第12話 5月10日 率直な感想 (視点:極楽桃花
「逃げなれている」
極楽はそう感じていた。
今まで撃った弾は5発。普通なら、極楽の移動を見ると四方八方に攻撃を放って接近を拒む場合が多いし、実際その対処は間違ってはいない、と極楽自身も思っている。
それを、5発だけでしのいでいるのだ。しかも、
「ま、種明かしはしてるけど、ね……やっぱいいねぇ、圓明、
圓明への万有引力を強め、さらに体重を0に。移動が開始された瞬間、今度は移動とは真逆の方向にある壁との万有引力を強める。しかし、ゆっくりに、だ。
実はこの瞬間移動は非常に繊細だ。
進行方向とは逆への万有引力操作は難しいわけではない。ただ、
こんな技、使うなって言ってくれた奴はいなかったけどね、と思考する極楽
天才と称され、『神童』と呼ばれた。これが極楽についた二つ名だった。
「さぁ、鬼ごっこはそろそろ終わりだね!」
壁への万有引力を急激に強め、瞬間で移動を止める。現れるのは圓明の目の前。
「やっぱそうか……」
ギィン、と金属音。極楽のナイフと、圓明の銃が交差する。極楽はニヤリ、と笑う。
銃というものは防御するものではない。ガンカタとかいう格闘術に混ぜて使うような使い方は本来ではないのだ。つまり、攻撃を受け止める前提で作られていない。
だから、一撃、それも身体強化のかかった重い攻撃を当てれば、撃てなくなるまではいかなくとも、使い続けるのは困難となる。片方、それもおそらくだが利き手であろう右の銃を半分封じたのは大きい。そういう笑いだった。
「ちっ」
舌打ちをしながらバックステップを踏む圓明。逃がさない。引力を強めつつ、さらに地面を蹴って圓明に迫る。が、しかし。
その瞬間、圓明の姿が消える。
「は?」
あらかじめ用意しておいた止まるための引力を強める。後ろを向けば、銃口を向けている圓明が。移動を察して同時に動いたようだ。極楽がいる方向にではあるが。
発砲音。右手の銃から弾丸が。極楽には見えている。しかし、弾はまっすぐには飛んできていない。ギリギリ外れるライン。そう極楽が確信した矢先。
銃弾が曲がり、極楽の右腕を貫いた。
驚愕する。
「やっぱり」
圓明が口を開く。
「どうやって移動を止めているか不思議だった。でも、これで分かった」
そういうなり極楽から離れ始める圓明。
「『
赤黒い光で傷全体を覆う。今回は骨まで砕けているようだ。
これはしばらくかかる、と予想する極楽。
時間を確認する。220分をちょうど切るところだ。
引力操作で圓明を追う。
「それで、何がわかったって?」
「引力操作は何となくだが感じ取れた。ただ、それは一瞬でさらには現れる……高速移動をやめるときにはそれが感じられない。なら、どうやって止まっているか」
ナイフと銃が交差する。間髪入れず蹴りも飛んでくる。極楽は腕で防ぐ。
「きっかけは単純なものだったよ。壁付近で俺がお前を撃った時……その時、その前に撃った二発の銃弾が、地面から浮いた、ように感じた」
さらに蹴りが飛んでくる。極楽はそれをよけ、自分に背を向けた圓明に対し、反撃しようとしたと同時に発砲音を聴く。銃弾は極楽の首筋をかすめた。
「くっ、どこから……!?」
先ほどまで圓明が持っていたはずの銃が、しっぽに。銃の先から煙が出ていることから、そこから放たれたものだと悟る。
「制度が甘い、が、次は当てる!」
銃先が微調整される。狙いは、胴体か!
