異世界に転生するまでのあれやこれ 過去1
俺の名は加藤元紀。
もともとは地球で生まれそだったごく平凡な男である。
夫婦そろって市役所に勤めるお堅い両親の元でなに不自由なく育ち、大学卒業後は親と同じように役所に就職した。
ここまでは、俺の人生はそこそこ順調だったのだ。
しかし就職してから3年後、俺はあろうことか役者の夢を目指して一念発起。仕事をやめ、小劇団に入団した。
今思えば、あれは遅れてきた反抗期だったのだろう。
『いい子』でしかない自分を変えたくて、別の人間になりたくて、俺は役者になろうと決意した。
役者は、舞台の上では別の人間になれるから。
当然、親にはキレられた。20代も半ばになってなにをやってやがると。
実家にいられなくなった俺は家を出て、人生初の一人暮らしを開始した。
それからの日々は、まあつらかった。
俺の入ったアングラ劇団は、とにかく金がなかった。
メンバーみんなでバイトをかけもちしても、演出さんを呼ぶ金さえ捻出できず、舞台ではチープなシュール劇しか上演することができなかった。
当然、そんな劇団に集客力があるはずもない。
拠点としていた新宿地下の劇場は、いつも客席ががら空きだった。
それでも、俺は楽しかった。
今までは『いい子』でしかなかった俺が、舞台の上ではまったく別の人間になれるのだ。
プロ野球選手の役、チンピラの役、教師の役――俺はいろいろな人間になった。
満足していた。楽しかった。このままでもいいと思った。
しかし、バイトと稽古で睡眠時間もろくにとれない日々は、俺の体を蝕んでいたらしい。
俺は舞台の上演最終日にパタンと倒れ――この世界にやってきていた。
死んで、別世界に転生したのだ。
俺は気が付くと、この世界のヒューマンの街『クーラ』に立っていた。
中世風の街並みを見た時は悪質なドッキリかと思ったが、生前地球で異世界転生もののネット小説をよく読んでいたので、「ああ、これが転生ってやつか」とそう苦労することなく理解することができた。
転生したとわかった俺は、さっそく自分のステータスやスキルを確認しようと思った。
異世界に転生したものには、なにか強大な力が付与されているのがお約束である。絶対俺にもなにかあるはずだ――。
まず肉体的戦闘力を知るためにそこらの木や石を殴ってみたが、こぶしが痛くなるだけで、破壊することはできなかった。物理破壊能力ではないらしい。
速く走れたり高くジャンプできないか試してみたが、そういう力もなかった。
次に、手のひらから炎や氷が出てこないか念じてみたが、ピクリともしなかった。この世界自体には魔法は存在するようだったが、俺にそれを使える気配はない。
他にもいろいろためしてみたが、俺には特になんの力も備わってはいないようだった。
おいおいまさか等身大で転生させられたわけじゃねえだろうな、女神なにやってんの、と俺はお空の上の女神さまに毒づいた。
いや、俺を転生させたのが女神かどうかは定かではないが。
落ち込んで疲れ切った俺は街を囲む城壁に背中を預け、ぼんやりと街を歩く人々を眺めた。
両脇に商店の立ち並ぶ道を、人々が行きかっている。
みんな忙しそうだが幸せそうだ。
親と手をつないで歩く子供の姿が目にとまった。
父親の手をぎゅっと握る彼は、幸せそうな笑顔を浮かべている。
ああいいな、と俺は思った。
何の不安もなく、無邪気に笑える彼がうらやましかった。
俺もあんな風に安心したい。
あの子になりたい――。
「――――」
とたん、俺の体がどくんと脈打った。
体が泡のように霧散し――すぐに再構成される。
気が付くと、俺の体はずいぶん変わってしまっていた。
手のひらが小さくなっており、身長もずいぶん低くなっていた。
なにがなんだかわからず、街を流れる川にわが身を映してみると、そこには先ほど目の前を歩いていった子供の姿があった。
どうやら俺はあの子の姿に変身してしまったらしい。顔つきも体つきもそっくりで、服まで同じだ。
「これが……俺のスキルか?」
それから俺は何度も実験してみた。
道行く人を見つめ、先ほどと同じように、「あの人になりたい」と強く念じるのだ。
すると、同じように俺は変身した。何度でも変身できた。
「すげえ……!」
地球で役者をやっていた俺に、女神さまは最高のスキルをプレゼントしてくれたらしい。
俺はどんな人にでも変身できるこのスキルを、『ミラー』と名付けることにした。
俺は決意した。
このスキルをうまく使って、なんとか生き抜くのだと。
いや生き抜くだけじゃない、どうせなら英雄になってやろうと!
この街には人間しかいないようだが、きっとこの世界にもゴブリンやオークといった悪い種族がいるだろう。
そいつらを殺して英雄になってやる!
――この時はまだ、そう思っていた。
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