第7話 5月9日 ヨクアル ジョバン ノ モギセン

「はぁ……」


広い地下の訓練場で、ため息を一つ。


「やっと解放されたと思ったら、これかよ……」


百合香さんのハンドガンをもたされ、対峙するのは石手。漫画とかでよく見る真ん中が空洞で白色の剣をもっている。


「さ、やろうか、楓くん?」


1週間前、意識が急激に消えた後、俺は苦しみ始めたらしい。すぐに麻酔をうち、動かなくなった後調べてみると、骨の一部にひどいダメージと、内臓が傷ついていた、とのこと。それを治療してくれたみたいだが……


「骨はともかく、内臓損傷が1週間で治るかぁ??」


意識は2日で戻ったがすぐ起き上がれるはずもなく、1週間寝ていたせいか体が重い。そんな中模擬戦とか、頭いかれてんじゃないのか?


「あんたの意見なんて聞いてないわよ、このヘタレ!」


「変態の次はヘタレか……なぁ、聞いてもいいか? このあとの話を書こうにもちょっとうまく書けそうにないから、とりあえず戦わせて主人公の隠された力とか勝手に授けられた力を呼び覚ましてそこから次の話を考えようという感じの安直な戦闘は?」


「……ん? え? 楓君は何を言っているのかな……? いやごめん、まじでわかんないんだけど」

あら? 本気で疑問符が浮かんでいるぞ?


「メタいな……何故気づいた、ここがアニメの世界だと」


「ほうほう、金剛よ、わしにはよくわからんのじゃが……ここはアニメの世界じゃったのか。わしの中の人の声はどうじゃ? 渋い感じなのじゃろうか?」


「局長も悪乗りしてんじゃねぇよ……最初に乗っといてあれだが」

あれ? 周りもなんかおかしな方向に話が進んでいる……よし、このまま戦わずにすめば


「甘い」


「っ!」


いつの間にか目の前に石手が。躊躇なく降られた剣の軌道上には、俺の首がっ!


「くぅ!」


何とか腕でガードする。非常に丈夫なパーカーを着ていたので腕は切れない、が。


ふわり

「は?」


「とんでけぇ!」


ギャキィン! と金属音。振り切られた剣に、吹っ飛ばされる俺。なんて力だ。質量はどう考えても俺のほうがあるはずなのに……


「ぐはっ……!?」


体中に衝撃と激痛が走る。壁にぶつかったようだ。


きゃー、というギャラリーの悲鳴なのか黄色い声なのかよくわからない声。


「地面が……」


空中で体制を整え、着地する俺。体に痛みが走る。

あれ? なんで地面が近いとわかったんだろうか? 背中から落ちていたはずなのに。


「っ!」


明確に嫌な予感がした。すぐ前に跳ぶ。銃声のような音とともに、水の塊が着弾する。コンクリートの壁に無数の穴が開いた。こいつ、羽持ちだったのか? 逃げ切れなかったときに気づくべきだった。


「あんなの食らったら死んじゃうんだけど!?」


「死んだらその程度だってことだよ」


周りに水の塊を複数漂わせながら迫る石手。跳躍し、頭上から斬撃が襲う―――そう、見えた。


「はっ……え?」


水の力を使ったのか、身長の何倍も跳躍した石手の下を一直線に駆け抜ける。


「これが猫の……いや、猫又の力かのう?」


「いや、いくら幻や言い伝え系の獣タイプの身体強化と言っても、未来視のようなことはできないはずだぜ? これは予想だが、もう3つ目以降の力が発言してるんじゃないか?」