発砲音と同時に引力操作。移動と同時に停止の引力を操作。銃撃と蹴り、遠近両方に対応できるのは確認済みなので、ちょうどいい蹴りの間合いに入らないぎりぎりで止める。
銃弾のコースから外れる。そして止まるための引力操作をしたとき、弾の軌道が極楽に近づく方向へ。
「やっぱり、間違いない。極楽は移動と停止、どちらにも引力を使っている」
「そういうことね……」
先ほど極楽を貫いた銃弾が曲がったのは引力につられたから。
「種明かししてる以前に、少ない情報から仮説を立て、それを利用した攻撃を行う能力……これが圓明楓の真骨頂かもね」
小声でつぶやきつつ、空中で蹴りとナイフが交差する。心なしか脚力が上がっている気がした。
「……そろそろかな」
極楽の身体強化は防御特化型と呼ばれるもので、強い防御の力を分厚いが重さのない全身鎧のように展開するタイプ。特殊能力は治療。自分以外にも使える、貴重なヒーラーでもある。
代償は特にないが、治療する側の血がある程度必要である。
「このままじゃ分が悪い……」
引力を用いた離脱なら特に問題はないが、急接近はすでにあまり効果がない。すでに圓明は抜き足効果を含めた移動に動じなくなっている。しかも反撃すら行っている。3テンポぐらい遅いし、本気を出していないのもあるが対応が早すぎる。
そして、何故か防御の鎧が働いていない。銃という、ただでさえ強くない武器のはずなのに簡単に防御の鎧を貫通して肉体を貫いていく。
ナイフとブーツが打ち合う。右手の銃はしっぽで持っているが、左手の銃はそのまま、さらに牽制でも撃ってきていない。
しばらく続く打ち合い。ブーツは金属でできているのか、それとも仕込んでいるのかナイフで切れる様子がまるでない。だんだんと打ち合う金属音が大きくなっている。
高速移動。
「っ」
「なっ、ぐふぅ!」
圓明の蹴りが極楽の腹に刺さる。想定外の衝撃に一瞬思考が停止する。その間に蹴り飛ばされた。
だが、すぐさま高速移動。
「はぁ!」
「ぐっ……」
ナイフと苦し紛れの蹴りが交差すると同時に引力操作。
「もろとも落ちろ!」
「断る……おらぁ!」
「ぎっ」
弾き飛ばされる極楽。そして、1発ではない、10は越える発砲音。が、しっぽのほうから、四方八方、とまではいかないまでも、落下のせいか蹴りの後のせいか、弾は極楽に向いているものは1つしかない。それをしのげばまた仕切り直しだろう。
「集まれ!」
叫ぶ圓明。それと同時にすべての弾が極楽に向き、さらに加速するが
「こんなの当たらなっ……!?」
曲がり、そして加速した弾丸全てが極楽首から下全体を穿つ。そして、はじくはずだった最後の1発は、極楽の胸を貫いた。
ドシャドシャ、と落ちる音が2つ。一つは極楽。もう一つは圓明のものだった。背中から落ち、ピクリとも動かない。
「ま…………、…の……しょ…………」
まずい、あの症状は、という言葉さえも言えない。だが、今意識を失うわけにはいかない。
「『
赤黒い光が顔以外の全身を包み、その後収束して人の形をとる。極楽は今、赤黒いライダースーツを着ているような格好になっている。
「大丈夫ですか!」
治療のための人員が入ってくる。今回の訓練は圓明の
「はぁ、はぁ、うちは大丈夫……それよりも、圓明のほうに連れて行ってくれる?」
治療班の一人は戸惑うが、もう一人、40代くらいの男性が極楽を立ち上がらせて肩を貸す。移動の間、男性は戸惑いを隠せないもう一人の治療員に極楽の能力を説明すると、その班員は安どの表情に変わった。
圓明を見る。顔から血の気が引いている、レベルではなく、頬がこけるほど顔面蒼白になっている。このままでは脳への血流が止まるのも時間の問題だ。
「こ、これは?」
戸惑っていた班員が聞いてきた。40代男性は極楽へその質問を目でよこす。
「これは、
圓明の体を見れば、腹が異常に膨らんでいた。極楽は圓明のすぐそばに座り、2人に頼んで腹に衝撃を加えないようにシャツを切り裂いてもらう。案の定、へそあたりが集中的に膨らんでいる。
「おそらくうちの体に穴をあけた弾丸は引力操作によるもののはず。こっちの世界に来て何人かの
ぶつぶつ言いながら分析する。
圓明の体内では、血液と体液が重心に集まっている。感覚的に行う見かけの体重を減らす
極楽はこの状態になったことがないので副次効果はあくまで参考程度だが、ここまでいびつに膨らんだ腹は見たことがない。それほど、圓明の
「今から引力の力を私の力で打ち消してみる。けど、最悪の場合があるから石手さんを」
「その必要はないよ。来たから」
呼んでほしい、という極楽の言葉を遮るように石手がタブレットを手に走ってやってくる。そこで極楽は察した。
「なるほどね。さすがに局長も馬鹿じゃないか」
「ま、当然だよね。保険をかけるのは。とりあえず、大地と空の子供達(インペルフェクツ)の力の解除、よろしくー」
「はいよ」
そういって極楽は圓明のおなかに手を置いた。
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