三匹の黒豚
ここで逢ったが百年目——実際は七年だが、そんなニッポンの定型句が脳裏をよぎる。
「——勝てないっ、みんな逃げろっ!」
金髪碧眼黒メイドのシュコニは全長3メートルを超す
〈——
「——コンブ!?」
黒豚は断首を狙った鋭い斬撃を繰り出し、回避しようとしたが間に合わなかった。HPが消費され、青白い光の壁が——1日3回の「絶対防御」が俺の命を守ってくれて、
「……ッの野郎!」
〈——火炎魔術:癇癪玉——〉〈——火炎魔術:癇癪玉——〉
〈——火炎魔術:癇癪玉——〉〈——火炎魔術:癇癪玉——〉
HPは発動後数秒間は消えない。俺はHPの壁があるうちに〈無詠唱〉の火炎Lv3を連打し、豚の全身が炎に包まれたが、あまり効いてはいなかった。ゼロ歳の時点で知ってはいたが、豚は特防が高い。俺は〈無詠唱〉を使いつつ、さらにLv5の〈火炎〉を詠唱し始めた。
「——じゃあな!」
青い壁が消えると同時に詠唱が完了する。
〈——火炎魔術:
火炎Lv5の〈煙幕〉は、俺が待ち望んでいた〈斥候系〉のスキルだった。本職たる〈怪盗術〉と違って〈煙幕〉というスキルを使ったこと自体は相手に知られてしまうが、以降、俺を包む煙が俺のスキルを隠してくれる。
(うっわ……これが母さんやミケが毎日体験してる世界か。斥候職って実はチートじゃねえの?)
全身が煙に包まれた瞬間、俺が〈ひのきのぼう〉で繰り出すほとんど全部の技が命中するようになった。
〈——
〈——骸細剣術:小手——〉
〈——骸細剣術:胴——〉
繰り出すスキルが面白いように命中したが、相手の攻撃は煙に阻まれ俺に当たらない。豚は悔しげに吠え、全身に炎をまといながら滅茶苦茶に棍棒を振り、スキルを乱発した。
〈——
黒豚からのスキル表示が視界の端に踊ったが、以前アクシノに聞いた話では、テロップのようなこの表示は冒険の女神ニケが冒険者のために表示している一種の〈神託〉だ。そして俺は、神々からの〈神託〉をじっくり理解するためのスキル、〈拝聴〉を持っていた。
黒豚は俺の〈ひのきのぼう〉を自分の棍棒ですくい上げて無力化させようとしたが、残念だったな。俺はおまえの使おうとしているスキルが見えるが、おまえは俺が使うスキルを見ることができないし、スキル表示を読んで、それから避けるくらいは余裕で可能だ。鑑定連打ほど柔軟性は無いが、〈拝聴〉も充分にヤバいスキルだね。
このスキルはミケに〈教師〉を発動し模擬戦をするようになってすぐ、邪神ファレシラが俺と子猫に与えたスキルなのだが、使い勝手が〈思考加速〉に似ている。叡智は鑑定してもしらばっくれるけど、邪神がメール経由で付与してくる〈思考加速〉って、実は拝聴の先にあるスキルなんじゃないかな。
黒オークの
(おいおい、その技はもう知ってるぜ、黒豚……?)
ところで、俺は〈木刀〉のつもりで〈ひのきのぼう〉を鍛えてきたが、人々にスキルを与える神々の解釈は違うらしい。
〈——
煙幕の中、覚えたばかりの〈杖術〉スキルを発動してみた。ステータス欄の〈夢想流〉に鑑定をかけると動きについて解説が神託され、言われた通りに〈ひのきのぼう〉を動かし始めると、MPが消費された感覚があり、そこからは先は信じられない速さで肉体が動いて、技を発動させてくれる。
膨大なMPをつぎ込んだ〈ひのきのぼう〉は振り下ろされた黒豚の棍棒を迎え撃ち、荒々しく太い豚の棍棒を、バターでも切るようになめらかに
チョ、待てよ〈ひのきのぼう〉……切って良いのか? 今おまえは棒として、〈杖術〉として使われたはずだろう?
