第1話 5月2日 食の日

現在時刻は午後2時。いつもなら強い日差しが降り注いでいるはずだが、ゴールデンウィークの中日、5月2日は日の光は降り注がない。夜と見間違うほどの暗闇だ。

それもそのはず。今日はしょくの日。天空には、巨大な鉄板、と言っていいのかはわからないが、金属の板がこの自治区全体を覆っている。俺が生まれて1年ほどまで日本と呼ばれていたこの自治区の大型連休中は1日中、日の光が届かなくなってしまった。


天空の国、オムニア。それがこの世界で初めて、世界の国を完全に支配下に置いた。

歴史の授業の冒頭で、必ず習うこの事実。


今は歴史の授業中で、近代史にやっと入る。つまり、この国がなぜ作られ、そして世界征服を成し遂げた事実を学んでいくのだが……

「さすがにこれは連休明けにしようかね」

男性教師はそういい、教室全体を見回す。


それもそのはずだ。今日の出席率は全体の2割。すなわち、教室には俺を含め7名しかいない。

ちょうど授業終了の鐘がなる。


「号令は…えー、すまん、圓明えんみょう、頼んだ」


「きりーつ、きをつけれー」

だらしなく頭を下げる7人。


「では、気を付けて式場に向かうものは行くように」

手短にそういうといつもより早めに教室を出る先生。自分を除く6人も足早に出て行った。


俺はというと、特に帰るわけでもなく席に着いたまま、スマホを取り出す。


「14時10分か……あと2時間くらいか」

食の日といっても完全に日の光が差さないわけではない。朝と夕方、短い時間だけ朝焼けまたは夕焼けが見える。それまでに行く場所があるのだが、その場所に行くにはまだ早すぎる。それに、ほかの要件もある。


「……と思ってる矢先、来たか」

廊下から聞こえてくる走ってくる足音。自分はカバンから茶封筒を取り出す。それも、だいぶ膨らんだそれを。


バンッ、と勢いよく開かれる扉。


「はぁ、遅れて、ごめんなの……聞いてよ圓明! くっそあの腐教師ふきょうし、授業終盤でBLの話始めたの! 出席が僕しかいないからってさぁ! 僕腐ってないのに!」


「はは、それは災難だったね」


「笑い事じゃないの! 僕は腐りたくないの! でもあの教師、僕に同じ匂いがするとか言って本進めてくるの! そしていつも思うの……男同士がまぐわう描写の気色悪さにはついていけないって……」

肩を抱いて身震いする女子。名前は、知らない。


「でも、ちゃんと読んでるんだ。えらいじゃん」


「っ! ぐはぁ!」

おっと、思ったよりダメージが入ったようだ。こちらをにらんでくる。

「そうなの、読まなきゃいけないの……あいつ、入れ墨持ってるから僕の家をのぞいてくるの……」


「完全にストーカーじゃん、訴えれば?」


「そんなお金あったらもっと有意義なことに使いたいの。それに、ストーリー自体は割と面白かったりするの」


「毒されてんな、腐るぞ?」


「腐らないの!」


「かけてもいい。このままだとおまえは腐る。高校卒業までに」


「そんなことないの!」

顔を真っ赤にしてキレている。が、童顔であり整っているので割とかわいい。


「で? 走ってきたってことは、お前も急いでるんじゃないのか?」


「あ、そうだったの。まずはこれ」

渡される茶封筒。中身は紙の札束。


「割と多いな……いつのレート?」


「先週なの。ちょっと供給量が足りなくなってたみたいで、上がってたの。おかげで割と今金銭的には余裕なの」


「へー、じゃあ飲み物あとでおごってよ」


「ん、この後次第だから、明日以降でいいの?」


「いいよ、約束だぞ?」


「わかってるの」


明日から連休。これは、連休中に忘れることにしておごりはなさそうだ。


「じゃ、これ」


「へへ、いつもどうもなの……?」

茶封筒を受け取るなり封筒から札束を。紙ではなく、不思議な金属の糸で編まれたもの。少なくとも、地上の人間が作れるものではない。


「これは、どういうことなの?」


「はい?」


「答えろなの!」

バガン、と音を立て、自分の机が真っ二つに。


真っ二つにしたのは目の前の女子。踏み付けだけで金属すら叩き割るとは。それに、めくれ上がったスカートから見える脚には刺青が。下着は見えなかった。短パンをはいていたからだが、かわいくはあれど名前も知らない女子の下着など、見るだけで萎える。


