第13話 5月11日 交渉と不和

宙に浮かぶ感覚。重力から解放された浮遊感が襲ってくる。


いや、少し違う。確かに浮遊感はあるが、少し弱い。そうか、水に浮いているのか。そう思っていると、徐々に浮遊感が抜けて、重力を感じてくる。まるで、自ら引き上げられるように―――


「……ここは」


目が覚めた。視界には発光ダイオードの強い光が散乱シートで柔らかくなった光が映る。この景色には、見覚えがあった。病室だ。


「あ、目が覚めた?」


「丸々24時間……これはよくないよ」


「石手に……極楽? なんで俺は寝て……?」


「圓明、覚えてないか? 昨日のことを」


極楽に言われ、思い出そうと努力する。そういえば……


「そういえば昨日は、講義を受けた後、お前と。極楽と模擬戦をしてた。肩を撃ち抜いた後、さらに戦闘が続いて……」


「空中で打ち合いが続いた。そのあと、うちが圓明ごと地面に落ちようとして、それを蹴りで拒否された」


「そう、そうだ。そして、しっぽの銃を乱射して、左手の銃で極楽を狙って最後に撃って……何か叫んだ?」


「集まれ、って叫んでた」


「そのあとは……あれ……?」


それ以降が全く思い出せない。そもそも、集まれ、と叫んだ記憶は朧気すらなく覚えてない。


「おそらく、そのあたりで気絶したんだろうね」


極楽が納得するように言う。叫んだらしいそのあとの話を聞く。乱射した銃弾はなぜか全て極楽に当たったそうだ。見ていなかったからわからないらしいが、おそらくそれが俺の大地と空の子供達インペルフェクツの特殊な能力らしい。ちなみに、極楽の特殊能力は相手の無意識に潜り込む、簡単に言えば古武術の抜き足とほぼ同等の効果が常に発動しているらしい。瞬間移動に見える高速移動はこれのおかげもあるらしい。


後は、地面に落ち、今まで眠っていたそうだ。


「無意識のうちに体重を軽くしていたみたいだから、ダメージはそれほど大きくなかったよ」


そういうが、微妙に目をそらす石手。


「ただ、しばらくは安静にしている必要がある。大部分は直したけど、おなか周りにひどい内出血が起きていたの。それも、放置したら内臓が壊死するくらいのね。血は抜くしかなくて、補充はできてないから、医術をかじったものの意見としては、1週間は安静にしてほしいところね」


「1週間って、さすがにそれは……」


極楽がなぜいう?


「大丈夫。輸血をすれば、2日で動いていいと許可が出せる」


「なら、なんで輸血をしていない? 別に許可なんて」


「許可が必要なのよ。入れるのは、人工血液B型用だから」


「え? 人工血液?」


「あー、緊急じゃないと許可がいるやつだ」


ごくまれに死んじゃうから、と極楽が。


「えぇ……」


「でも、動けないとまた意識失うことになるよ、圓明?」


「だよなぁ……」


管理塔へ行く作戦はすでに聞いている。おそらく戦闘がおこるのは避けられないため、昨日から7日間、講義と戦闘訓練をする予定だった。が、このまま1週間寝たきりの生活を送った後、いきなり外に出て激しい戦闘行為などできる気がしない。


「特に書類を書く必要はないから、輸血してもおーけーといってくれればいいの」


「……」

考える俺。確かに、人工血液はだんだんとではあるが普通の血へ置き換わっていくため後で抜く作業をする必要はないが、何となく抵抗がある。しかし、無翼原理アーラ・レビスの力が身体強化以外不安定な現状、戦闘になれば主として使うのは大地と空の子供達インペルフェクツの力だ。それが特殊な能力のせいで酷使すると意識を失うという時限爆弾がついてしまった。3日あればその爆弾は気にしなくてもよくなると極楽は言っている。


「……仕方ないかな。輸血、してください」


ま、死にはしないだろう。死ぬのはごくまれだし、運はいいほうだし。


「おっけ、言質とったからね。じゃ、まずは麻酔で寝てもらうね」


「え? 別に起きたまま針さしていいんだけど……?」


「人工血液は入れてから多少調整が必要なんだ。今じゃ珍しいハンコ注射とか、入れると激痛が走る薬剤とかね。それを感じたいなら麻酔しなくても」


「麻酔してください、お願いします!」

言い終わる前に即答する。


「よし、じゃあ、ガスで寝てね。極楽さんは手伝ってくれる?」


りょーかい、とだるそうに言う極楽。


まずは俺にマスクがつけられる。すると次第に意識が薄れて……




「こんな言い訳しなくてもいいだろ、石手?」

素直に真実を言えば? という極楽。


「これで圓明の体は完成する。一気に血を抜いていいということだから」

ぶっきらぼうに、極楽の顔すら見ず言う石手。


しばらく黙る極楽。何をするかの支持すらない。


「あぁ、もう帰っていいよ」


「手伝えって言ったのはお前じゃん……」


「言ったけど、やっぱいらないから」


「そうかい。なら、帰らせてもらうよ。話を聞くだけなら許可は出せるんだよな?」


「さあ、わからない」

そして黙る石手。これ以上話すことはない、ということだろう。


極楽が所属する部隊と、石手がいる局長直属の部隊は仲が悪いのだ。極楽の部隊は極度の親オムニア派。日本と呼ばれていた自治領を直轄地にすべき、という考えをもつ。逆に、局長直轄部隊は中立派といわれている・・・・・・。今の状態を維持すべき、という考えだ。他にも今すぐにオムニアと戦争して独立すべきだ、という考えの反オムニア派の部隊もいる。


親オムニア派と反オムニア派の仲は良好とはいいがたいが、悪くはない。共通の敵である、中立派がいて、さらに最終目的は違えど方法が武力に訴えるのが主流であるからだ。逆に言えば、中立派とそれ以外は仲が悪い。ただ、極楽の部隊と局長直属の部隊は極度に関係が悪いのだ。


極楽の部隊の隊長、副長でもある国分こくぶんは超がつくほどの過激派でもある。しかし局長は国分の部隊が勝手に動くのを事実上禁止しているため、国分の隊はイライラしているのだ。それこそ、局長を排すのを肯定するほどに。


極楽の考えとしては、局長の判断は間違っていないと思っている。国分と同調する部隊が動けば、1ヵ月もかからずこの自治領は直轄地になる。その代わり、自分たちの隊全ての命と引き換えだが。


「別に命が惜しいわけじゃないんだけど、そのあとのことを全く考えてないからねぇ、国分さんは」


極楽は国分の隊の事実上のナンバー2だ。なぜなら国分の隊は極楽と国分しかいないからだが。今すぐには無理でも、少しずつなら説得できると考えている。そんなことを考えながら、極楽は自分の部屋へと帰っていくのだった。

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