とにかく黒豚の棍棒は二つに切断され、折れ飛んだ切っ先は
〈——
まあ細けえことはどうでもいい。〈乱合〉は細剣術でいう〈ニノ太刀〉に相当し、俺は〈水月〉からの連続攻撃で黒豚の両腕を傷つけた。
〈——
杖術の〈霞〉は杖で相手に隙を作った上で体当たりする技で、トンファーキックみてえなモノだ。身長3メートルを超す黒豚は
さすがはMPで奇跡を起こす〈スキル〉だね。
体重1トンを優に超すだろう黒豚は新幹線にでも撥ねられたかのように空中を飛び、黒い巨体をダンジョンの壁にめり込ませた。反作用で俺の両足がダンジョンの床をえぐる。豚はそれでも死にはせず壁から脱出しようとしたが、遅い。
俺は〈ひのきのぼう〉を〈カタナ〉として使った。イカれた規模の鍛冶を受けた棒が青白く発光する。
〈——
突進するような突きは黒オークの肋骨の合間に入り込み、骨に邪魔されることなく黒豚の心臓を貫いた。しかし——しかし、これで終わる程度の敵なら、ゼロ歳の俺も苦戦しなかっただろう。
「……!!」
〈——豚氏八極拳:
おそらく体内で魔石を燃やし、最後の力を振り絞ったのだろう。心臓を刺されたはずの黒オークは目を見開き、巨大な両手で俺を捕まえようとした。
「——悪いな黒豚、その技は七年前に見てる」
もし捕まったら、たぶん噛みつかれていただろうね。
ゼロ歳の思い出が蘇り、俺はすばやく豚から離れてホールドを回避した。会心の一撃を回避された黒豚が悔しそうに目を閉じる。星辰祭のあの日と違って、〈鑑定連打〉を使わずに勝てた——。
〈——冒険術:冒険——〉
——と、そこで視界の端にスキル表示が輝き、シャーという子猫の唸り声が聞こえた。俺はすぐに〈ひのきのぼう〉を構え、ミケの手助けをしようとしたが——それは杞憂だった。
「にゃ、にゃ♪ これがオーク? パパがゆってた大物? もし倒せれば肉で大儲けの、超強いやつ……? しかも黒いし、普通の豚より強いはずの……? 子猫はカオスに鑑定を借りてもいないのですがwww」
ミケは俺とは別の黒豚を相手に、これでもかというほど挑発していた。哀れなオークは眠たい目をした子猫のディスに激怒しまくり、棍棒を振り回したが、ミケのナイフで持ち手の根本から切り飛ばされてしまう。俺が〈補修〉しまくっているシルフの懐刀だ。
勝負は決まった。
〈——
黒豚は破壊された棍棒を捨て体術に望みを賭けたが、三毛猫は遥かに速かった。
〈——豚氏八極拳:箭疾歩——〉
〈——豚氏八極拳:
黒豚がひとつの技を発動する前に子猫は二つの技を決めていた。それも本来はオークが使う技だ。木造平屋の高さに相当する黒い豚が、七歳児の肘打ちを腹に受ける。
「よわい……」
子猫がつぶやき、豚が倒れた。死んでいる。7歳女児の三毛猫は、どこか誇らしげに黒オークの骸を見下した。
「……にゃ。やはりカッシェはたいしたことない。この程度ならミケもゼロ歳で勝てた」
シャーという唸り声を聞いて一瞬心配してしまったが、まあ、そうだよね。
お隣さんで親戚の少女に手合わせを願ってから二年になるが、子猫に対する俺の勝率は3割が良いところだ。
ミケは俺に負けるたびしばらく不機嫌になったし、どうも俺への対抗心を燃やしているみたいだが、冗談じゃないね。俺が子猫に何回負けたと思ってるんだ。
「さすがだな、ミケ。虎みたいだぜ。黒豚なんて虎の敵じゃねえな」
「……にゃ☆」
雑に褒めてあげると七歳の小娘は得意げに胸を張った。「虎みたい」は猫系獣人に対する最高の褒め言葉だとポコニャさんに教わったが、効果覿面だね。
「お待たせしました。子猫はお待たせしすぎたかもしれません……☆」
「え、全裸で監督するの」
「にゃ?」
「あ、いい。忘れて」
「——とにかく、パパはずっとゆってた……ミケにはまだまだ実力が足りない。模擬戦で勝てるのはカオスの〈鑑定〉のおかげ。ママもゆった……シェイドに比べてミケは子猫だとッ!」
カオスって呼ぶな。シェイドも痛いからやめろ。
「にゃっ……☆ カオスシェイドよ、お待たせしたな。ようやく三毛猫の実力を証明できた! きさまに〈教師〉で〈鑑定〉をもらわなくても勝てた……ミケは、ひとりで黒オークを倒せる!」
ミケは感極まったのか、洞窟に響くような声で叫んだが——。
「あ、ミケ……メイドがやばい。忘れてた」
「にゃ?」
ウユギワ
俺たちから少し離れた場所で、金髪碧眼19歳のEランク冒険者が日本刀を振り回し苦戦していた。
「ぬわーっっ!? こなくそー!!」
公平な視点で言えば、黒オークは普通の白いオークより数段強いそうだ。シュコニは俺やミケがほぼワンパンした黒豚を相手に苦戦していて、
「ミケ、助けに入るぞ!」
「にゃ。乳ばかりで仕方のないやつめ☆」
ミケはめちゃくちゃ調子に乗っていて、軽く床を蹴った。ミケは現在、〈冒険〉スキルで全ステータスが3倍に膨れ上がっている。その敏捷ステータスは床の石を砕き、子猫は瞬きする間に豚の脇腹へ飛び蹴りを入れていた。
「にゃ。お
「へ?」
「いいから来る!」
〈——遁法:とんぼ返り——〉
ミケが〈ファイエモン遁法〉のバックステップを踏み、襟首を掴まれたシュコニが豚から離れた場所に着地する。
〈——火炎魔術:癇癪玉——〉〈——火炎魔術:癇癪玉——〉
〈——火炎魔術:癇癪玉——〉〈——火炎魔術:癇癪玉——〉
レベル3の〈火炎〉を適当に連打すると最後の黒豚は嫌がって棍棒を振り回し、そうしているうちにシュコニを避難させた子猫が戻ってきた。
「譲るよ。この前の蜂は俺が横取りしちゃったし……魔術でいじめすぎたから魔石はもう残ってなさそうだけど」
「にゃ。よい心がけ☆」
〈——怪盗術:巾着切り——〉
ミケは微笑み、一瞬でオークの棍棒を奪った。4千を超える腕力ステータスに物を言わせて、二メートルを超す丸太のような棍棒を上段に構える。
〈——
子猫の剣は浅層で
〈黒オーク3体を撃破しました〉
お仕事モードのアクシノさんが、冒険者らに怜悧な声で通知した。
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