第2話 5月2日 夕日と

暗闇の中でも明るい建物。中では轟音と、たばこの煙が蔓延している。そんな建物の中から出てくる俺。


「ふぅ、いい時間つぶしだったなぁ……2万も勝てた」


ちょうど花束分だ。ここで得たぼろい札ではなく学校で受け取ったピン札で払うつもりではあるが。


そこから少し歩くと、俺行きつけの花屋がある。しかしながら、外観は完全に個人の喫茶店。

扉を開いても、普通の喫茶店なのは変わりない。


「あら、かえでちゃん、ちょうど準備できたところだよ」

店の奥から女性のマスターが百合の花束を抱えて出てきた。


「そうですか。ありがとうございます」

そういって2万円を出す。ここのマスターは花を買う相手のことをなぜかちゃん付けで呼ぶ。


「このご時世、花を買う機会はかなり増えたけど……その辺で売ってる花は基本まがい物だからねぇ」


「そうですね。だから重宝させてもらってますよ、マスター」


ほかの花屋で売っている花は、オムニアが作った人工の花。確かに生花とそん色ないが、そもそも細胞ではなく成分を押し固めて作ったようなもので腐りもしない。それを嫌がる人は一定数いる。俺もその一人。理由は別にあるのだが。


「はい、ちょうどもらったよ。ほら、持っていきな」


「どーもです。ではまた」


「今後ともごひいきに」


大きな花束を抱え、目的の場所に行く。


3年前、大きな事件が起きた。


実は5月2日はオムニアの建国日に当たる。3年前の5月2日はちょうどオムニアから大使が来ており、大規模な建国記念式典が行われ、大勢の人が大使の演説を聞いていた。その中に、俺と前の両親がいた。


そんな時だった。いきなり、背後から銃弾の嵐が叩き込まれたのだ。襲撃犯は、自治区で反オムニアを訴えていた団体。だが、団体自身はそこまで過激ではなかった。問題は、勢力拡大のために元暴力団を引き入れたことだ。


その暴力団が暴走したのだ。集会に来ているものは全て敵だと。それなら、殺すしかないと。


大使は自らの力で大事なかったらしいが、基本的には何の力も持たない普通の人の被害は甚大で生き残ったのは集会に来ていた1割程度だった。群衆を囲うように銃が乱射されたうえ、集会の中からも銃乱射が起こった。


正直、自分が生き残れたのは逃げ惑う人々に押し倒された後、撃たれた人の亡骸に覆われたからだ。押し倒されたときに気を失い、気づいたときは夕方。大量の死体があかく染まっていた。首のない死体や内臓をぶちまけた死体を見て、だいぶ吐いた記憶がある。


だが、それは今では些細なことだと思える。


「なんせそのあと、人を殺してるんだから」


3年前の事件は次の日、オムニア直属の軍隊が出動し、実行犯は即射殺、団体の幹部は逮捕、襲撃にかかわっていなかった者はすぐに解放されたが、世間の目は厳しく、普通の生活はほぼ送れなくなった。殺された者もいるらしい。


そして、5月2日は建国の日と同時に自治区では慰霊の日ともなった。この時期、食になるのは慰霊のため、皆が喪に服すために、自治区側が要請して行われるもの。襲撃は昼頃行われたので昼前後で自治区長やオムニアの大使の演説や、慰霊のイベントが行われる。だから、生徒のほとんどが休んでいた。

襲撃された者の生き残りである俺も休むべきなのかもしれないが、死んだ義理の両親なんぞどうでもよいため、イベントには参加していない。


ただ、夕方ごろに用事がある。ちょうど夕日が差し始める時間に。


イベントが行われる慰霊碑から離れた場所にある、一本の木。

その根元に、立方体の石が突き刺さっている。


「今年も来ましたよ。百合香ゆりかさん」

そういって花束を置く。ちょうど夕日が差し始めたとき、それに火をつけた。それが百合香……3年前、俺が殺した人の頼みだった。粗末でいいから木のそばに墓を作り、命日にはユリの花束を、墓の前で燃やしてくれと。


そしてもう2つ、一つは、それを5年、続けてくれと言われていた。今年で3年目。


「いつになっても、忘れられないな……」

3年前、銃で心臓を撃ったあとの、百合香さんの最期の言葉が。


「なんで、あんなことを言ったのか……今になってもわからないな」

ありふれた言葉だが、何故か忘れることができない。場違いな言葉だったからかもしれない。


花束が燃え尽きる。人工花だと、そもそも燃えない。1回忌の前日に実験して人工花が燃えないと知ったときは、本当に焦った。ネット様様である。


持ってきていた水筒から水をかけ、火を完全に消す。そのあと、立方体の墓にも水をかけ、1年間の汚れを落とす。一応、月命日には来ているのだが、さすがに毎月やっていると怪しまれるため、やっていない。


そして夕日が完全に沈むまで、墓の前で立っている。百合香さんから渡された銃を持ちながら。


「この銃を見るのは……1年ぶり、か」

今年は銃を抜く機会がなかった。それまでは、今の両親の事情と、個人的な問題もあり、抜くことは多々あった。自己防衛や個人的事情のために殺した人数は両手両足では数えられないほど増えた。父親から戦い方を教わってはいたが、そういう時に限って戦闘用のブーツを履いておらず、銃に頼ることが多かった。


今日はその戦闘用のブーツを履いている。


「ま、正装なんて言ったら笑われそうな格好ではあるが……」

制服にひざ下まで覆っている戦闘用ブーツ。正装……ということにしておこう。

そんなことを考えている時だった。後ろから、人の足音が。


「……なんで」


その声にハッとする俺。


「なんで圓明が、ここにいるの!?」


振り返るとそこには、金のやり取りをした女子が。金髪のセミロングの髪が、夕日のせいか紅色に染まっている様に見える。

銃ではなく、刀をこちらに突き付けていた。もちろん、逆の手に銃も持っているが。


「なんでと言われても……それに、なんでそんなに驚くのか、俺にはわからない」


「……そ、それもそうなの」

ちょっとそこをどいてくれるの? と言われる。

しばらく墓の前で手を合わせた後、言葉を。

「ここ、だれのお墓か知ってるの?」


「……墓?」

あえて疑問形で返す俺。


「ここは僕、薬王やくおう真百合まゆりの姉、薬王百合香が眠っているの」


「へぇ、そんな名前だったのか……ああぅ、お前な、お前。真百合さん」


「なんで姉さんの名前を知ってるの?」


「教えてもらったんだ。君が殺す最初の人間だ、とか言って」


「ふうん、さすが姉さんらしい……でも、嘘はよくないの」

こちらに向き直り、今度は銃を向けてくる真百合。


「姉さんがあんたみたいな素人に殺されるはずがないの」


「…………」

答えない。だが、心の中で思う。姉妹とは、やはり互い同士をここまで理解しているものか、と。

「一字一句同じとは……恐れ入りますよ、百合香さん」

ぼそっ と言う俺。


「じゃあ、本当のことを言ってくれるの?」


真百合には聞こえなかったようだ。よかった。


「さっき言っただろ。なぜもう一度言わなきゃならない。殺して埋めたんだっ……!?」


ゾワリ、と寒気を感じた。目の前ではなく、上から・・・


「だから、言ったの。嘘をつくなと!」

発砲音。


「認めません」


しかし、弾は俺に当たらない。その代わり、大きな翼が眼前に。


それを確認した俺は、渾身の力を込めて後ろへ跳んだ。

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