「猫又の力……?」

金剛の声に反応する俺。


「ああ、あとで教えるさ。今は、戦いに集中したほうがいいぜ」


「……?」


「余裕だねぇ、よそ見なんて!」


背中からの斬撃を見ずによける俺。少し距離をとって石手に向き直り、銃を向ける。

斬撃の後に飛んで来ていた水をすべて撃ち落とす。


「至近距離だけど、この数の水の中心を正確に撃ち抜くなんて……!」


ギャラリーから声が。さも当然のように近づいてくる石手。


「さすが、銃対策はしているか」


「近づけば、銃はただの鉄の塊だよ。鈍器としてなら使えるかもだけど!」

跳んでくるのは刺突。それをブーツで受け、流す。そのまま石手を蹴り上げる俺。

ガキン、と金属音。


「早い……」


流したはずの剣で防がれていた。


「思ったより、重いね」


金属がぶつかり合う音がしばらく響く。しばらくは打ち合ってはいたが、次第に防戦一方になる俺。


「くっ……やはり強い」

距離をとろうと後ろへ跳んでも石手もそれを読んでか距離はとれない。


「ふう……若いもんの戦いは激しいのう」


「それはどちらもスピ―ドが売りだからじゃないか?」


石手が跳躍して切りつけた地面は底が見えないほどの亀裂が走り、水道が破裂したのか水が噴き出しているためパワー系にも見えるが、石手は本来スピード重視である。


「あっ、やっと戻ってきた―。すいません局長。なんか石手さんが戦うって聞いたので来たんですけど、なんかいつもと違いませんか? もっといつもは、がっつり水を使ってドバーンドガーンみたいにダイナミックに戦ってると思うんですけど、物足りないというか……」


「そうじゃのう……何故じゃ、金剛?」


「は? わかってるだろうに……はぁ……あの戦い方は今回の相手には向いてないのさ」


「向いてない?」


「そう。あの水を大量に使う技は、実は石手の剣技とは相性が悪い。水を使い、おおざっぱに剣をふるうのではなく、騎士剣による、素早い斬撃。本来なら水を操るのはほんの少しでいい。だが、それだと大勢との戦いでは不利」


