁ」


重めの頭痛を耐えながら、極楽はそうぼやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る