第4話 5月2日 逃走失敗
「ちょっと跳びすぎた。それに、もう暗い」
そういうと制服の下に来ていたパーカーのフードをかぶる。
海が見え、高層ビルが乱立している。だいぶ再開発が進んだお台場だ。残念ながら夜景は期待できない。電気のついていないビルの間に落ちていく。音もなく着地。
「屋上に……いったほうがいいかな?」
そんな気がした。さすがにひと跳びだと狙撃に対応できないため、ビルとビルとの間でジグザグに飛び移りながら屋上へ向かう。
ビシィ、とビルのガラスにひびが入る。かなり遠くからスナイパーライフルで撃たれたようだ。音は聞こえなかった。
「がっ!」
案の定、屋上に出たとたん肩に強い衝撃が。だが、体には届かない。制服とパーカーは非常に丈夫で弾丸が貫通することはない……たぶん。
「……くれた人に感謝しないとな」
弾を受けた方向を屋上へ続くドアのついている壁の向こう側になる様にする俺。銃弾がコンクリートを穿つ音はもう聞こえてこない。
「たーだ、今日はどこで寝ようか……」
家はだいぶ遠い。ビルの中も入れなくはないが、それは自分を誘拐をたくらむ人間たちも同じこと。
「……とりあえずここで寝るか?」
「それは、2時間は大丈夫だろうな」
「っ!」
知らない声。それとは逆方向にすぐに跳び、隣のビルの屋上へ。
「なるほど、悪くない反応だけど、もうちょっと行き先を考えたほうがいいよ」
着地ポイントには白い剣をもった人影が。
「ちっ、囲まれてるのか……?」
暗くてよくわからない。こういう時、自分の目の悪さに絶望する。コンタクトはしているが、鳥目は治らなかった。気配察知も得意ではない。
着地と同時に人影から距離をとる。銃を手にして。
「うんうん、悪くない身のこなしだね。案外戦いなれてるのかな? 素人だって聞いてたけど」
自分を知っている人物か。これはかなりまずい。十中八九、自分の体の事情も知っているはずだ。
「ほう、何気ない一言から相手の事情を察するか。戦いなれているというよりかは、こういう状況に慣れているといった感じか」
後ろから聞き覚えのある声がする。それと同時に、いやな予感。その場で大きく上に跳躍。下を見れば、今まで自分がいた場所に大きな水たまりが。横から飛んできたのかかなり縦長のそれは、次の瞬間大きな水の塊となってその場で浮く。このままだと水球の中に落ちるのは確実だ。空に向かって意識を向ける俺。
「が、あとは落ちてくるだけ……あ?」
いつの間にか増えた3つ目の人影の口がふさがらない。それもそうだろう。なぜならすでに10秒以上、俺は宙に浮いたままなのだから。
「そんなに簡単には捕まらないさ。なぜならー?」
「なら、叩き落せばいい」
3人目の人影が真上に。今にもこぶしを振り下ろしそう。しかし、何もする必要を感じない。
「嫌な予感がしてるのは、自分の真上じゃないんでね」
「は? 言ってる意味が、分からないな!?」
人影が放ったこぶしは、俺に当たらず空を切る。なぜなら、またスナイパーライフルで撃たれた俺は、弾丸によってはじかれ、遠くに飛んで行ったのだから。
「ぐぅ、逃げられたけど、だいぶ痛い……」
撃たれた背中をさすりながら、今度は意識を地面に向ける俺。ゆっくりとではあるがビルの間をすり抜けながらアスファルトの上に静かに着地する。
だが、いやな予感はまだ続く。今度は真正面から。
「ふっ、これは運がいい。まさか自分の目の前に、最高の獲物が自由落下してく」
目の前に現れた男の眉間を撃ち抜き、すぐに横に跳ぶ。次の瞬間、さっきまでいた地面がハチの巣になった。眉間を撃たれた男の死体はハチの巣を通り越してもはや肉片が少し残っている程度。
「ちっ、容赦なくなってきたな……」
服が丈夫なため致命傷にはなりにくいが、正面から頭に当たれば普通に死ぬし、あの量の弾丸を食らえば痛みで全身が動かなくなる、または意識を失うのは目に見えている。
「しかもよりによって、いやな予感が次から次へと湧いて出るし! がっ!」
今度はわき腹に銃弾が。痛みでうまく走れなくなる。そんなところに。
「おいおい嘘だろ……!!!」
10を超える手榴弾が投げ込まれた。
その手りゅう弾には目もくれず、俺はその場で飛び上がり、背中を地面に向け、意識は空へ向ける。手りゅう弾は地面に転がった後、一斉に爆発した。その爆風で、勢いよく上空へ飛ばされる俺。殺傷能力のある破片は問題ばいが、爆風という乱暴な風のせいで体が重心を中心にしてものすごいスピードで回転している。
そこにさらに、銃弾が撃ち込まれる。それにはじかれ、低めのビルの屋上に回転の勢いそのままに叩き落された。
「がっ……はっ……」
屋上の上で2、3回ほどバウンドした後、勢いを殺しきれず転がる俺。
コンタクトは衝撃で外れたのか視界はぼやけ、口からは血を吐く。衝撃はすさまじく全身が悲鳴を上げており、立ち上がるどころか動けもしない。しかし、気絶はしていない。
しかも、この状況になっても嫌な予感がする。自分の真上から。上空を見ると、見覚えのある球状の水の塊が浮いている。ぼやけているが。
「くそ……動け」
ゆっくりとではあるが、水球が大きくなる。近づいてきているのだろう。
「動け……」
口に出すが、無情にも動かない体。
「……はぁ、ここまでか」
「あきらめ早いね……ま、正直追っかけるのも大変だったから助かるけど」
人影が近くにいるようだが……もうよくわからない。
「せめて、痛くしないでほしいな……」
「悪いけど、それは無理ね」
「血も涙もない……」
目を閉じる。大量が水がかかった感覚と同時に、首の付け根に激しい痛みを感じる。
「っ……!!」
想像以上の痛みに、俺はすぐに意識を手放した。
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