「だから、使わないと?」


「そう。水は剣にまとわせ、なんでも切るために使うのが本来さ。ま、一応今は模擬戦だからそれは使ってないけどな」


「じゃあ、なんでいつもはそう戦っていたんですか?」


「単純に、練習だろうな」


「じゃあ、今も練習すればいいのに……」


「たぶん、それだと圓明には効かないんだろう。おそらくだが、猫又の身体強化能力とは別にほかの力を使っている」


「それは?」


「予想にはなるが、未来視か、最強と言われる、『非』『不』『未』『無』のどれかだろう」


ギャラリーからの声がよく聞こえるなぁ……


「攻められれるのに盗み聞きとは余裕だねぇ!」


剣戟のスピードが上がる。さすがにさばききれない。パーカーのおかげで傷は負っていないが、衝撃は伝わる。


「ぐっ……ふぅー……っ!」

後ろに跳ぶ。そして、意識を上に。


「させないっ!?」

飛び込んできた石手に、蹴りを入れる。浮いたまま3発。


1撃目は剣で防がれたが、2撃目は肩に。3撃目は腹に入る。


「ぐうっ」

少し動きを止めた石手。俺が浮いているので、吹っ飛びはしない。ただ、浮いている俺は反動で後ろに飛ぶ。


銃撃音を2回。


「甘うあっ!?」

一発目は剣に防がれる。しかし二発目はグリップに当たり、握りが甘くなった。


「―――ショット」

3発撃つ。一つは腕、二発目は脚。最後は、胴体。


「ぐあっ!」

脚はかろうじてよけられ、肌を割く程度。腕は当たり。貫通した。そして胴は。肌が裂けた足で踏ん張ったせいか、よろける石手。そのせいで。


最後の銃弾は、急所へと吸い込まれていき―――貫通。


倒れる石手。少なくない血が流れ、池を作っていく。ギャラリーから悲鳴が。


「そ、そこまでじゃ!」


「まじか……これが『至近距離狙撃手ゼロ・スナイパー』の本当の実力なのか。見誤ったぜ」


観客席から飛び降り、石手のそばへ駆け寄る金剛。


「おい、しっかりし……ろ?」


金剛が石手に手を当て、急にこちらに目線を向けた。


「おい、圓明、確かに3発目、貫通したよな?」


「え? そのはずですが……」


あらま、言葉遣いが……


「……何か言うことないのか?」


「ないですよ。まさか3発目が急所に当たるとは思ってぶはっ!?」

思いっきりぶん殴られた。それもグーで。


「確かに、実弾を使えと言い、殺す気で行けといったのはこっちだ。だがな、殺しかけといて謝罪もないのか!」


「いっつつ……これは事故だろ? 何故それで謝る必要がある?」

お、言葉遣いは治った。そこだけに感謝。


「本気で言っているのか!」


「ああ、本気だ」

なぜそんなにキレているのかがわからない。一応銃を向けておく俺。


「あたると思っているのか?」


「思ってないさ。ただ、後ろで寝ている人はよけられるかな?」


「貴様ぁ!」


「挑発に乗るな、金剛! 圓明、お前も銃を下ろせ。金剛、石手の容体は?」


いつもの少し抜けている声ではなく、しっかりとした言葉で局長が言う。


「あ、くっ、それが……腕、胴は貫通しているが、なぜか重要な欠陥や臓器、それに骨はなぜか傷がついていない」


「は? そんなことがあるわけない。確かに貫通したと思ったのに」


「黙っていろ圓明!」


「いや待て。圓明、背中を見せてはもらえんか? 後でいいが」

了解した、という俺。その言葉を背中に、治療を始める金剛と局長。


「足の傷は残しておけ。貫通した部分はどうだ?」


「すでに修復はした。周りの肉を寄せ集めてだが。あとは止血さえすれば……」


「……大丈夫、それはできるよ」

石手の弱弱しい声。


「気が付いたか!」


「ずっと意識はあったよ……圓明を責めないであげて。あの子は、本当に、……わかってないの。なぜ、金剛が怒っているかが」

こちらを向く石手。


「ほんと、つらかったよ……かわいそう」


「!!!」


「なっ!」


聞き終わる前に、引き金を引いていた。

弾は金剛の変形した腕にはじかれる。こいつも羽持ちかよ。


「貴様ぁ! 何の真似だ!」

金剛ではなく、石手を見据える俺。


「同情か? 哀れみか?」

問う。


「確かに俺の今までの俺の生き方は褒められたものじゃない。だが、かわいそうなどと思われるのは、頭にくる。今までの人生を否定されてるみたいでな」


「貴様、それだけのことで撃ったのか!」


「そうだ。お前は今までの自分を否定され、何もせず枕を濡らすだけか? 残念ながら、俺はそうじゃない」


「だからって、殺そうというのか? ふざけてる、いや、墓穴を掘っているに等しい行為だぜ?」


「そうか? 全員死ねば、その墓穴にはそいつらの死体でいっぱいだろうに」

空になったカートリッジを捨て、新たなカートリッジをいれ、弾を込める。


「やめて……」


「石手? まだしゃべるな、傷が開く」


「やめて……謝るから、もうやめて……もう、見てられない」


「だからって、お前は殺されかけてるんだぞ!」


「あなたこそ……金剛に何がわかるのよ!」

叫ぶ石手。そのあと、少し血を吐いた。


「いかん石手。まさか、腹に入った蹴りで傷が入っているのか?」

それを無視し、俺にごめんなさい、という石手。銃を下ろす俺。そして、人差し指を口に当てた。


「わかった……ごめん二人とも、少し寝るか―――」


言い終わる前に、意識が落ちる石手。そして、血の池が消えていく……いや、血液が足の傷から入って戻っていっている……様に見える。


「さて圓明、金剛、ここはわしの顔を立てて納めてもらう。いいな?」


「くっ……わかった」


「了解した」


「さて、圓明、一緒に来てもらおうかのう」


金剛の視線をガン無視し、局長についてそのまま部屋を出た。

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