第3話 5月2日 堕ちた翼

「認めません」


その声とともに翼が上から伸び、薬王真百合の弾丸ははじかれた。


「誰なの?」


「答える必要はありません」

斜め上には頭を地面に向け、足を空に向けた女が浮かんでいた。


その女には、二対の大きな翼が生えている。


天使隊レグナーズ……」


「否定します」


「は?」


「私はあれらのようなただの虐殺人間ではありません」


真百合の手が届くくらいの高さまで下りてくる。真百合は警戒を強めた。


「警戒の必要はありません」


「ふざけてるの?」

発砲音。当然、翼で弾ははじかれる。


「……無理もないことを言いました。非常に申し訳ない。ここに謝罪します」

頭を深く下げる女。


「そして許しましょう。今回はあなたはターゲットではありません。発砲も、1発目は私ではなく、2回目は当然の反応です。排除命令も出ていますが、それは私の意思に反します」


「そうなの……でも、排除命令の出ている相手を前にして、後ろを気にしているのはなぜなの? そこには誰もいないのに」


「は?」


「それが甘いと言っているの!」


「っ!」


真百合がトリガーを引く。


「銃は効き―――!?」


激しい光が女の目を焼いた。


「ぐぅっ、あぁ!」


隙を突き、真百合は翼を一翼、根本から日本刀で切り落とした。


女は距離をとる。耳につけている骨伝導タイプのイヤホンから声が聞こえる。


『どうした!? 状況を報告しろ』


「閃光弾で目を焼かれた後、翼を1枚、切り落とされました」


『ターゲットは?』


「見失いました」


『追えるか?』


「問題ありません。多少距離があるようですが、補足は……!?」


『どうした!?』


「補足が……できません……何故?」


『それなら問題ない。翼を失ったことによる一時的な力の消失だ。1分もしないうちに切られた翼が崩壊をはじめ、力が戻ってくるはずだ』


「わかりました。では、追うのを一時中止し、排除命令を受諾します」


『了解した。無いとは思うが、追跡が不可能になった場合、すぐに帰還するように』


「了解しました」

女は3枚の翼を大きく広げる。目はもうしっかりと見えている。


「戦いの最中に会話とは余裕なの」

翼をもった真百合が声を発する。


「私もわかりません。何故、あなたは私が引いたとき、追撃しなかったのですか? もう1,2枚、翼を切ることもできたでしょうに」


「目的を、果たしたからなの」


「目的? それは」


「見てればわかるの」


「……?」


1分はまだ立っていない。しかし、切り落とされた翼の崩壊は全く始まっていない。そして。


「くっ……」


真百合が動いた。手に持っていた翼を、食べ始めた。


「なにを、しているので……!?」

女は感じる。力の回復がさらに鈍化したことを。


「やめなさい!」


「もう、遅いの!」


真百合の周りから、爆炎が吹き上がる。


「ぐあっ!」


女はそれに一瞬のまれ、すぐに脱出する。


「このあたりに水は……ない、ですか。ならば!」

女は周りの空気を集め、体の周りを覆う。これなら、目の前の爆炎を通過できる。熱は炎を抜けた後、すぐ霧散させれば問題ない。


結果から言えば、それは成功した。だが、炎を抜け、空気を霧散させた直後、爆炎は消えのだ。


「これが、翼の力なの……」


「……まさか、ありえない」


真百合の背中に、金属のような光沢をもつ丸い物が浮いている。そこから、炎が翼のように吹き出し、片翼を成していた。


「文献である通り、です。まさに、翼を体に持たぬ、堕天使」


「へぇ、堕天使って体から翼が離れてるの……今のあなたと違って」


「ええ、そうです。ただ一人、例外がいたようですが」


「そうなの。あんまり興味ないけどね。さて、僕の目的は達したの。もしあなたが僕を追わないのなら、私はここで引くの。圓明えんみょうかえでを追えばいいの」


「許しません。私は排除命令を受諾しました。そしてあなたは、今後我らの障害になると予想されます」


「そう、なの……なら!」


「あなたを排除します」


言葉と同時に、雷が走る。それを、真百合は爆炎で防ぐ。