胸ぐらをつかまれ、無理やり立たせれる俺。多少の修羅場は越えてきたつもりだったが、やはり目の前で命の危機にさらされると目の前の状況を理解するので精いっぱいだ。


「なんなのこの額は。ちょうど3か月分なの」


「あ、ああ、その通りだが……何か?」


舌打ちをする女子。怒りの表情は消えないが胸ぐらから手を放す。椅子には座れず、床にしりもちを。地味に痛い。


「今後のために教えといてあげるの。給与や賞与の3つ分は、僕たちの世界じゃ解雇を意味するの。それと、これに文句があるなら渡したものを殺し、異議申し立てを認めるの」


「そ、そんな意味が……」


「知らなかったのね。そんな気はしてたから、今回はこのまま解雇されてあげるの」

「ちょっと待ってくれ。別に解雇するため、いや、縁を切るために3か月分を渡したわけじゃないんだ」


「そんな言い訳は腐るほど聞いてきたの。……ただ、圓明は素人みたいだから、理由を聞いてあげるの」

ハンドガンを取り出しながら、そういう女子。銃はしまっていただきたいものだが。


「はぁ……前払いですよ、前払い」

座りなおしながら言う。直感だが、銃を向けられる気がした。


「殺していいのかな? すべて死にたくない雇い主から聞いたいいわけなの」


思った通り銃を向けてくる。ただ、撃たれる気がしない・・・・・・・・・


「昨日から両親が長期出張に出てましてね。その間の小遣いの前払いとして3か月分、渡されたんですよ」


「……証拠はあるの?」


「ない。証明しろと言われれば、今日から3か月、一緒に暮らしてもらわないと。性癖の変更を覚悟して、ね」

女子の目を見る俺。


「ふふ、あははははは、はぁ……面白いの、銃を向けられて、そこまでいつも通りの口調で喋れるなんて」


「まぁ、仮にもちょうど3年前の事件で生き残ってるし」


「……!?初耳なの」


あら? 反応が予想外だ。キレてから今までの言動で裏の世界、という場所ではかなりの実力者だと思っていたのだが……銃を急いでしまい、怒りの表情から一変、申し訳なさそうな表情に。


「あ、あの、ごめんなの……もしかしてだけど、両親って……もしかして」


「思ってる通り、書類上だけの親。まぁ、3年まえに死んだ人物よりは感謝はしているけど」


「え?」


「できれば理由は言いたくない。裏の世界、みたいなところで生きているなら、察してほしい」


「わ、分かったの……」


……なんともやりにくい。今までの勢いはなんだったのだろう。ここまで素直になられるとどうすればいいのかわからない。


「あー、えーっと、換金した分の支払いはお前に一任する。全額連休明けに渡してくれてもいいし、分割でもいいから……」


立ち去るのが一番と判断する俺。真っ二つにされた机にかけておいたカバンを回収し、教室を出る。


「え、圓明」


「ん?」


扉の所で声をかける女子。


「あの、その……ごめんなさい」


「……?」

意味が分からない……机のことだろうか?

取り合えず手で返事をし、学校を後にする。しかし、

「やっぱり少し早すぎる」

金のやり取りの後、もう少し教室でゆっくりする予定だった。


「しかしながら、金ならある。……久しぶりに行くか」

へへ、とだらしなく笑う。周りから見れば気色悪い奴だと思われるのは間違いない。が、周りは真っ暗。街灯がついていない道で、周りに人もいない。

今日は勝てる、と直感がささやいている……気がする。


「行くか、パチンコ屋へ!」

ただのパチカス高校生が暗闇の中に消えていった。

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