第2話   幹太のみた夢


幹太の夢は、朝起きてからの出来事から始まる。

まず、起きる。

そして顔を洗う。

女房に「行って来らあー。」

と道具を持って仕事を頼まれている大店の裏戸をくぐり抜け、庭の中へ入る。

高さ10丈(約30m)もある松の古木に梯子を立て、登り、剪定バサミで松の葉をすいすいと刈り取る。


「昼を過ぎた辺りにモヨウして来ましてね」

「何を?」

「つまり、なんと言おうか、“ふぇーしーず”・・なんですが」

「そんなこと、いちいち言わなくとも。厠にでも行って用を足せば良いでは 

 ないか・・」

「へえ、そうなんですが、何せ10丈の松の木から降りて、厠へ行った後、また 

 登ると言うのが億劫(おっくう)になりましてね」

「でも、夢の出来事なのだろう。それでも億劫なのか?」

「へえ、もともと面倒くせぇのが、でえ嫌いな性質(たち)でして。そんなわけで    

 松の木の幹にしがみ付きながら、“ふぇーしーず”をしたのですが・・」

「・・汚いねえ。下品だねえ。大店の御主人にでも見つかったらどうする?」

「それは、大丈夫。こんもりと松の木の枝に葉が付いてますんで、ちょっとや 

 そっとでは分かりっこありやせん。・・・それよか、松の葉がちくちくと

 尻(ケツ)に当たる事が少々難儀で、まあ、アッシのようなプロになれば

 上手くできますが・・。

 で、その時のウンコ、あ、いや、“ふぇーしーず”ですがね、驚くことにまん丸

 で、ピンポン玉か、ミートボールか、おだんごのようで」

「お前は器用な男だなあ。・・・10丈もある松の木の上で用を足すばかりか、

 まん丸の形を作るとは・・・」

「自然に出たもので別に特に苦労して作ったわけでは、ありゃしませんですが、

 アッシは、自分でもその形の見事さにびっくりしまして、これは女房に見せて

 やらなきゃと思い、手ぬぐいに仕舞い込もうと思った矢先・・・大通りに面した

 団子屋の手前をノシノシと歩いているゼンコウを見つけましてね・・」

「誰だい?そのゼンコウというのは・・」

「へえ、佐倉善之助(さくらぜんのすけ)と言いまして、アッシの餓鬼の時分から

 知っている面白い奴で・・。

 身体は弁慶のように貫禄があり、剣術にも長けてはいるが、気持ちは蟻のように

 小さな奴でして、全く・・。

 侍の息子ながらアッシら町人にもカラカワレル始末。ここ十数年ばかりは見か

 けることが無く、どこへ行ったかと思っていましたが・・」

「で、その善之助を見つけた後は、どうしたのだ?」

「こいつは、面白いってんで、手ぬぐいの中に丸く硬いアッシの例のものを入れ

 て、手ぬぐいの両端を掴んで投げ縄を投げるように手でぐるぐると廻し、そして

 勢いが付いたところで片方の手ぬぐいの端を離し、善候めがけて思いっきり

 投げたんですわ」

「ん、なるほど。遠心力を利用したのだな・・で、その後は?」

「へえ、上手くゼンコウの方に真っ直ぐ飛んでいきましてね。

 おっ!顔に当たる!と、思った瞬間、ゼンコウがひらりと刀を抜き、さっと

 アッシの作品を真二つに斬ってしまったんですわ」

「ほう、その善之助とやらは、なかなかの剣の達人ではないか・・・」

「ところがですよ、先生。・・・ちょうどゼンコウの後ろを歩いていた年の頃

 十五かそこいらのお嬢ちゃんの前髪と袖の一部も斬ってしまったから、大変だ」

「え!怪我は?」

「へえ、怪我はしませんでしたが、そのお嬢ちゃんびっくりこいて尻餅ついて泣い

 てしまい、今度は団子屋で団子食べている町人が、ゼンコウの胸倉を掴んで

 “何の恨みがあるんだい”ってゼンコウに詰め寄り、話を聞くと今、団子を食べ

 ようと思って口を開いたところにアッシのオリジナルの団子の片方が入り、もう

 片方は、茶の中に上手く納まったみたいで、これを奇跡と呼ばず、なんと呼ぼう」

「おいおい」

「そんでもって多くの人も集ってきて、ゼンコウはお嬢ちゃんと団子屋の客に土下

 座して謝り、今年のお笑い大賞にノミネートされるかなと思うくらいの面白い

 出来事になりましたんで」

「なりましたんで、と言っても原因を作ったのは幹太、お前ではないか!」

「へえ、それでアッシも怖くなり、松の木の枝に隠れて一部始終を見てたん

 すが、・・ゼンコウが “丸い団子の様な物が突然向こうから飛んできた”

 と、こちらを指で差すので、・・・こりゃまずいと思い、‘かぁーかぁー’と

 カラスの鳴きまねをしましたら、ちょうどカラスが二三羽飛んできて、その行方

 を皆が見ている隙にさっと梯子から降り、一目散に家に逃げて来たわけなんで」

「それからどうした?」

「家に入り、戸締りをしたら、女房が、あら、今日は早いのね。お風呂?

 おビール?それともワ・タ・シ?とか、ぬかしまして。

 “今から寝るから誰か訪ねてきてもいないと言え” と言って、布団を被り暫らく

 寝ると目が覚めて、“あっ、今までの出来事は、夢だったのか、”と夢から醒めて

 しまうわけです」

「・・・つまり、お前の夢と言うのは、朝起きてから寝るまでを夢に見て、その夢

 の中で寝て起きたら夢から醒めるということかな?」

「お察しの通りで・・・」

「ん~、これは、ちと難儀であるな・・・」

「と言うと先生でも分かりませんか?」

「いやそうではない。何事も学問を積んでいけば解けないものは無い。半月、

 いや10日もあれば調べて上げ、正しい答えを出すことが出来るだろう。十日後に

 またここへ来てくれ。それで良いか?」

「へい、アッシはそれでようでがす」

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