「ちっ」

舌打ちをする女。


「…………」

いつの間にか女の目の前に移動した真百合がこぶしをふるう。それを女は翼で防ぐ。


「くぅう……痛いの……さすがに、出し惜しみはしてられないみたいなの」


そういうと、真百合は上着のボタンをはずし、シャツの下のさらしをはずす。


「防御を捨てるとは。浅はかな」

目に見えるほどの暴風を浴びせかける。それを真百合は紙一重でかわし、女に接近を試みる。


「させません」

ほとばしる雷。逃げ道は暴風でふさがれている。


不効きかず

直撃する。が、真百合は足を止めず、皮膚もただれてはいない。


「なっ!」


「この程度で動揺するの。やっぱり……はぁ!」

もう一度こぶしをふるう。今度は翼は間に合わない。


女はこぶしを、腕を交差し受け止めた。


はずだった。


ゴギン、という音が2本の腕から鳴らなければ。


「ぐっ、あああああああああああ!?」

絶叫を上げ、頭から地面に落ちる。


「さぁ、かかってくるなら来るの。腕、直せるなら直してもいいの。待っててあげるから」


「なめ、ないで、ください!」


襲い来る翼。しかし、一薙ぎで地面をえぐり、人をばらばらにできるほどの風を起こすそれは真百合に当たらない。


「やっぱり、戦闘慣れしてないの。たぶん、翼の力に頼りすぎたの。それに、負けたこともないの。痛みで冷静な判断もできていないの」


「……く、そがぁ!」


雷、風、そして炎が真百合を襲う。


「はぁ……不効きかず


全ての攻撃は真百合に当たる。が、真百合は膝すらつかず、女を見据える。

翼が襲う。それを、真百合は受け止める。


「これほど莫大な力があるのに、まともに使えてないの。それなら、もらうの」


力を込めて翼を引く。なぜか大きくなった真百合の胸が揺れる。

ぶちぶちと音を立て、根元から翼は引きはがれる。


「血はでないのね」


「はぁ、はぁ」


女は立ち上がる。地面に足をつけて。


『もういい、引け! これ以上は、こちらに戻ってこれなくなるぞ!』


「あなたを、排除、します……いえ、やらせてください!」

歯を食いしばり、女は命令を拒否する。


『どうしてそこまでする!』


「私が、空にいるには、それしかないのです……あなたもわかっているでしょう!」


『くっ……回収班、準備を』


「長官!」


『黙れ! 今、お前を失うわけにはいかんのだ!』


「……わかりました。あと10分で、排除します」


『っ、回収班、急げ!』


「大変そうなの。10分、か。私を殺せるとでも?」


女に向かう真百合。


「そう来ると、思っていました」


「ぬかせ、なの」

渾身のこぶしは女のみぞおちを正確にとらえる。


「ぐぅ……なめるな!」

その腕に、翼が巻き付いた。


「へぇ、悪くないの。でも」


「ええ、そうでしょう。このまま力比べをしたら、また私は翼を失います。しかし、これならあなたが雷を防ぐこともできないでしょう!」


「っ!? まさ―――」


「くたばれぇ!」

女もろとも、今までとは比較にならない電撃が降り注ぐ。女の攻撃は5分間にも及んだ。


雷が降りやみ、女は2、3歩よろよろと後ずさる。周りは煙で充満しており何も見えない。


「はぁ、はぁ……遺体は、消し飛びましたか。……任務達成で」


「残念なのね」


「す……!?」


煙の向こうには、炎の堕天した翼を有する排除対象が、傷一つなく立っていた。


「雷を操る以上、電撃に対する耐性があることくらい予想できるの。まさか、僕が何も対策もせず馬鹿正直に肉弾戦を挑んだとでも思ったの?」


「ばか、な……」


「ま、しばらくは使えそうにないの。ここまで私を追い詰めたご褒美に、今までは諸事情でできなかった技を見せてあげるの」

そういうと、真百合の右手に莫大な量の炎が集まる。


「さすがに2枚目の翼は消し飛んじゃったけど、しょうがないの。……炎剣―――」

右手に集まった炎が、剣の形をとった。


「―――レーヴァテイン」


真百合が剣を振りぬくと、膨大な量の炎が女を襲った。

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